小学校時代からの付き合いだったAが都内の大学に合格して地元を離れるってことで、県内の大学に入学することが決まった俺も引っ越しなんかの手伝いで車を出したりした。
A曰く「すごい好条件の物件があった」って話だったから、さぞ綺麗なマンションなんだろうと思っていたら結構古びた感じのアパート。
駅からは近いし、すぐそばにスーパーなんかもあったからここにしたとのこと。
2LDKトイレ風呂別で家賃は四万。日当たりも良いし大きな道路も通ってないから騒音も無くていいだろうって喜んでた。
ただ、なんとなく見た感じがジメジメしてるような、変な感じがしたというか……真昼間のお天気日和なのに、アパートに人気が全く感じられなかったことと、全部の窓にカーテンはあるのに洗濯物が一切なかったことにちょっと違和感を覚えたのを記憶してる。
一階の106がAの部屋だったので、とりあえず荷物を持ってAの部屋に。
Aがカギを開けて先に入って行って、俺が後に続いたんだけど、その部屋に入った瞬間に何故か鳥肌がやばいくらいに立った。というか窓から明かりも入ってきてるのになんかボヤけてるみたいにリビングの様子が暗かった。
「事故物件とかじゃないよな?」
と失礼覚悟で訊いたら「一応不動産屋に聞いたけど違うって言ってた」と上機嫌。
そもそも一人暮らしなのになんで2LDKにしたんだとか、部屋探しの時に出来れば眺めのいいところがいいから上の階にするとか言ってなかった?と質問すると
「部屋は広いほうがいいし、もしお前とか来たら客間に泊められるじゃん?それに彼女出来たら同棲したいし」
とかホザいた。
三階建てなのに一階にした理由は、この部屋にすれば他の部屋より家賃が一万円安くなるからとのこと。理由はこの部屋が他の部屋よりも少し長く使われてたからとかなんとか。
東京の2LDKってそんなもんなのかなと気になって携帯で軽く調べてみたら、明らかにそこのアパートは安かった。
荷物を運んでる最中も、休憩してコンビニ弁当をつついてる時も、なんか妙に胸騒ぎがするし落ち着かなかった。夕方くらいになってくると耳鳴りもしてきたし、オマケに首の後ろがザワザワしてきたのを覚えてる。
部屋自体はリフォームされたばっかりで綺麗だったんだけど、やっぱりどの部屋も暗い印象があった。
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あんまりに気になったんで、そのマンションからすぐ近くのAに物件を紹介した不動産屋に二人で直接聞きに行った。
不動産屋のおっさん曰く「いや事故物件とかではないですね。結構人も入ってますし」ってことを繰り返し言ってたけど、明らかに態度が不審というか何か隠してるのがバレバレだった。
「でもほかに住んでる人いませんよね」「人の出入りが多いってことは何かあるんじゃないですか」と、しつこく食い下がると
「いやもうかなり昔のことなんだけどね、あそこに住んでた人がちょっと事件に遇ったというか……」
と弱々しく抜かしやがった。気分を害されないように黙ってたとか色々言い訳してたけど。
ともあれどうもワケありのようだったので俺はAに別の場所にしたほうがいいとオススメ。
Aは「じゃあ家賃安くしてくれます?」とまさかの交渉。
最終的にロクにその事件とやらの話も聞かずに家賃マイナス一万、敷金礼金二か月分のとこを一か月分という結果に落ち着いた。
明らかにヤバいだろうと思ってAを説得しても
「大丈夫だって。俺そういうの気にしないから」
とノリ気。
次の日も休みだし、どうせだから泊っていこうというAを半ば無理やりに言い聞かせて一緒に帰った。地元に帰ってからも説得してみたけど、最終的には「いやお前神経質すぎるだろ」と半ギレされて終わった。
そのことが原因でAとは少しギクシャクしたまま喧嘩別れみたいになって、お互いに大学入学の日を迎えた。
それからしばらくしての夏休みに、俺の携帯に知らない家電が掛かってきた。
誰だろうと思って出てみると、相手はAの母親で
「Aがここ一ヶ月以上連絡もよこさないし電話にも出ない。俺君のとこにメールとかきてない?」
とのこと。
夏だっていうのになんか冷や汗が出たのを今でもよく覚えてる。本当になんかいやな予感がした。
