俺には4つ年上の姉がいる。現在、高校3年生である彼女は、学校ではそれこそ、品行方正、真面目なクール女子を貫いているようなのだけれど。家に帰宅すると、ガラリと印象が変わるから不思議だ。
外ではツンツン尖った性格をしている癖に、家にいる時はひたすら弟にデレデレしているのである。この間なんか耳掻き片手に抱きついてきて、「鴎介君ー、耳掻きしたげるよー。ほら、膝枕もー♡」などと言い出してきた。姉さんは語尾に「♡」を付けるようなキャラではなかった筈なのに……。
まあ、それはいいとして。家族の恥をさらけ出すのはここまでにしておこう。俺とて、家族の恥ずかしい行いを自らバラしたいわけではないのだし。
では、改めて本題に入ろう。あまり聞き慣れない言葉かもしれないが、パソコンが普及しまくっている現代のこと、チラと耳にしたことがある人はいるのではないだろうか。
「ワイオミング•インシデント」。これはアメリカの山岳地方に位置するワイオミング州のローカル放送で実際に起きたとされる放送事故である。
その映像では、アナウンサーが大統領選のニュースを伝えているのだが、途中で画像が乱れるらしいのだ。いきなりおかしなバックミュージックが流れたと思えば、「3」の数字、そして支離滅裂な英文が羅列を繰り返し、更にずっと見続けていると、CGで作られた人間の頭部が出現し、泣いたり怒ったりするという。
この動画を見続けていると、精神に異常をきたし、人格破壊に追い込まれてしまう人もいるらしい。そんな恐ろしい動画だが、何と2004年頃からネットにて配信されているというのだ。
俺がこの情報を仕入れたのは、クラスメートの岩下からである。彼はパソコンに詳しく、かつオカルト好きな奴でもあるため、どこからかそんな情報を仕入れてきては、自慢たらたらに俺に話して聞かせてきたのだ。
「なあ、凄いだろ。ワイオミング•インシデントって、結構有名なネットの都市伝説なんだぜ。実際に何人もの人がこの動画を見て、あまりの迫力に息を呑んだってさ。でも、最後まで見続けられる奴はなかなかいないらしい」
とある日の放課後。岩下は俺の席の前に来て、頬を高揚させながら熱く語った。対し、俺はあまりこのテの話に興味がないため、冷めた反応。
「へー、そう。そりゃおっかないな」
「玖埜霧。何だよお前、薄っぺらな反応だなー。さては信じてないな」
「いやぁ……。だって俺、そういうのあんまり興味ないし……」
「まあまあ。そう言わずに、1度試してみろよ。お前が試して何ともなかったら教えてくれ。俺も見たいしな。もし何かあって、お前が精神を病んで入院したら……まあ、その時はメロン持ってお見舞いに行ってやる」
「……おい」
「んじゃ、俺はこれから部活だから。またなー」
岩下は手を振り、教室を出て行った。あいつめ……仮にもクラスメートであるこの俺を、囮に使おうというのか。見下げた奴め。友達甲斐がないとは、このことを言うんだ。
「ワイオミング•インシデント……ねぇ」
姉さんに相談しようと思ったが止めた。姉さんは確かに怪異に通じているけれと、こういったネット内の都市伝説は専門外だろう。俺はやれやれと肩を竦め、鞄を肩に担いで教室を出た。
で。自宅に帰り、只今自室なう。俺は勉強机に腰掛けると、パソコンの電源を入れ、起動させた。思えばパソコンを使うなど久しい。ごくたまーにネットゲームする時くらいしか使わないからな。
とりあえずYahoo!にて検索を掛ける。かなりの数でヒットした。ニコニコ動画やYouTubeなどでも普通に配信されている。
ニコニコ動画は会員制であるので、YouTubeのほうをクリック。すると確かに岩下から聞いた通りの現象が起きた。不気味なノイズのバックミュージック、「3」や支離滅裂な英文の羅列がひたすら繰り返されーーーそして極めつけには、女の頭部が浮かび上がった。
「げっ!」
画面の中央に長い髪の女の頭部が映し出される。その眼球は焦点が定まっておらず、どこを見ているのかサッパリ分からない。女は定まらない焦点のまま、涙を流して泣き始めた。かと思えば、唇を変な風に噛み締め、目をグイと吊り上げ、怒りの表情を浮かべている。
「ヤバい……これはマジでヤバい……」
胸がムカムカして胃液が込み上げてきた。今すぐトイレに駆け込み、胃の中の物を全て吐き出したい衝動に駆られたが、何故か体が鉛のように重たくなり動けない。おまけに手足の先がビリビリと痺れてきた。
「ッ、ちきしょう、岩下の奴……!」
あいつめ、こんな情報を教えやがって。明日、学校で会ったら傘でブッ叩いてくれる。
とにかく、この動画を止めなきゃ。俺は渾身の力を込めて椅子から転がり落ちると、自由の利かない体で這い蹲り、パソコンのコンセントを抜こうと手を伸ばしーーー
「アハ!アハハ!アハハハ!アハハハハ!アハハハハハ!アハハハハハハ!アハハハハハハハ!アハハハハハハハ!アハハハハハハハハハ!アハハハハハハハハハ!アハハハハハハ!アハ!アッーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
狂ったような、甲高い女の高笑いが聞こえた。画面上の女が口をグワッと開いて笑っていたのだ。目なんて開ききって、瞳孔が開いてるんじゃないかってくらい、その表情も凄まじかった。
こ、これがワイオミング•インシデント……。こんなに狂気じみた恐ろしい動画だったなんてーーー
「鴎介ッ!!てめー、何しやがった!!」
部屋の扉を蹴り飛ばし、怒りレベルMAXの姉さんが駆け込んできた。学校指定のブレザー姿の様子を見ると、御帰宅直後らしい。
「姉さん…、パ、パソコン切って……早く……」
「んっとにこのガキは!目を離すとロクなことしねーな!お前、今度こんなことしやがったら、私と手錠で繋いでやるからな」
姉さんはそう怒鳴ると、パソコンの前に立ち、右の拳を構えた。「まさか!」なんて危惧する間も与えず、大いに振りかぶった拳をパソコンの液晶画面に当てた。姉さんの拳はやすやすと画面を貫き通す。
「ビーッ!!!」
嫌な機械音が鳴り響く。パソコンは見るも無惨に破壊され、一瞬の内に粗大ゴミと化した。そういえば、前は携帯電話を壊されたことがあったなあと、床に這い蹲りながらぼんやり思った。
姉さんは「ふうっ」と息を吐くと、画面から腕を引き抜いた。そして俺をジロリと睨むと、「お前は生涯、パソコンを持つな」と呟いた。
作者言葉遊びの弟子。