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長編9
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T線上のマリカ

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予備校で自習してたら、メールが入った。

今じゃ大学生になった親友のタクマから遊びの誘いだった。後輩のカズん家でゲームしてるから来いだって。

まったく、受験を間近に控える僕の状況を考えて欲しいもんだ。さすがにうちの親も二浪は許してくれないよ。

まぁ、「今から行くわ」って返信して、すぐ電車に乗ったけどね。息抜きも必要ってこと。

カズの家に着くと、玄関先にタクマの原付が停まってた。

部屋に上がるなりタクマが、「おおユウヤ、思い切ってカズにあの話をしようと思ってさ」って。

思い切ってって…僕はちょっと嫌な予感がした。

「むしろ出来るだけ多くの人に知っといてもらった方がいいと思うんだ。リョウジと、T線上のマリカのこと」

僕が何とも言えずにいると、勝手にタクマは話し始めた。

「じゃあはじめから話すぞ。三年のときのある晩、俺はリョウジってやつと長電話してたんだけど…」

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…たしかテスト期間中でさ、そういうときに限って夜中まで起きて長電話しちゃうんだよな。

俺は好きだった女子に彼氏が出来ちゃって、ぐだぐだ泣き言を吐いててさ、リョウジはそれに付き合ってくれてた。

それで幾分気がまぎれたから、リョウジの好きな子は誰なんだっていう話にすり替えたんだ。

はじめリョウジははぐらかしてたけど、しつこく問い詰めると観念して、「実は彼女がいるんだ」って…予想外の展開。

全然そんな素振り見せなかったからめっちゃ驚いたね。まさかリョウジに彼女なんて…って。

リョウジの話によると、彼女は県外の私立高校に通ってる二年生で、マリカって名前らしいんだ。

出合いはその二ヶ月ほど前、帰りの電車ん中だったって。

疲れてたリョウジはうとうとして、一瞬隣に座っている人にもたれ掛かっちゃって、それがマリカだった。

とっさにリョウジは謝ったんだけど、マリカを見た瞬間に一目惚れしたんだと。

それから帰りの電車内でちょくちょく顔を合わすようになって、リョウジのほうから勇気を出して話しかけた。

で、会う度に仲は深まって、何日か前にリョウジが好きだと伝えると、相手も同じ気持ちだと言ってくれたんだとさ。

…マジかよその話って、俺は興奮したよ。

こんな出会い、実際なかなか経験できないだろ?正直羨ましかったよ。

ただよくよく話を聞いてみると、どうやらリョウジは付き合いだしてからも、帰りの電車内でしかマリカと会ってないみたいだった。

O駅からリョウジが降りる駅までの、たった十分ちょっとの時間だけ。×××線なんだけど、乗ったことある?

で、なんでそんな頑なに電車ん中で会ってんだよって思うじゃん。せっかく付き合ってんのにさぁ。

リョウジ曰く、「彼女は家がめちゃくちゃ厳しくて、なかなか都合よく外出できない」ってことらしい。

しかも、「ケータイを持たされていないから連絡が取れない」っていうから大変だよ。

だいぶ時間も遅くなってたから俺らはそこで電話を切った。

俺は限られた時と場所でだけ繋がる恋人を想像してみた。

まるで織姫と彦星じゃん。

…いや、一応毎日会えるわけだからそれは違うか。なんにしてもロマンチックだなって思ってさ。

でもよく考えたら俺、そもそも失恋したから電話したんだって思い出して、急に嫉妬心が湧いてきてね、歯噛みしながら寝たよ。

次の日から、俺はみんなの前でリョウジを冷やかしたくてたまらなかったんだけど、我慢した。

電話でのリョウジの口ぶりが、なんとなく彼女のことを口外してほしくなさそうだったからさ。

たまにこっそり「最近マリカちゃんとどうよ?」って訊くと、「まあまあかな」って照れ笑いを返してくれたけど。

でも俺、その手のネタをずっと黙ってられないんだよな…。性分っていうか。

だからついユウヤにだけ喋ったんだよ。

俺はリョウジの恋が実ったことを素直に嬉しく思ってたよ。

でもやっぱり、ふと疑っちゃうんだよな…全部作り話じゃないかって。な、ユウヤ。

×××線は知り合いの中じゃリョウジしか乗ってないから、二人の目撃情報がいっさい無いんだ。

だからリョウジと一緒に×××線の電車に乗る以外に、マリカって女の子の存在を確かめようがないんだよね。

リョウジは見得を張るようなやつじゃないんだけどさ、つい勢いでってこともあるじゃん。

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そんで、ある日の学校の帰り、俺とユウヤが駅のホームに着くと、ちょうど電車に乗り込んでくリョウジを見つけてさ。