暇なんで遊びに行くついでに様子見てきますって返事をして、そのままATMでお金を降ろして新幹線で東京に向かった。午前中の九時かそのくらいだったと思う。
道中でAに何度も連絡を取ろうとしても、「電源が入っていないか電波の届かない~」のアナウンスが流れるだけだった。
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池袋から西武線に乗り換えてAのアパートがある駅に着いたのは昼の三時かそのくらいだった。話に関係ないんだけど、田舎育ちだったから電車の乗り換えやら改札の場所やらを調べるのにエラい手間取った。
その日は平日だったと思うけど、人通りの多い真夏日の中をダッシュでアパートに向かった。
Aのアパートは駅から歩いて七分って紹介に書いてあったからそのまま一息に向かうつもりだったんだけど、何故か途中で猛烈にノドが渇いた。
近くのコンビニにぜえぜえ言いながら入って、ちょっとびっくりしてた店員さんにイチゴ牛乳をお会計してもらって店先で一気飲みした。これが虫の報せってやつだったのかもしれない。
ともあれAのアパートに着いた俺は、Aの部屋の前でインターホンを押すも反応なし。
いないのかと思ってダメ元でドアノブを回したら呆気なく開いた時は、なんかヒヤっとした。
そのまま部屋に入った時に様子がおかしいことは一目でわかった。
昼間なのにリビングの電気はつけっ放しだし、部屋の扉も全部開いてる。夏だとは思えないくらい部屋の中も涼しかった。前に感じてた嫌な感覚は比べ物にならないくらい酷かった。
Aのことを呼んでも反応がなかったから、俺はそのまま家の中に入った。ちなみにいつでも逃げだせるように土足のままで、玄関も開けっ放しにした。
リビングから覗き込んだ時に、空っぽだった部屋の反対側、Aが使ってるほうだと思われる部屋に忍び足気味で入ると、入り口の陰になってる部分にAが体育座りしてジッと俺のことを見てた。ビックリしすぎて叫び声さえ上げられなかった。
しばらく硬直してる俺とAで視線をあわせてたんだけど、あの時のAの無表情というか、口を半開きにしてこっちを見てる顔が未だに思い出すだけで怖い。
俺を見ても何の反応もしないAにひたすら呼びかけたんだけど、本当に無反応のままだった。
ただ、俺がしゃがんだりAを揺らしたりしても、首がかっくんかっくん揺れるのに眼だけが俺のことをじいっと見てた。正直あんまりに怖かったもんだからぶん殴ろうかと思った。
様子がおかしすぎるAを無理やりにでも引っ張り出そうと思って腕をつかんだら、見計らったように俺の携帯が鳴った。ただでさえ限界だった俺の忍耐力が一気に無くなって、Aを怒鳴りながら腕を引っ張ったんだけど、腕は伸びるくせに体のほうは体育座りしたまんま全然動かなかった。正直どうなってんだこれと思った。
Aは石みたいに動かないし、俺の携帯は喧しいしでパニックになりかけたけど、とりあえず携帯を静かにさせようと思ってポケットから取り出すと画面には『非通知』の表示。
速攻で電源ボタンを押して、「そうだこのまま救急車呼ぼう」ってテンパった頭でボタンを押そうとしたら邪魔するかのようにまた非通知から電話が掛かった。
怖気がして携帯を放り投げて「A!やばいからA!やばいから!!」って叫びながらAを連れ出そうとしたら後ろのほうで『バッタン!!』ってすごい音がして玄関が閉まった。この時は本当に泣きそうになった。
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「A!A!」
って名前を呼びながら全体重をかけてAの腕を引っ張りだした時だったと思う。
隣の部屋からドンドンドンドン!!って壁を叩く音が聞え出して、Aが音に返事をするみたいに「うぅうううううう」とか「ああああああああ」とか言い始めた。その間もずっと俺の目を見てた。
多分この時点で俺は泣いてた。
「お前ふざけんなよオイ!!オイ!!」
って擦れた声で怒鳴った。怒鳴ればなんとかなるような気がしたけど無理だった。
正直誰か助けてくれって思いながらデカい声だしてたんだけど、隣の部屋からは壁を叩く音しかしないし、Aはなんかもう人の声っていうよりはカラスとかネコが出すような「アアアー」「ウウウウー」みたいなことしか言わないし、また俺の携帯は鳴り出すしで本当にパニックになった。
