これは私が中学生のときの話です。
その日の夜、私は祖母と居間でテレビを見ていました。
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両親は二階の自室に、祖父は町の集まりで出かけていて居間には私と祖母と飼っているインコしかいませんでした。
「テレビ面白くないな」と思った私は、
シャワーを浴びようと思い、お風呂場に行きました。
廊下は電気をつけていなかったので真っ暗でしたが
お風呂場はすぐ近くなので明かりはつけませんでした。
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そして、脱衣所に入ろうとしたとき
なにか嫌な感じがしたのです。
お風呂場に入る扉は磨りガラスになっているのですが
ふと横目で扉を見ると磨りガラスの向こうに
黒い影がべたっと張り付いているのです。
私は「これは入ったらまずい」と思いました。
まず恐怖よりも逃げなければ、という思いがあり、引き返そうとしました。
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ですが、なぜか体がうまく動かないのです。
歩こうとしてもゆっくりとしか足を踏み出せないのです。
夢の中で必死に走ろうとしているのにゆっくりとしか走れないような感じに似ていました。
脱衣所から居間までは2mほどしかないのですがまったくたどり着けません。
祖母に助けを求めようにも、そのときは声を出したらいけない気がして
何も声が出せませんでした。
後ろに嫌な気配を感じつつも、居間の開いている襖に手をかけ
腕の力だけで体を引っ張りなんとか辿り着くことができました。
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居間に入ると体は何事もなかったかのように動き
嫌な気配も消えていました。
私は祖母に今しがた起こったことを話そうかとも思いましたが
話してしまうと黒い影の存在を認めてしまいそうで
怖くなったのでそのときは話しませんでした。
なるべく廊下から離れたくてインコがいるカゴの横で体育座りでテレビを見ていました。
テレビがCMにはいったとき、私はふと廊下に目をやりました。
居間から廊下を見ると階段が見えるのですが
廊下が真っ暗でぼんやりとしか階段は見えませんでした。
ですが、一つだけはっきりと見えるものがあったのです。
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それは白い足でした。
白い足はとてもゆっくりと階段を降りていました。
私はそれを見たときとても恐ろしくなりました。
こっちに来ようとしている気がしたので襖を閉めなくてはと思ったのですが
怖くて立ち上がることができません。
目が悪いと幽霊もぼやけるのか…なんて思う余裕はありません。
白い足はゆっくり、ゆっくりと階段を降りようとしています。
わたしは祖母に今度こそ助けを求めようとしました。
「ねぇ、ばあちゃん、なんかやばい。変なの来る」
祖母は普段と違った口調で訳のわからない話を始めました。
「ねぇ!ばあちゃん?どうしたん?ねぇってば」
なおも祖母は話を続けます。
わたしは祖母が別人のように思えてきてこう言ってしまいました。
「あんた誰や」
すると祖母はわけの分からない話をやめ、じっと私を見て
「言ってしまったな」
と言いました。
気づいては、言ってはいけないのだと思いました。
祖母はそのまま私をじーっと見つめてきます。
祖母越しに階段に目をやると白い足はなおもゆっくりと階段を降りています。
どうしたらいいのかわからなくなった私は
後ろにある祖父と祖母の寝室に逃げようと思い後ろを振り向いたのですが
また、あの嫌な気配がしました。
寝室に続く襖を開けるのはだめだ。
私は祖母に向き直りました。
そして廊下を見ると、なんとあの階段を降りていたであろうものが居間に入ろうとしているのです。
わたしは目が悪くてはっきりとは見えなかったのですが
それは腰から上をだらんと仰け反るようにしてこちらに向かってきていました。
あまりの恐ろしさに私はそのとき初めて叫びました。
依然として私をじーっと見つめる祖母にさらに恐怖した私は
なんとかここから逃げようとテレビが置いてある所の大きな窓に向かいました。
障子、窓、網戸。
無我夢中で開け、なんとか外に出ることができました。
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家と家の間の細い道を通って家の前まで全力疾走した私は
そこでふっ、と意識を飛ばしました。
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起きたらそこは居間でした。
まだ夜中です。
周りを見ると、祖母は何もなかったかのようにテレビを見ています。
そして、私の髪はなぜかしっとりと濡れていました。
私は何があったのかと祖母に聞きました。
ですが祖母の話によると
私はシャワーを浴びると言ってしばらくお風呂場でシャワーを浴びており、お風呂場から出てくると
夜風にあたってくると言って外に出て今戻ってきたんでしょう、と。
どうしたの?と心配そうに聞かれましたが、私が逆に聞きたいくらいです。
頭が混乱しすぎて何が起こったのかまったく分かりませんでした。
シャワーを浴びた記憶も夜風にあたりにいった記憶もありません。
しかし、髪が濡れているところを見るとどうやら本当のようです。
何気なく祖父と祖母の寝室を見ると、嫌な気配は消えていました。
廊下を見渡すとあの気味の悪い白い足もありませんでした。
恐る恐る廊下に出ると体は普通に動きました。
さっきまでの恐怖は消え、ただひたすら困惑していると祖父が帰ってきました。
私は安心からか眠気が襲ってきたので二階の自室へと行き、すぐに寝てしまいました。
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翌朝、家族にその話をすると夢でも見たんじゃないかと言われましたが、そんなはずはありません。
しっかりと起きていたし、祖母も私が寝ていないと知っているはずです。
ですが、私もこれ以上考えるとまたあの恐怖を思い出しそうだったので考えることをやめました。
それ以来このような体験をすることはありませんでした。
あの夜の出来事は今でも鮮明に思い出せますが、あれが何だったのか、なぜ出てきたのかはまったく分かりません。
今となっては怖い出来事というよりも不思議な出来事だと思えます。
家族が言うように、本当に夢だったのでしょうか。
作者惹塁巫