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中編7
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ロックスター

その男は楽屋の鏡を虚ろな表情で眺め耳を澄まさなければ聞き取れない程の声で「殺せ…殺せ…殺せ」と呟いていた。

俺が奴と出会ったのは、あるロックイベントだった。

俺と奴は別のバンドで出演していたのだが、俺は奴の抜群のセンスと才能に惚れ込んだのだ

目は完全に凶暴な猛獣の様に見開き、歌声は悪魔の如く人の心を奪い去り、死をも恐れぬライブパフォーマンスは客に強烈な印象を与えた、どれをとっても俺の望むべきボーカリストだった。

最初は、奴のあまりのど迫力な印象に圧倒され近づく事すら出来なかった、しかしライブが全て終了して、打ち上げが開始されると、先ほどまであれ程の狂気に満ちた表情で危険なライブをしていた男とは、まるで別人ではないかと思う程、穏やかな表情に変貌していた…

その為、気楽に奴と会話などを交わす事が出来たのだが、あまりの変貌ぶりがどうしても不思議に思い俺は奴に尋ねる事にした。

「憑依してんだよ、なんか悍ましいモノが…」

奴の、このジョークにも似た発言に、皆は「馬〜鹿!」などと、笑っていたが、なんとなく俺は、その発言が本当ではないかと感じていた。

当然、奴も空気を読んで笑っていたが、あの発言時に見せた悲しそうな顔は、真実を語っている様にしか俺には見えなかった…

奴と一緒にバンドをやる事になったのは、その後、一ヶ月もしない頃だった、奴のバンドでギターを弾いていた男が突然、行方不明になり、サポートとして奴のバンドでギターを弾く事になったのだ、俺としては願ってもないオファーで、二つ返事で承諾した。

行方の分からなくなったギタリストが発見されたのは、その後間もなくしてのことだった。

身体に無数の刺し傷があることから、殺人の疑いで警察が捜査に乗り出したのだ。

俺たちはそのギタリストの死に何とも言えない思いで、一体、誰が殺したのか、何故、殺したのかそんな事ばかり皆で話していた…

すると、奴がこんな事を話し始めた…

「あいつかもしれないな…あいつなら殺りかねねぇ…」

俺がそれは誰なのか尋ねると、奴は「俺であり俺でない…お前らがステージで見ている俺さ…」

その発言に、皆は「こんな時にジョーク言う馬鹿があるか!」と奴を攻めていた。

が、それが本当であると裏付ける事件があるライブ中に起きた。

ライブの盛り上がりに乗じてステージに上がってきた客に対し、奴が急にナイフを突きつけたのだ、幸い、軽傷で済んだものの、その事件でそのライブハウスは出入り禁止に。伝説にはなったが…

奴に何故あんな事をしたのか聞くが、「覚えていない」と話す…が、さらに続けた

「俺にあいつが憑依してる時の記憶は無いんだ…いや、嘘でもジョークでもねぇ!マジなんだよ!」

と真剣な顔で言うと、皆は少し引いた様子で奴を見ていた。

しかし、そんな現実離れした話は信用されず、奴が精神異常であると判断したバンドのリーダーは奴を精神科に連れて行く事にした。

俺も心配でついて行く…が異常は見られないと奴を診断した医者が話していた…

やはり………………

何か憑いていると思った俺は、リーダーにお祓いの話を持ちかけた、まさか…と半信半疑だったが、取り敢えず奴を連れある神社に向かう事にした。

……………。

そこは、お祓いで有名な神社でホームページで調べ見つけた場所だ、階段を200段近く登り、息切れさせながらようやく本殿に着いた。

あらかじめ電話をしてあったので、陰陽師の様な恰好をした男が直ぐ出てきて奴の憑き物を見てくれた……しかし。

「ひっ!なっ!いや…ハハハ…何でもありません。うん?…えぇと?…なっ…何も憑いては、おりませんが?」

少しひるむ様な態度が気になった…

すると、リーダーがほらな?みたいな顔で俺の方を見やった、しかし、奴は、そんな事はない、もう一度見てくれと陰陽師に迫る…

だが、本当に何も…と逃げる様に奥へ引っ込んで行ってしまった。

何もないならしょうがねえよと、そこを後にしたが…俺もなんとなく納得出来なかった。

なにせ、奴の豹変ぶりは常軌を逸していた…

あるライブ中、パフォーマンスの為に用意したナイフで自らの首を本気で切ろうとして血を出したり、別のライブの時は、女性客の一人が奴に罵声をあげるとその客の元に行き、ファックを無理やりしようとしたりと、酷いものだった。

