五月の連休も終わり、またいつもの気だるい日常が戻ってきた。
連休前に出されたレポートがあったんだけど、お決まりの展開で連休中に終わらせる事は出来なかった。
連休明けの週はきまって連日睡魔と闘いながら深夜までかかって数科目のレポートを書きあげる。
その為日中の講義中、教授のお堅い話は子守唄に変わりノートの上は宇宙から受信した解読不能な暗号が溢れている。
レポートを書きあげ本日分のそんなノートを見返しながら勉強机に座っていた僕はひとつあくびをする。
僕のあくびにつられて部屋からはもうひとつあくびが返ってくる。
連休前は異常なほどのテンションで休暇中の計画を立てていたあいつも今は魂が抜けたように大人しくなり、今夜も僕の家に居座っている。
「自分は終わったからってあくびすんじゃねえよ。こっちまで眠くなるじゃねえか。あーあ、やる気もってかれたからもうレポート書けねえわ。」
声の主は僕が実家から持ってきたお気に入りの青い座椅子に胡坐をかいて座っているH。
彼は頭の後ろで腕を組んで不満をもらしながら背もたれにもたれかかる。
自分勝手な被害妄想を、出来れば僕のせいにしないでほしい。
彼の背中越しに見えるパソコンの画面には連休中に出かけたキャンプでの写真が開かれたままで、僕があくびをする前からやる気がなんかなくなっていたに違いない。
反論しようと口を開きかけたが、ここで僕よりも早く今度はHに向かってTが不満を言う。
「H~お前さ、人のせいにするなよ。さっきからお前のあくびに何回もやる気を削がれたこっちの身にもなってみろよ。しかもさっきからカチカチ、マウスがうるせえ。レポートも書かずにネットでも見てたんだろ。」
Hの対面、座卓に置かれた黄色い座椅子にはTが胡坐をかいて座っている。
眉間に皺を寄せながらパソコンの画面から顔を上げHを睨んだ。
Hがいつも僕の青い座椅子を占領するから仕方なく買った黄色い座椅子も結局僕は座れないままだ。
「ネットじゃねえよ。旅行の写真を見てんだよ。旅行はよ行くまでの計画の段階が一番盛り上がるよな。旅行中ももちろん楽しいんだけどよ、帰ったらまた講義かぁってふと現実に引き戻されるんだよな。しかもあの河原出るって噂だったのになんも出なかったし写ってもいねえや。ハズレだったな。あ~つまんねえ。」
「「はあ!?」」
僕とTは深夜にも関わらず大きな声を出してしまった。
「おい、H。そんな場所に俺らを連れて行ったのかよ。お前・・・そういうのは行く前に話しとけよな。」
Tの言葉に僕も何か付け足してHに言ってやろうと思ったが、すかさずHは
「今更かよ!オカルト好きの俺といろんな話が出来るお前らは同類だろ。お前らも俺と同じで心霊スポットの10や20は行ってるもんだと思ってたわ。わり~わり~、今度からは事細かに曰くの理由を話してから連れてってやっから。」
と満面の笑みでぬかしていた。
「お前一人でいけ。」
Tは呆れてまたパソコンに向かった。僕はこんな二人のやり取りを見て、くくくっと笑った。
「さっきまでは一緒に怒ってたくせに何笑ってんだよ。Tはいかねえっていうけどお前は行くよな?」
Hにはどうかなっと曖昧な答えをして、暗号解読に戻るけれど1行読んだところでもうひとつあくびをした。
「はぁ~あ。だからお前のあくびはやる気削がれるんだからすんなよ。こんなんじゃレポート終わんねえよ。なぁ、なんか目の覚める面白い話ねえか?」
・・・・・・・・。
考えてはみたものの都合よく面白い話は持ち合わせていなかった。休み中はほとんど3人一緒に行動してたのだから、面白い事があったとしても僕らはみんなその場にいたんだ。考えていたら余計に眠くなってしまったが、そういえば・・・
「あぁー。俺もレポート終わった。」
ちょうど話しかけたところでTと話がかぶってしまった。パソコンに向かいっぱなしで肩や首が凝ったようで大きく伸びをしている。
「おい、今なんて言った?」
「レポート終わったって言ったんだよ。」
「いやTじゃねえよ。」
そして二人して僕の方を見る。あんまり面白いって話じゃないかもしれないけどと、前置きをしておいて僕はHとTに話し始めた。
あーぶくたった煮えたった。
僕の町は都会の人からしたら田舎と言われるだろう。電車は30分に1本の各駅停車。町の南側に海、北側に山。どちらも小さな頃から友達の背中を追いかけてよく遊んだ。外で遊ぶ事が多かったため、鬼ごっこやかくれんぼなど何もなくても遊べる事を毎日のようにしていた。小さな頃は、同じような年の子がいれば男女関係なく遊んだからかごめや花一匁のような伝承遊びもよくやった。ぼくの町だけなのか、かごめと花一匁に合わせてもうひとつ伝承遊びがあった。それが・・・
あーぶくたった煮えたった。
あーぶくたった煮えたったとは沸騰して鍋がぐつぐつしている状態のことをいうのだ。
