仕事でクタクタになって家に帰ると、ポストに一枚の手紙が投函されていた。
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普段、来ている郵便物は、保険がどうだとか、税金のお支払いがどうだとか、免許証の更新だとか、要りもしないチラシだとかそんなものばかりであったため、珍しいな…と、封を切ってみた。
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このアパートには越してきたばかりで全ての友人にはまだ、住所などは知らせていないので、差出人は大体限定されていたが…
まだ住所を知らせていない小学生の頃の友人からの手紙だった。(因みに女性。)
『濱崎』に聞いたのかな?
濱崎というのは腐れ縁というか、昔からずっと仲良くしている奴で、この引越しの手伝いもさせたくらいだが、差出人の『江藤』は暫く連絡も年賀状すら出していない奴だった…
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手紙にはこうあった……
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『前略、お久しぶりです。高校時代に会ってぶりだと記憶しています。
お元気ですか?
私も近頃では仕事も忙しくてなかなか連絡もできていませんでしたが、元気に暮らしています。
この度、貴方にお知らせがありお手紙しました。』
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一枚目の内容からして結婚でもするのかな?と思ったのだが…
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『○月○日を持ちまして、私…霊界へ旅に出かけることに致しました。
今度いつ帰ってこれるか、はっきりしたことは言えませんが、どうかお元気であられますことをお祈りいたします。
連絡などは…出来るかどうかは教祖様のお心次第で、今の所は分かりませんが、なんとかお願いしてお手紙くらいはさせて頂けると思います。心配はしないでください。教祖様がお側にいらっしゃいますので、命に関わる事はありません。どうかますますのご活躍をお祈り申し上げます。堅苦しい挨拶でゴメンね…またね。
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PS.杏奈のこと覚えてる?彼の娘も一緒に行く事になったの。教祖様のお計らいが無かったら彼の娘どうなっていたことか…もし、佐々木君も行きたいって事なら、私から教祖様に頼んでもいいよ!ほじゃまた!』
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……………???
なんだこれ?
江藤…
なんだよこれ?
ただ呆然と手紙を眺めていると、アラーム設定していたスマートフォンがガラステーブルの上でけたたましく震えた。
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「おう!濱崎…どした?」
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『おお。佐々木…手紙…きた?』
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「江藤だろ?来たけどさ…何だこりゃ…?」
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『お…お前知らなかったのか…?あ…あいつさ…ちょっと最近、変だったんだよ…』
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「何が?」
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『杏奈がさ…江藤がおかしいからって話してたんだけど、宗教だかなんかにはまってたらしくて…』
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杏奈っていうのは濱崎の彼女で結構前から付き合っていた。
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「それで?」
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『で…江藤に勧誘された…とか言っててさ…
俺は、やめとけ…金だって掛かるんだぞ!っつって反対したんだけど、なんか最近、杏奈まで行ってることおかしくなってきたんだよ…』
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「俺の手紙に霊界へ旅に出かけるって書いてあんだけど…杏奈も連れてくみたいな事も…」
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『は?ちょっ…マジかよ⁉︎やべえよ!お前今どこ?アパート?』
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「んん…今帰って部屋に居るよ…
しかし、キモいなこれ、お前止めたの?」
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『いや、知らなかったんだよ!最悪だ!ちょっ…これから部屋行ってイイ?』
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「んん…イイよ。」
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返事が終わる前に電話は切れていた。
相当、焦っているようだ。
確かに、おかしな宗教にはまり込んでいる事は間違いないようで、俺も手紙を読みながら、若干引いていた。
霊界…丹波哲郎じゃあるまいし…
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程なくすると、この寒空だというのに額に汗を滲ませ、これでもかというくらい深刻な表情で濱崎がやって来た。
彼の話によれば、江藤は家族を事故で亡くし、一人悲しみにくれていた処、ある宗教の勧誘を受けたとのことだった。
彼女の家族の事は風の便りで耳にはしていだが、まさか宗教にはまり込んでいる事までは知らなかった。
昔から仲の良かった杏奈が何時も彼女の助けになって居たらしく、ちょくちょく会っていたようだ。
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「止めたいんだけどさ…連絡が取れないんだよ…」
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泣き出しそうな顔で濱崎が漏らす。
助けてやりたいのだが、方法が見つからず、兎に角…もう一度電話してみることを勧めた。
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…………………
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「あっ…もしもし?杏奈?…お前、今どこ…?江藤は?一緒?」
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どうやら電話が繋がったらしく、濱崎は俺に目で合図した。
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「濱崎…代わって?」
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俺は今の状況が正直イマイチはっきりしていなかったので、杏奈から事情を聞くことにした。
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「杏奈?俺…佐々木…
あ、うん…久しぶり…
は?いや…
今俺のアパート…
うん…
その、江藤の事?これどうゆうこと?