普段の奴はとてもそんな事が出来る様な輩では無い…普通では無い何か全く別の人間がそこに居る様な感覚があった…

二重人格…そんな精神異常者が居る。

しかし医者の診断ではそんな結果は出なかった。

ならば、奴は一体何だと言うのだろう…

わけの分からないまま時が流れた。

警察の捜査も難航…

ついに捜査は打ち切られる運びになった…

ギタリストが死んで数年立ったある日、奴から呼び出された俺は、奴の泊まるホテルに向かった…

その頃、このバンド(もうその頃、今まで俺がやっていたバンドは解散していた)は奴の強烈な個性がうけて全国に知られるバンドとなっていた。

俺もサポートではなくそのバンドの正式メンバーとしてギターを担当していた。

……………

「頼めるのはお前しか居ないんだ…」

奴がそう言いながらTシャツを脱ぎ上半身裸になった。

「うわ!よせよ!俺はそうゆう趣味ねえよ!?」

俺がそう言いながら逃げようとすると、違うんだと奴は背中を見せてきた…

sound:19

「なっ!…何だよこれ…」

奴の背中にはまるで人の顔の様な形のデキモノが出来ていた…

いや…デキモノでは無い、それは突然目に見える部分が裂け始めた…

目玉がある…

そいつは俺を見ると、ニヤ〜と笑った様に動くのだ…

気味の悪いその顔に見えるデキモノはライブで見る奴の狂気に満ちたあの顔に似ていた…悍ましい表情で俺を睨んでいる。

「こいつに乗っ取られる前に俺を殺して欲しいんだ…」

そう、震える声で奴は呟いた…

馬鹿な!出来るわけが無い!俺は首をブルブルっと振った。

声が出なかった…恐怖が全身を包んでいたからだ。

「いっいや…分かった。じゃあ、そこにあるナイフでこの化け物をそぎ落としてくれ…それで全てが終わる。頼む!お前しかいないんだよ!頼むよ…」

奴は泣き出しながらそう言った。

怖かった、尋常ではなかった…

そのデキモノの口に見える部分が裂け始め開く…長い舌の様なものがデロリと出てヨダレの様な、体液の様なものを垂らしながら恐ろしい眼光で睨んでいる…どくどくと脈打つ様に膨れ上がり今にも飛び出して、俺に襲いかかってきそうだった…

正直、吐きそうだった…

だが、このままでは本当に奴が奴でなくなってしまうと思い、震える声で奴に分かったと伝えた。

ナイフを手にとったが、呼吸が上手く吸えない…しかも震えてしまい上手くナイフが握れない…

だが、何とか呼吸を整えナイフをしっかり握り、奴に近づく…

デキモノの目がさっきよりも、大きく広がる…俺はまるで過呼吸の様に息切れしながら、それでもジリジリと近づく…

手が届く場所まで来るとそのデキモノはさらに大きく膨れ上がって俺を睨む…

もうほとんど息など出来なかった。

「い…いくぞ?」やっと吐き出すように奴に声をかけた…

『ブジュリ…』

ナイフを化け物と奴の間に刺した…嫌な音が耳の直ぐそばで聞こえた感じがして気持ちが悪かった…

「ぐっぎぎぎぎぎ……………」

耐えるような声を奴が出す。

いや違う、化け物の声?

どちらの声かわからない…

涙でほとんど前が見えない…

ギチュ…ギチュ…

ナイフを少しずつ、だが確実に入れて行く。

「うえ…」

血の臭いがこれ程酷いなんて知らなかった…

鉄の錆びた臭いに近いがもっと生臭い嫌な臭いだった…

……………

どれくらい時間がたっただろう…

恐らく1時間近くかかった。

『ドチャッ!』

っと、その肉片は落ち、ようやく終わったと俺も奴もその場に崩れ落ちた…

すると、その肉片は、『シュ〜』と音を立て煙の様な湯気のようなものを上げながら縮んで、ただの人の皮になっていった…

……………

じつは、俺はそこからの記憶がない…

いつの間にか、自分の部屋のベットで寝ていた。

窓に明るい日の光が差し込んでいる…

すると、電話が鳴った。

リーダーからだ…

寝ぼけた目をこすり電話に出る。

「おい!○○(奴の名前)が……○○が…しっ…死にやがった…じっ…自殺だって…」

は?……………

理解するまで時間がかかった

TVを付けると本当に奴が死んだと言うニュースが報じられていた…

信じられなかった

俺は昨日起こった事を必死に思い出そうとしたが、思い出せなかった…

誰かに殺されたと言うならば、分かる、なにせ、ナイフを背中には突きたてたのだから、だが、自殺だと?さっぱりわけが分からなかった。

報道では、首にロープをくくった状態で発見と言っていて、さらに俺は混乱した。

しかも、刺し傷については一切触れて居なかった。

警察も自殺として処理したようだった…

奴に何があったのか全く分からないまま、俺たちは、バンドを解散した…

…………………………

俺は新しいバンドを、最近始めた。

ライブは何時も大盛況……………らしい……

と言うのは、何故か俺はライブ中の記憶が無い…

メンバーに何時もこんな事を言われる。

「お前…ライブが始まる前、虚ろな面して鏡の前で何か、ブツブツ呟いてんだよ…気味悪いし、気になって、よく聞いてみたんだけど…『殺せ…』とか繰り返し言ってたぜ?本当に覚えてないのか?」

その男は楽屋の鏡を虚ろな表情で眺め、耳を済まさなければ聞き取れない程の声で「殺せ…殺せ…殺せ…」と呟いていた。

俺が彼と知り合ったのは、○○にあるそれなりに大きなライブ会場だった、彼はかつて、ロック界で知らぬものなど居ない程の影響力のある、あの伝説のロックバンドでギターを弾いていた人で俺は緊張の面持ちで挨拶に向かったのを覚えている。

Concrete
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人面瘡ってご存知ですか?
分裂症の一種で人格が表面上に現れる不思議な病気だそうです。

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