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はじめて投稿させていただきます。
拙い文章ですが、最後まで読んでいただければ幸いです。
私は、18の頃上京し、東京のとある区で新聞奨学生として働き、学校に通っていました。
もう10年も前のことになりますが、その時に起こった心霊体験などを思い出しながら書いていきたいと思います。
…ですが今回は、その時にお世話になった専売さん(新聞屋でいう正社員)から聞いた話を投稿させていただきます。
他の新聞屋さんがどうかはわかりませんが、私の働いていた新聞屋の専売さん方は、なんといいますか…何日もお風呂に入っていないような、身なりのよろしくない男性が多くいました。
ですが、その中に身嗜みも清潔で、姿勢もピシッとしており、私服はアメカジ・髪型もオシャレな、若い女の私からみても「カッコイイ」と思える、40代後半のMさんという専売さんがいました。
新聞屋で働くようになったのも、前の会社が倒産し、年齢が年齢なので雇ってくれる会社がなかなか見つからず、家族を養う為に仕方なく…というような、専売さんにしてはマトモな理由での労働でした。
Mさんは、とても現実主義というか、怪談噺のような非現実的な噺を、笑って否定するような方でした。
休日には趣味で山に写真を撮りに行ったりしているそうで、たまに撮った写真をもらったりしていました。
そんな折、職場の飲み会があり、その席でMさんは「いや〜…おれ、もしかしたら見ちゃったかも」とらしくないことを言い始めました。
私や他の学生たちも興味津々で、Mさんの話を聞いてみることに。
それは、このような噺でした。
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その日Mさんは久々に連休を取り、某県にある山に車で出掛け、趣味のカメラに興じていたそうです。
新緑の景色や滝、鳥や虫などを撮影し、満足する頃にはもう辺りは夕焼けに朱く染まっていました。
最後にその夕焼けの空を撮り、「今日は良いものが撮れた」と満足して車に乗り込み、山を下りはじめました。
…暫く下っていると、あることに気がつきました。
見ている景色が、登りの時に見えた景色とは違うのです。
というよりも、いくら走っても景色が変わる気配がない。
登りの時に見た公衆電話や小屋、看板、分岐地点などを全く見ていない、と。
どこかで道を間違えたのか?と思ったそうですが、分岐地点まではずっと一本道で、分岐地点を見逃すほど呆けて運転していたわけでもない。
疲れていて時間の感覚がおかしくなったのか…と、時計を見るも、やはり車に乗り込んでから30分以上経っている。
…そういえば、先ほどから対向車が全く通らない…
気持ち悪く思いながらも、車にナビなどはついていないので、とにかくもう少し下ってみることにしたそうです。
10分…20分…
また先ほどの時間から30分経っても、一向に下道に辿り着かない。
これは明らかに何かおかしい…と思い始め、車から降りて山の標高を確認することに。
驚くべきことに、撮影を終わらせた地点から、殆ど標高が動いていなかった…と。
そういった不可解なことに否定的なMさんは、いろいろと考えを巡らせたそうですが、
全く答えが出ず、立ち往生してしまいました。
暫く車の中で頬をつねったり頭を抱えたりしましたが、「そうか、押してダメなら引いてみろだな」と思い立ち、車を無理やりUターンさせ、今度は山を登ってみることにしたそうです。
立ち往生しているわけにもいかず、我ながらバカなことしてるな…と思いながらも、もしかしたらどこかで見落とした分岐地点が見つかるかもしれない…と淡い期待を胸に車を走らせました。
10分ほど走ったところで、Mさんは自分の目を疑いました。
先ほどからずっと、時間にして1時間は下っていた道を、わずかな時間登っただけで、見憶えのないトンネルにぶち当たったのです…。
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「おいおい…なんだそりゃあ…」と力なく呟き、今度こそは自分がおかしな現象に合っている…と自覚しました。
目を凝らして見ると、ヘッドライトで照らされたトンネルは、全てが石造りでかなり古びており、大きな字で「赫?……(蔦が絡まっていて読めない)遁道」と彫られている。
このトンネルを通れば帰れるのだろうか…と根拠のない思いが頭をよぎるも、とにかく一度冷静になろうと、タバコを取り出し、窓を開けて一服することにしました。
すると、窓を締め切っていた時には気がつかなかったそうですが、トンネルから「オオオオオォォォォォ…」と、激しく風が鳴るような音がしました。
「唸り声みたいだな」と、呟いた、その時。
トンネルの中で、赤い物体が蠢いていることに気が付きました。
暫くそれがなんなのか見極めようと、窓から身を乗り出して凝視していましたが、Mさんは普段乱視があり、その赤い物体も遠く、靄がかかったようにブレて見えていたのでサンバイザーから眼鏡を取り出し、掛けてから改めて見直してみました。
視界が良くなり、物体がハッキリと見えます。
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その赤い物体は、正確には赤黒くただれた
皮膚を持ち、匍匐前進のような形でこちらに這い寄ってくる「人型のモノ」でした。
うつむいている為に、顔や表情は確認できなかったが、もしコレが顔を上げたら…
Mさんはそれを確信した瞬間、それまでに感じたことのない恐怖を感じ、今起きている現象が理解できず、そのまま動けなくなってしまったそうです…。
更に、その「赤い人型」は1人ではなく、奥から続け様にワラワラと沸いてきました。
片脚がなく、ふらふらになりながらケンケンしているもの、壁を這ってくるもの、頭がないもの…。
それぞれ、やはりうつむいている為に顔は見えません。
今まで聞こえていた風の鳴る音も、よく聞くといろんな世代、性別の混ざった、そのものたちの声の集合音のようなものだったようです。
すると、1番先頭にいた匍匐前進のものが、ゆっくりと顔を上げようとしました。
ですが、Mさんは魅入られたようにそこから目を離せず、「ああ、もしかしたらもう帰れないかもしれない」と半ば諦めていました。
ふと、手に持っていたライターが落ち、「ガチャッ」と音をたてました。
その音に我を取り戻したMさんは、急いでエンジンをかけ、また無理やりUターンすると、急発進で慌てて山を下りました。
心臓がバクバクと大きな音をたてて息があらくなっているのを感じながら、ひたすら山を下り、気が付くと見憶えのある麓に辿り着いていました。
時計を見ると、午前3時20分…。
山を下り始めたのが遅くても17時頃…
10時間以上も山を彷徨っていたことになる。
あり得ないとも思ったが、アレを見てしまった以上、もう何が起こっていても不思議ではないか…と、ぼーっと思ったそうです。
周りを見渡し、尽きかけているガソリンや、かけたままの眼鏡、床に落ちたままのライターを確認し、夢ではない…と確信したMさん。
補給の為にも近場のGSに駆け込み、コーヒーを買って一息つく。
頭を冷やして考えてみても、アレがなんであったのか、何故山を下れなかったのか…。
帰宅してからインターネットなどで調べて見ても、「赫…遁道」なんていうトンネルはなく、いわれのあるような噺も見つからず、なんだったのかわからない…と、Mさんはお話してくれました。
「今までそういうの笑ってたけど、実際自分が体験すると恐ろしいな。俺いま、夜の配達怖いもんw」
と、Mさんは笑っていました。
そのMさんはというと…私が卒業する直前に、貯金がたまって就職先も決まったから…と退職され、ご家族と田舎に帰られました。
最後に…
Mさんから頂いたその日の写真の1枚が、時間が経つにつれて赤黒く変色してきたので、怖くなり、6年ほど前に神社にて預かっていただきました。
Mさんになにも起こってないといいのですが…。
作者宵月