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私がまだ中学生だった時分。
就職体験の授業で通うことになった職場からの帰り道。
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当時極度の方向音痴だった私は、案の定帰路を見失い、見知らぬ住宅街で一人、行く当てもなく夜道を彷徨っていた。
友人の家が自宅と真逆の方向である為に、一緒に帰ることも叶わず、不運が手伝い、使ったことのない道に迷い込んでしまったらしい。
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どこまで進んでも同じ景色が続き、逆にどこまで引き返しても元の大通りに戻れず、完全な迷子であった。
交番や通行人の姿もなく、誰かに頼ることもできない。
道無き道を歩く気分で、行ったり来たりを繰り返していた。
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そんな時だ。
もう何度目かも分からない公園の前の道に差し掛かった時、不意に暗がりから背丈の低い、一体の人影が現れた。
近づいてみると、そこにはこちらをじっと見据える幼い少年が一人。
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こんな時間に何をしているのかとも思ったが、折角人に出会えたのだ。
幸運とばかりに彼に道を尋ねようとすると、その瞬間、いきなり走り出して、先の電信柱に止まり、こちらを向いて手招きを一つ。
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何がしたいんだと訝りながらも、少年を放っておくこともできないと思い、彼がかけて行く方向に従って着いて行く。
すると、どこからともなく車の走る音が聞こえてきた。
自然歩調が早くなり、一瞬閃光が放たれ、目が眩んだかと思うと、今度は耳元で鼓膜を破るような大きな音が一つ。
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それはクラクションの音だった。
目の前には歩行者用の信号機。
それは赤い光を放っていた。
右手には大きなトラックが一台。
後ろには一般車も続いている。
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渋滞を作っているらしい。
辺りを見回すと、そこは私が迷子になる前に居た元の大通り。
なんでいきなり飛び出してくるんだと、窓から身を乗り出したトラックの運転手が私に怒鳴る。
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少年の姿を探すが見当たらない。
何をしてるんだと怒号が聞こえ、慌てて後ろの歩道へ引き返す。
いずれ何事もなく通行は再開された。
何が起きたのかわからなかった。
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その後何事もなくうちに帰ることができた。
相当の時間をかけたような気もしたが、実際には職場を出てから一時間と経っておらず、体感よりかなり早い時間で家路に着いていた。
それ故迷子になったことを話すのが恥ずかしく、未だあの奇妙な体験を身近な人間に告白したことはない。
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後日何度か地図を頼りに、私はあの時の住宅街を探し出そうとしたが、見つけることは叶わなかった。
唯一記憶に残っていた、少年との出会いの場である公園を探したりもしたが、そんなものはどこにもなかった。
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あの少年が誰であり、何者だったのか。今となっては知る術もない。
何より私の迷い込んだ場所が何処だったのか。
それは今でも謎のままである。
作者ヒカル
これは私が実際に体験した奇怪なお話です。
それほど怖い訳ではありませんが、たまに思い出しては不思議な気分になったりします。
初投稿で未熟な部分もありますが、どうか最後までお読み頂ければ幸いです。
行数 35 ページ数 12