…うん…んん…ふーん…
何でお前まで行くの?
は?
何だよそれ?
濱崎はどうすんの?
…んん…ん…
ダメっしょ…
やばいんじゃねそれ…」
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「お…おい…何だって?
なんて?
なぁ…?
なんて?
…なぁ?」
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話の見えない状況に不安になったのか電話ぐちで話しかけてくる濱崎を手で制しながら、説得を試みた。
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「江藤は?一緒?
…代わってよ
…ダメ?何で?
瞑想中?
いやいや意味わかんないし…
代われよ。
いいから!
どうでもいいよ…
何で?
ってか…なんだよその霊界って…?
何で行かなきゃ…
家族に会いたいのは…
うん…
分かるけどさ…
違くね?
そういうのって…
は?
いやいや待てって!
ちょっ!!
おい!コラ!?
もしもし⁇もしもーし!…………
ダメだ…切りやがった。」
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チラッと濱崎を見ると完全に泣いていた。
それもそのはず彼女が意味のわからない霊界だかについて行ってしまうかもしれないのだ、泣きたくなるのも無理も無い…
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「行くぞ。」
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俺は兎に角、この場でアタフタしてもきりがないので、杏奈の部屋に案内するよう濱崎に言った。
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………………………
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オートロック式のマンション…
暗証番号を入れ、自動ドアが開く…
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…のを見計らって侵入…無事、成功っ!
…………俺は小声で濱崎に言った。
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「彼女の部屋に入るのにお前は何時もこうしてるのか…?
は…?
暗証番号忘れた?馬鹿かお前は?
冗談じゃねえよ…ったく…ところで鍵は持ってんのか?」
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このマンションの住人らしき人が来なければ入ることは叶わなかった…
何か悪いことをしているような…
罰が悪くて仕方なかった。
合鍵は持っているようで、キーホルダーを指に掛け、微妙な笑みで差し出した。
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部屋に着くと濱崎が軽く引きつった顔で俺を見ると、震える手で鍵を開けた。
扉が開くと異様な臭いに俺は、嫌な予感にさいなまれた。
腐ってる…
何か腐った臭い…
何が腐っているかはよく分からないが、兎に角嫌な臭いだ…
扉をゆっくりと開ける…
その時だ…
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『ドンっ!』
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背中を濱崎が押した。
「なっ…何すん…」
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『バタンっ!』
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扉を勢い良く閉めて、濱崎は鍵を掛けた。
何してんだこいつ…外から鍵閉めたって内側からは開けら…れ?
