俺が大学2年の時の話なんだけど、夏休みに実家に帰省する時に恐ろしい体験をした。
実家の隣の県に学校があって一人暮らしをしてたんだけど、高校の同級生Aも同じ大学に入学していて俺の車で一緒に乗せていってやったんだ。
Aとは同級生といっても高校時代はツルんでるグループが違ってそんなに親しくなかった。
大学に入ってしばらく経った頃に学食で顔合わせて、なんだ同じ大学だったんだ~みたいな感じ。
それからも学部やサークルはまったく別だったんでそんなに接点も増えず、たまに会ったときにちょっと飯食いに行く位の関係。
たまたま夏休みに入る前にちょっと話をしてた時、俺が車で帰省するって言ったらガス代出すから乗せてってくれってなったんでOKした。
帰省する日は俺のバイトが終わった後、夜中に出発した。
高速使えば1時間半くらいで着いちゃうんだけど、高速代もったいないし別に急ぐわけでもなかったので下道でのんびり車を走らせていたんだ。
最初のうちはお互いの近況報告みたいな話をしていて、俺はバイト先の子に告って今度デートするんだとか、Aは合コンで食った女がしつこくて参ったとか取りとめ無い会話。
でも2時間位経って県境の峠道に差し掛かったころ、Aはいつの間にかうとうとしだして当然会話も無くなった。
俺は居眠りしないようにボリュームを絞ったラジオを聞きながら、ライトに照らし出される山道を黙々と走らせていた。
そのうち山奥に差し掛かるとラジオの電波もノイズだらけになってきたので電源をOFFにし、なんとなく頭上のルームミラーで後方を確認した時だった。
ミラーに映し出された後部座席のところに女が座っている・・・。
おかっぱをもうちょい伸ばしたような髪型で、うつむき加減なので髪で隠れて表情は分らないが、助手席の後ろに誰かが・・・。
俺はその状況が理解できずに一瞬思考が固まったが、我に返って振り向いた。
えっ、誰もいない・・・。
走行中なのですぐ顔を戻したが、そもそもシートには俺とAのバッグ類が置いてあるから座れるスペースなんて無いんだ。
きっとさっきのは街灯か何かの光が丁度映り込んだんだろうと自分に言い聞かせる。
確認のため、恐る恐る左上のルームミラーにもう一度視線を向ける。
映し出される車内には・・・別段変わった様子は無かった。
俺は自分の見間違いに感謝し、思わず安堵のため息をついた。
落ち着いたのでタバコに火をつけて一服しだすと、煙のせいか隣のAが目を覚ました。
「わりぃ眠っちゃった今どの辺?」と声を掛けてくるAに、笑い話として先程の見間違いのことを話そうとした俺はその時もう一度ルームミラーに視線を向けてしまった。
女がいた。先程の女だ。
声を出そうとしたが喉がつまって音にならない。背筋に寒気が走り身震いが止まらない。
視線を前方にそらし、汗ですべる手で懸命にハンドルを握る。恐ろしくてもう一度ルームミラーをみることが出来ない。
不審げにこちらを見ているAに、かろうじて「後ろ・・」と声を絞り出した。
Aが後部座席に顔を向けたが「後ろがどうかした?」と言うだけだ。
どうしたら良いか分らずパニックになりながらも俺は視線を前方に向けたまま車を走らせ続ける。
いくら交通量が少ない道といっても、カーブが続き見通しの利かない道路の真ん中で車を停めるわけにもいかない。
俺の様子を心配してかAが何か言ってくるが、声がろくに出せない俺はかろうじて相槌を打っていた記憶しかない。
そんな時ふと前方にドライブインの看板が見えてきた。
ハンドルを乱暴に切り、飛び込むように駐車場に入り車を停め慌ててシートベルトを外しながら「A、外に出ろ!」と叫んで俺は外に飛び出した。
Aもびっくりした様子で助手製のドアを開けて外に出てきた。
背後からAの首にすがるように抱きつく女と一緒に・・・。
髪の隙間から除く女の眼と一瞬視線が交わった。
俺は猛烈な立ちくらみに襲われ、地面が回るような感覚とともに意識が遠のいていくのを感じた。
意識が途切れる前に女の声が聞こえたのを覚えている。
「ハナ・・ラ・ル・ナイ」
俺が目を覚ましたのは病院のベッドだった。Aが実家と救急に連絡を入れてくれたらしく両親も既に病院に駆けつけていた。
意識が朦朧とした状態がしばらく続いたが、あの女の事も体調不良から見た幻覚では無いかと思うようになった。
そのあとCTスキャンやら色々な検査をしたが、結局は疲労性の貧血との診断で3日後には体調も回復し退院して実家に戻った。
あれから10年以上経つがそれ以来貧血を起こしたことは一度も無い。
結局俺はAとその後会うことは無かった。Aは2ヵ月後アパートの室内で遺体で発見されたのだ。
大学が始まっても一向に姿を現さず、全く連絡が取れないことに不審を感じたAのクラスメートがアパートを訪ねて発見されたそうだ。
検視の結果、外傷は見当たらず心不全による病死と判断されたらしい。
しかし遺体を発見したクラスメートの話ではいくつか奇妙な状況があったそうだ。
ひとつ、Aの部屋にあった彼の携帯が壊されていたこと。
ひとつ、部屋のガラス窓や鏡が新聞紙で塞がれていたこと。
ひとつ、部屋の四隅に盛り塩がされていたこと。 など
その事を伝え聞いて、俺はAがあの女に取り憑かれて殺されたのだと確信した。
実はAとは退院後、一度だけ電話で話したことがある。
迷惑を掛けた事を詫び、元気になったと報告をしている際、ふとあの女のことを伝えようと思ったとき受話器から声が聞こえたのだ。
俺が意識を失う前に聞いたあの女の声で、あの時と同じ台詞を・・・。
「ハナシタラユルサナイ」
作者いぞう