どのくらいそうやってたかはわからないけど、そのうちAがピタっと呻くのをやめた。
相変わらず壁ドンの音はしてたけど、多分携帯の音も止んでたと思う。
ただ、Aの視線が微妙に俺じゃなくて俺の背中のほうをじいっと見始めてたから、俺は絶対後ろになんかいると思って動けなくなった。
体がガタガタ震えだして、Aの表情が段々薄気味悪い笑顔みたいになっていって、もうどうしたらいいのかわからなかった。声を出すのも怖かった。
正直、このままAをほっといてベランダに出る窓ガラスブチ破って逃げようかと本気で考えたんだけど、地元でAのおばちゃんに電話をもらった時から何でかわからないけど、子供の頃から遊んでたAとの思い出が走馬灯みたいに頭の中に蘇ってて、できなかった。
この話とは全然関係ないかもだけど、中でも一番思い出されたのは、俺が小学五年の時に流行ってた遊戯王で、当時のクラスでボス的存在だったヤツにカードを無理やり交換させられそうになった時にAが止めてくれたこと。そのせいで俺が友達からハブられてもAだけはふつうに遊んでくれたこととか、色々。
その時もそんなようなことが頭の中をぐるぐるしてて、怖くてどうしようもなかったけど、妙にそんな思い出だけがハッキリとしてた。
「ちょっともう頼むから!お願いだから頼むからやめてくれ!!」
ってフレーズで泣いて叫んだことだけはよく覚えてる。
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どのタイミングだったかは本当にパニックになってたから覚えてないんだけど
ボブリボッ!!
って音がした。
何の音だって一瞬素に返るほど場違いでハッキリとした音だったんだけど、一瞬遅れて漂ってきた異臭っていうレベルじゃない激臭に思わずむせた。
俺のケツから出た音だった。
ニタニタしてたAが何度か瞬きしてから顔を顰めて
「うおっわくっせ!!」
って言ったのもよく覚えてる。
いきなり正気に戻ったAが
「お前なんでウチにいんの?」
「おい靴脱げよお前!!」
「つーかくっせマジくせえなにこれ!?(むせてから)窓開けろ窓!!」
「なんでお前ウチにいんの?」(一人でベランダの窓開けてから)
みたいな感じで一人コントみたく矢継早にいつもの調子で色々言ってくることに俺は心底安心してヘタりこんだ。あれだけ感じてた嫌な感覚もその時は全然なかったような気がする。
とりあえず俺はAに一ヶ月何の音沙汰もなかったから親が心配して俺がやってきた経緯とさっきまでのことを説明したんだけど、Aは「はあ?」って顔だった。
おかしくなった時のことは本人曰く全然覚えてないらしく、そういえばここ最近なにしてたのかも記憶にないって言った。
これは一先ずアパートを飛び出て近くのファミレスで話した内容なんだけど、Aの日付は6月の前半くらいで止まってた。
昨日まで普通に大学に行ってて、なんだか最近家で寝ても疲れがとれないから温泉にでも入りたいと思ってたというのがハッキリしてる最後の記憶だそう。
日付を見せても半信半疑の顔だったけど、その日のうちに地元に連れ帰って(一旦アパートに戻って着替える、サイフと携帯持ってくるとか言ってたけど今度こそ無理やり連れてきた)後日、Aの両親と俺とAと他数人の友人(念のため呼んだ)で戻ったアパートにあった自分の携帯に残ってたメールやら着信履歴を確認して
「ああ、俺って本当におかしくなってたんだ……」
って青い顔して信じた。
ここで話は一段落したんですが、後日談や詳細なんかもあるにはあるのですが、別にホラーというわけではないので割愛します。
聞きたい方がもしいらっしゃったら書こうかとも思います。
最後に、自分は子供の頃から乳製品がダメで、特に牛乳が入った飲み物を飲むと自分でもヤバいと思うくらいの臭気を伴う放屁をするので、普段なら絶対に控えているのですが、なんであの時はコンビニでイチゴ牛乳を選んだのかは未だにわかりません。
普通にコンビニに入って、自然にパックのイチゴ牛乳をとってレジに向かったことに、何の疑問も持たなかったです。
それにしても、あの時の放屁は本当に一段とキツかった……と、今こうして投稿していても思い出します。ホント臭かった。
作者ナナシノシ
初投稿です。
そんなに怖い話ってわけでもないかもしれませんが実体験をちょっと……。