無い…
ドアノブが…
ドアノブが外されコンクリで穴を塞いであった…
これでは内側からは開けられない。
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「おい!?何だよこれ?濱崎!!冗談じゃねえよ!おい!?開けろ!開けろって!」
いくら叫んでも応答がない。
ただ、ケラケラ笑っていた。
イタズラにしては手が混みすぎている…
この時。
背筋に嫌な感触を覚えた…
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「佐々木君も一緒に行くの?」
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杏奈だ。
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後ろを振り向くことが何故か怖くて…
いや、正確には気持ちが悪くて出来なかった。
この嫌な臭い…
以前嗅いだことがあった。
その記憶が今頃、蘇ってきたのだ…
学校の帰り…
猫の死骸を見つけたことがあった…
既に腐敗が進んでいて、目玉などは、カラスがついばんだのか既になく、蛆虫が口から湧き出ていて、酷い悪臭を放っていた…
気持ちが悪くてその場に嘔吐したのを覚えている。
今この部屋の中には、その時に感じた臭いと同じような臭いが漂っていた…
死骸がここにはあるようだ…
猫?
犬?
鳥?
いや、そんな小型の動物ではない…
ここまで酷い悪臭を放つなんて、もっと大きい生き物…
まさか…
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「佐々木君…江藤さんがね…先に霊界に行ってるの、私もこれから行くのだけど…一人じゃ怖くて…一緒に行ってくれる?」
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確信した。
死骸は江藤だ…
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「お…俺は…行かないよ。と…止めに来ただけだし…」
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今更だが、俺は濱崎にはめられたことに気が付いた。
ここに来させる為に俺を誘導したんだ…
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意を決して、振り返る!
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そこには、想像をはるかに超える光景が広がっていた。
ガキの頃から仲の良かった友達。
三島。
中森。
石田。
上嶋。
そして、江藤。
死骸は腐敗が進んでいるものから、ごく新しいものまで含めて5体…
全て腹を引き裂き内臓が外に出されていた…
杏奈は、修行僧のような格好で数珠を手で回しながら旺に呪文のようなものを唱えている…
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「お…お前…何してんだよゥ…」
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「霊界に行くには儀式が必要なの。その儀式に江藤さんも三島くんも中森くんも石田さんも上嶋くんも快く手伝ってくれたよ…皆、死んだ家族やペットを蘇らせたいんだって…佐々木くんも誰か、蘇らせたくない?」
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「馬鹿なことするなよ!俺は必要ない!誰も蘇らせたくない!」
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「そう…残念ね。でも手伝って…」
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冗談じゃなかった。
つまり、死ねってことだ…俺は死ぬのはゴメンだ…逃げよう…
でもどうやって…
部屋の奥にはベランダ、テラスがある…
そこから、飛び降りるか…
確かこの部屋は二階…
怪我はするかもしれないが、死ぬくらいならその程度構わない。
ふと見ると杏奈の手には包丁が握られていた。
ヤバイ。
殺されては叶わない…
向かって来た所を交わして…などと考えていると、後ろの扉が開いて、濱崎が入ってきた…
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チャンス!!
濱崎を弾き飛ばし玄関から外へ逃げ扉を閉めた。
『バタンっ!』
この時、扉か何処かに腹をぶつけたらしく激痛が走る…
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「いてて…畜生。」
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「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…んぐ…で…でも、こ…これでお前らは出れねえ…」
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兎に角、その場から逃げようとすると、部屋の扉が何故か開き、濱崎が出てきた。
その形相はこの世のものでは無くなっていた…
憑き物に操られているとしか思えない。
兎に角エレベーターへと走った。
追いかけてくる…
下りボタンを連打して、後ろを振り返ると…
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………………………………………
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居ない?
どこいった?
助かったのか…?
エレベーターの扉がゆっくりと開く、急いで乗り込み、1階ボタンと閉ボタンを押し、ふうっ…と息をついた。
静かな空間に入ると、今、目の当たりにしてきた友人たちの死が急に悲しくなってきて、ボロボロと涙が溢れ出し…その場に崩れ落ちた。
『チン…』
扉が開く。
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「霊界へようこそ…」
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その言葉のするエレベーターの外を見ると、杏奈や濱崎、江藤に三島たちが笑顔で此方を見ていた…
ちくっと腹に痛みを感じた…見ると包丁が刺さっている…
ああ、そうか…死んじまったのか…
作者秋の暮れ
初投稿。酷い出来…精進致します。