「後つけてリョウジの彼女を見てやろうぜ」ってユウヤが言うから、帰りとは反対方向なんだけど、俺らもそれに乗ったんだよ。

途中の乗り換えでも俺らはリョウジの後ろ姿を見失わないようについていった。

リョウジとは離れたところに座って、二十分ほど揺られてO駅に到着。ここから例の×××線に乗り換える。

ホームに出ると、前の方でリョウジが小走りで階段を駆け上がって行くのが見えた。

電車の時間が迫ってるのかもしれないって思って、慌てて走ったよ。

×××線に乗るにはO駅の改札を抜けて新O駅まで少し歩かないといけないんだけど、俺らそのこと知らなくてさ。

乗り越し精算で足止め食らってる間に、もうリョウジの姿は見えなくなってた。

そこから俺らは駅員に新O駅までの行き方を聞いて走った。急いで切符買って電車に乗り込んだけど、あれギリギリだったよな。

その車両にリョウジはいなかったから隣の車両に移動すると、すぐに見つかった。

車内は特に混んでなかったから乗客はみんなシートに座ってたんだけど、一番奥の区画だけ不自然にぽっかり空いてた。

そこにリョウジだけが一人ぽつんと座ってる。

彼女と一緒じゃないないのがわかって「さあ、どんな言い訳をするかね」とか言いながらリョウジの方へと歩いていったんだけど…途中で思わず足が止まった。

そこで俺とユウヤは顔を見合わせて、とっさに空いてた席に座った。

リョウジの近くに誰も座らないワケがわかったよ。

なんつーか…リョウジは虚ろな目で、ぼそぼそ独り言を喋ってたんだ。

この世の終わりみたいな顔してた。

どういうことだよ…って、俺ら完全に混乱してさ。

しばらく様子を見てると、リョウジは何の前触れも無く「ははははははははは」って笑い出したんだよ。

乾いた声で。目が笑ってねーんだよ。

ああ、こいつマジで狂ってるって思った。

他の乗客たちはリョウジの方をちらちら見て眉をひそめてたし…まぁ無理もないよ。

俺はそのとき友達としてリョウジに話しかけるべきだと思った。「しっかりしろ!気を確かに持て!」って。

でもどうしても踏ん切りがつかなくて…。あまりにも異様な空気だったから。

で、ある駅に停まるとリョウジはすくっと立ち上がって、俺とユウヤに気がつくことなく電車を降りて行った。

ユウヤは後を追おうとしたけど、俺がショックで立ち上れなくて、それで諦めた。

リョウジが去った車内で、俺らはしばらく言葉が出なかったよ。

そしたら向かいの席に座ってた女子高生の二人組が「今日笑ってたね」「やばかったねー」って話してるのが聞こえた。

リョウジのことを言ってるんだと思って、「あの、俺たちさっきのやつのクラスメイトなんだけど…」つっていろいろ訊いてみたんだ。

その二人の話では、リョウジは毎日この時間の決まった席で、ああいう危ない感じになってるんだけど、女の子と一緒にいるところは見たことが無いって。

で、朝のリョウジを見かけたときは異常者には見えないから、影で「夕方絶好調の人」とか呼んでたんだって。

したらその近くに座ってたおばさんが寄ってきてさ、「あんたたちあの子のお友達?最近よく見かけるけど、あの子大丈夫なの?」って心配されてんの。

なんか、リョウジが地元で名物の変人みないな扱いになってんだよ。笑えねーよ。

俺は家に帰ってから、リョウジに電話してみたんだ。

俺とユウヤで後をつけてたことや、×××線にマリカなんて彼女はいなくてリョウジが一人でぶつぶつ言っておかしくなってたことを話した。

電話口のリョウジはいたって普通の冷静なリョウジだった。

でも俺の言ってること全然信じないんだよ。

話してても埒が明かなかった。

今度はユウヤに電話して、そのことを伝えたんだ。

ユウヤは「たぶんリョウジは嘘は言ってない」って。実際に話した感じで俺もそう思ってた。

じゃあ、あの狂ったリョウジは何だったんだ?マリカって何なの?って話じゃん。

したらユウヤが、「取り憑かれてんじゃないの?マリカっていう女の霊に」って言って…。

それ聞いて俺も本気にしちゃって、俺らでリョウジをどうにかしなきゃって話してたんだけど、

ユウヤは「下手に深入りしたら俺らまで取り憑かれるかもよ…つかそっとしといた方がリョウジは幸せなんじゃね?」とかわけわかんないこと言ってさ…どんだけ薄情なんだよ。

そういや語呂がいいからって「T線上のマリカ」っていうしょうもない呼び名つけたのもユウヤだよ。

…あんなことになるまではさ、まだお前も面白がってたよな。

なあ、ユウヤ。

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「ユウヤ?」

