福島県の田舎に行った時に聞いた話です。
私の母方の祖母が子供の頃、夜中トイレに行きたくなったそうです。
祖母は怖いながらもトイレに行こうと床を抜け出し表に出ます。
昔の田舎ですので、トイレは家の外の離れにあります。
そこまでには特に明かりらしい物はなく、星や月明かりしかないという状態です。
この日は不運にも月が出ていない星明かりだけの状態だったそうです。
※ ※ ※ ※
私は怖さを必死に堪えて用を足した。
後ろでに木戸を閉め、母屋に向かおうとしたその時だった。
『コーンッッ』
と木に斧を打ち込むような大きな音が聞こえた。
「ぎゃあ!」
心臓が口から飛び出さんばかりに私は驚き、母屋に逃げ帰った。
頭からふとんをかぶりガタガタ震えた。
「何? なんなのよ?」
『コーンッッ!』
『コーンッッ!』
『コーンッッ!』
一定の間隔をあけその音はずっと聞こえてくる。
私は徐々に冷静さを取り戻していった。
恐怖心というは、徐々に好奇心に変わっていくようだ。
その音の発信源を探るべく耳をすました。
家からそう遠くない雑木林のあたりから聞こえてくるようだ。
やはり怖い。
けれどもその音の正体が何かわからないのがもっと嫌だった。
私は意を決し発信源を探るべく再び家の外に出た。
場所はやはり雑木林に間違いないようで、近づくにつれてその音が大きくなってくる。
『コーンッッ!!』
『コーンッッ!!』
『コーンッッ!!』
星明かりもほとんど差し込まない雑木林の中へおそるおそる入っていく。
ほどなくして私は何やらぼんやりとした明かりを見つけた。
「人魂!?」
私はそう思い逃げ出したい衝動に駆られた。
しかしよくみるとそれは青白い光ではなく、どうやらロウソクの光のようだ。
私はそちらの方に人がいると判断し歩みを進めた。
明かりの正体がやはりロウソクであるということがわかる距離まで進むと、その近くに白い着物を着た女性が立っているのが確認できた。
「!!」
見つからないように必死に声を殺す。
そして木陰からそーっとのぞくとその女性は木に何か叩きつけているようだ。
ロウソクに照らし出されたのは、藁人形だった。
「藁人形の呪いだ!!」
そう理解した途端、不意にその女性がこちらを振り向いた。
私は慌ててその場にしゃがんで身を隠した。
その時、
『パキッ!』
という大きな音をたて、足元の枝を折ってしまった。
「そこに誰かいるの!?」
その着物の女性が私の方をキッと睨みつける。
「殺される!?」
私は必死に身を屈めた。
幸運にも向こうから私の姿は見えないようだった。
枝の隙間からその女性の姿を確認した。
その顔は、涙で目を真っ赤に腫らし、目尻を吊り上げてまさに般若のような顔だった。
私は必死に身を屈め、動かないでいると、
「人に見られてしまった! これで呪いが私にもどってきてしまう! いやぁぁ!!」
と叫び、私と反対方向にかけていった。
私はその人影が見えなくなったのを確認してからその場を離れた。
そして家にとんで帰り、布団を被って朝までガタガタと震え続けた。
心から待ち望んだ翌日の朝。
私は昨日の夜に見たことを正直に母にだけ伝えた。
母は黙って最後まで聞くと、
「そうかい。それはとんでもないものを見たね。いいかい、これからどんなことが起こってもあなたは絶対に気にすることはないよ。人を呪わば穴二つという言葉があるぐらいだからね」
とやさしく言ってくれたのが嬉しかった。
※ ※ ※ ※
そのさらに2日後のこと。
女性の変死体が近所で発見されたそうです。
といっても田舎の『近所』なので、子供の行動範囲外で、祖母は母から聞いたそうです。
なんでもその死体は、普段人の入らない森で尖った木の枝に突き刺さって死んでいたそうです。
その姿はちょうど釘で藁人形を打ったような格好だったとの話でした。
※ ※ ※ ※
私は状況を推測して祖母にこう尋ねました。
「おそらくその女性は、藁人形を打ったところを祖母に見られて走ったが、何かにつまずいて転倒し、たまたまその先に尖った枝があったという不運な事故だったのでは?」
祖母は無言で首を横に振りました。
「日付があわん」
「は? 日付って何の?」
私は訳がわからず祖母に確認する。
「あんな、その人が死体で見つかったのは、私が見た2日後なんじゃな。しかしお医者さんが言うには、1週間から10日前に死んどったそうじゃ」
私はそれを聞いて背筋に冷たいものを感じました。
祖母が見た藁人形の女は、ただの『生者』だったのでしょうか。
はたまた祖母に発見され、墓穴を掘った『死者』だったのでしょうかね。
作者有馬麻里亜