遊びの説明をすると、だいたい10人程度でかごめのように真ん中で目を瞑っている一人を囲んで手を繋ぎ輪になる。歌を歌いながら回るんだ。
あーぶくたった煮えたった。煮えたかどうだか食べてみよう。
ここで一度手を離して、むしゃむしゃむしゃと言いながら真ん中の子の頭をつついたり、くしゃくしゃと触ったりする。ちょっと味見って感じなのかな。
まだ煮えないと言ってまた、あーぶくたった煮えたったと手を繋いで回る、むしゃむしゃむしゃと言って頭をいじるを繰り返す。
3回目には、煮えたかどうだか食べてみよう、むしゃむしゃむしゃ・・・・もう煮えたとなって真ん中の子をくすぐって遊ぶ。
真ん中の子がくすぐりに耐えきれなくなってギブアップするとみんな、あーおいしかったと言っておなかいっぱいのふりをする。
そして目を瞑ったままの真ん中の子をみんなで仮想の戸棚にしまうんだ。僕らはよく神社の隣の公園でこの遊びをやっていたから、ジャングルジムを戸棚に見立てて真ん中の子をしまった。
戸棚に入れて鍵を掛けて、がちゃがちゃがちゃ。お家に帰って手を洗ってジャブジャブジャブ。
みんなは真ん中の子のいるジャングルジムにカギを掛ける仕草をして、少し離れた場所を仮想の家として僕らは帰り、手を洗う動作をする。
真ん中の子はジャングルジムの中でしばらく目をつむったまま大人しくしている。
仮想の家に帰った僕らだけで遊びは続く。
お風呂に入って体を洗ってゴシゴシゴシ。
体を洗う仕草。
歯を磨いてクシュクシュクシュ。
歯を磨く動作。
お布団敷いて、電気を消して寝ましょう。
布団を敷いて、電気のひもを引っ張って消した動作をして、顔の横で手を合わせて目を瞑って寝たふりをする。
真ん中の子はみんなが目を瞑ったら、やっと目を開けて動き出せるんだ。仮想の戸棚、ジャングルジムから出て1mくらいまでみんなの近くに近づいてこう言うんだ。
トントントン。
みんなは目をつむったまま、何の音?と真ん中の子に訊ねる。
真ん中の子は音の理由を適当に答える。風の音だとか、木が揺れる音だとか、時計の音だとか。何回かそのようなやり取りをして最後には
トントントン。
何の音?
お化けが来た音!
って真ん中の子が言うと、みんな目を開いて鬼ごっこになるんだ。そして次に掴まった子が真ん中の役になるという遊び。目を瞑った状態から、声で真ん中の子の居る場所を探るところがドキドキわくわくするんだ。声の距離で今回は鬼ごっこが始まっても逃げ切れるとか、掴まっちゃうかもとかスリルがあって面白かった。ちょっと意地悪なやつが真ん中の役になるとトントントン、なんの音?のやり取りで1回1回移動して答える場所を変えるから、いつも以上にドキドキするんだ。ここまでを話し終わるとやっぱりHは、小さな頃は何も思わず楽しく遊んでいたこの遊びの不可解な点に気がついたようだ。
「なぁ・・・お前ら何を食ってたんだ。」
そう、僕も小さな頃は何も考えずに遊んでいたのだが、遊びの中で一体何を食べていたのだろうか。Hは続ける。
「食べ終わって残ったものは生ごみとかだろ。じゃあなんで戸棚になんかしまってんだよ。しかも鍵までかけてそんなに大事にしなきゃいけないのか。一体何を食ってたんだ。」
歌の中の行為は食べきれなかった分をしまって、後で食べるという誰もがよくする行為とは考えにくい。果物や野菜などの食べれないヘタや皮ならば捨てるはずだ。
「おい・・・それ食べていいものなのか。」
Tが言った一言。最後に僕も考えついた答えだった。
小さな頃の僕らは遊びの中で何を食べていたのかは分からない。
本当にあの時は分かっていなかったんだ。
今の僕らが導きだせた答えも何の根拠もんない推測なのだ。
ふと、机の上の時計を見ると深夜2時を過ぎていた。話をしていたら、いつの間にかこんな時間になってしまった。僕は明日も1コマから講義があるからと言って、あやふやな状態にしたままベッドに潜り込んだ。
「もう遅いな。俺もレポート終わったし、今から帰るのもあれだな。泊まっていいか。」
Tも眠いようで黄色い座椅子を倒して眠るようだ。
「おい!こんな状態の俺を残してお前ら寝るのかよ。裏切り者め。」
結局面白い話を僕に求めたHは、終わっていないレポートと深夜に考えたくないけれど考えてしまう自分の妄想と一人戦う破目になった。
目が覚めたのだろうから、きっとレポートは終わるだろう。
ベッドで横になりながら見たHの背中は、心霊スポットを10や20は行ってるとは微塵も感じられないなぁと薄れゆく意識の中で僕は思った。
Tの寝息が聞こえるから、彼はもう寝たらしい。
もしHが朝まで寝れずに、日中Hのノートに宇宙からの交信が受信されていたらジュース1本を条件にノートでも見せてあげようと思いながら僕は眠りに着いた。
この遊びにまつわる後日談はまた今度の機会にでも・・・。
作者退会会員