「え?ああ、そうだっけか」

「お前なんで黙ってんだよ」

僕はやっぱり「ああ、いや…」って曖昧に答えるしかなかった。

だって、仕方ないだろ。

さっきからずっと聞いてるけど、僕はこの話、まったく知らないから。

タクマの話を聞いていて、出しぬけに僕を登場させた意味がはじめはわからなかった。

途中から怪談話みたいだったから、僕が適当に話を合わせて、カズを怖がらせりゃいいのかなって気がついた。

だからなんとなくずっと相槌は打ってたけど…。

こういうことは事前に打ち合わせしてくれないと上手く出来ないよ。僕なんかにアドリブを期待したタクマが悪い。

ていうか、そんなことで僕を呼んだのかよ…。くだらない。

タクマは話を中断して、探るような目で僕を見てくるし、どうしろっつんだよ。

なんかヘンな空気になったところでカズが「続きは後にしてメシ食いに行きますか?」って気転を利かせて僕らを外へ連れ出した。

ファミレスでは僕と同じく受験を控えたカズと互いに励まし合ったりしながらオムライスを食べた。

こんなことしてる間にも世の受験生は机に向かってるんだと思うと気が気じゃないけど、結局二時間近くそこで無駄に過ごした。

ファミレスを出て解散になり、僕は駅へと歩いた。

しばらくすると後方から原付のエンジン音とともにタクマが現れた。

「ユウヤ、お前大丈夫だよな?」

「んー、とりあえず先月の模試はC判定だったよ」

「そうじゃなくて。なんか様子おかしかっただろ。あの話、あんまり憶えてないみたいな感じだったし」

あの話ってなんだろう…。そういえば、カズん家で何か怖い話をしてたような。

「リョウジはただ消えたんじゃねえって、わかってんだろ?冗談じゃ済まされねーよ」タクマは深刻な顔してそんなことを言う。

またリョウジの話か…こいつは何の心配をしてるんだか。

僕はため息をついた。

「誰だよリョウジって」

タクマは一瞬眉をひそめ、それから弱々しく笑った。

「つまんねーよ、そういう芝居」

いやいや、こっちの台詞だよ…。タクマってこんな話の噛み合わないやつだったっけ。

駅に着いてからも立ち話を続けてたんだけど、タクマの言うことがいちいち要領を得ない。

時間を確認するとそろそろだったから、僕は「またな」って言って改札へ向かった。

後ろからタクマの泣きそうな声が聞こえた。

「なんでお前まで…。リョウジだよ。頼むよ」

…わけがわからない。

僕はタクマのことが心配だった。今日はずっと様子がヘンだったような気がする。

浪人生の僕よりストレスの多い生活をしてるんじゃないだろうか。僕にはまだわからないけど大学生も大変なのかね。

でもせっかく大学生になったんだし、タクマは早く彼女でもつくればいいと思う。もっと人生の楽しみを見つけるべきだよ。

好きな子とかいないのかな?そういう話を聞けばよかった。

そういや別れ際にあいつなんて言ったっけ。てか、結局あいつは今日一日何を話してたんだ?

誰かを忘れない?みたいなことだっけ。

…誰を?

女かな。…まさかね。

ま、あいつは高校時代から全然モテないから、僕のほうが先に彼女が出来そうだわ。

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タクマにはまだ黙ってるけど…ってか、まだ誰にも言ってないんだけど、実は最近、気になってる女の子がいるんだ。

すっげー可愛い子でさ…。

どこで出会ったかって?

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あ、ちょうど電車が来た。

この時間ので、間違いないはずなんだけど。

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ともだち切ない。
友達いないおれも切ないけど…

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テンポ良い展開に最後まで一気に読めました。面白い話ですね。

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とても楽しかった。
またお話聞かせてください。

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一番マトモなのはタクマだったってわけなのか

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