俺には4つ年上の姉がいる。最近、弟である俺に対してのストーカー度がかなり増してきて、身内じゃなかったら警察に通報してもおかしくないlevelまできている。
例えば、部屋に見慣れないテディベアの人形が置かれてあるなぁと思って、よくよく見たら、小型カメラが仕込まれていたり。見慣れないコンセントの差し込み口があると思ったら、実は盗聴器だったりとか。
携帯を盗み見されないよう、ロックを掛けているんだが、いつの間にか解除されていたりとか。因みに、何回か暗証番号を代えてみたんだが、悉く無駄足だった。どうして分かるのか俺には分からない。
まあ、そんなこんなで。日頃、色々と素行に問題を起こす姉なのだがーーー彼女には隠れた逸材がある。それは「見る」力が備わっているということだ。
この世ならざるモノを。
アヤカシと呼ばれるマヤカシめいたモノを。
怪異をーーー見る。見ることが出来る。
今回、俺がポツリポツリと1人寂しく、1人侘びしく語る出来事も……怪しくて異なりしモノ絡みのエピソードなのだ。
近所に住む若い奥さんの話。彼女は犀挫貴(サイサキ)さんといって、現在、旦那さんと2人暮らしをしている。
ほんわかした優しい人柄の奥さんで愛想もいい。朝、学校に行く時など窓から「いってらっしゃい」と声を掛けてくれるし、夕方、買い物帰りの奥さんと鉢合わせすると「おかえりなさい」と言ってくれる。時には、買い物袋からジュースやお菓子などをくれたりする、とってもいい人なのだ。
あれは……夏も終わり、ひんやりとした秋風が吹くようになってきた頃である。夕方、帰宅途中のこと。町中で買い物袋を持った奥さんと遭遇した。
「こんにちは。今、帰り?」
奥さんはにっこり微笑んで俺を見た。俺も笑って「そうです」と答えようとしてーーー
「…ッ、ぐっ、」
異臭ーーーそう、異臭だ。むせっかえるような強烈な異臭か急に漂ってきたのである。
甘酸っぱいような、むせっかえるような……夏の溜め池からだってこんな嫌な臭いはしないだろう。息を吸うことすら出来ず、ひたすら臭いを吸引しないよう、両手でキツく鼻と口を押さえる。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
心配そうに奥さんが俺の肩に手を置いた。その瞬間、ブワッと異臭がより酷くなった。間違いない、この臭いは奥さんからだ。彼女から臭ってきているんだ。
「…うっ、ううぅっ……」
駄目だ。これ以上、この人の傍にいたら、吐いてしまう。大変失礼だとは思ったが、俺は駆け出した。大衆の面前で吐くわけにもいけない。もう限界スレスレだった。
家に駆け込み、トイレで胃の中の物を全部吐き出した。それでも気持ち悪い。何なんだ……あの鼻につく嫌な臭いは。甘酸っぱいような、生臭いような……不快な臭い。嫌な臭い。
また吐き気が込み上げてくる。と、誰かが背中をさすってくれていた。姉さんだ。彼女もまた学校帰りらしく、ブレザー姿だった。
「悪阻か?」
ニヤニヤとした顔で軽口を叩く姉さんに、刃向かう余裕も気力もない。とりあえず吐くだけ吐切ると、先程の出来事を姉さんに話して聞かせた。姉さんは「ふうん…」と呟くと、俺に顔を近付け、スンスンと鼻を鳴らして臭いを嗅いだ。
「嗚呼……なるほど。”嫌な臭い”ね。うん、分かった」
「分かったの?ていうか、何で今、俺の臭い嗅いだの?俺からも変な臭いした?」
慌てて自分の臭いを嗅ぐ。すると、ほんのりとだが、さっき嗅いだ甘酸っぱい臭いが鼻をついた。思わず顔を強ばらせると、姉さんは携帯を取り出し、何処かへ電話を入れた。
数十分後。けたたましいサイレンを響かせ、パトカーが何台も駆け付けた。駆け付けた先はーーーあの若奥さんの家である。どうやら姉さんはあの時、警察を呼んだらしい。
後日分かったことなのだが……あの家の屋根裏から男性の白骨化した遺体が見つかった。旦那さん本人だったという。旦那さんは元々浮気癖のある人で、しょっちゅう朝帰りをしていた。時には奥さんの留守中に彼女を自宅に招いていたこともあったのだとか。
それが原因で夫婦仲は劇的に悪化。奥さんは旦那さんを殺害し、遺体の腐敗臭が臭わないよう、屋根裏に隠し、短時間で白骨化するよう石灰を撒いたというのだから、その周到さは計り知れない。
あの事件から数日後。俺の身体に染み着いていたあの嫌な臭いは嘘のように消えていた。風呂に入って何回身体を擦っても消えなかったというのに……遺体が無事に収容された途端、全く臭わなくなった。
あの臭いは、多分だけれど「死臭」だったのではないだろうか。遺体の腐敗化が進んだ時に発する悪臭。あれは今や姿なき旦那さんの悲痛なメッセージだったのかもしれない。
俺は姉さんと違って、オカルト絡みのことには詳しくないし、専門的な知識は皆無なのだけれどーーーそう思えて仕方ないのだ。
……やっぱりこういうことってあるんだな。
作者言葉遊びの弟子。