例の一件の後、一度AとAの両親、友人三人を連れてあのマンションに戻って必要最低限のものを取りに行った。
Aの親父さんのワゴンから降りるなり、連れてきた友人Bが「え、ここ?」と驚いてるような嫌がってるような、何とも言えない表情で小さく呟いたのを聞いて、「ああ、やっぱりこの建物に妙な違和感を感じるのは俺だけじゃなかったんだ」と何となく納得した。
部屋に入った後、Aは完全に電源が切れてた自分の携帯に残ってた着信履歴やメールの数々を見てからずっと青白い顔になってた。
友人Bはアパートの敷地内に入るのも嫌がって親父さんの車の近くで待機してて、他の友人二人の内、Cも部屋に入るなり「あー……」と得心がいったような感じで気分が悪そうにしてた。
以前この場所であったことは予め説明済みだったので、その先入観もあったのかもしれないけど、なんだか顔色も悪くなってたように思う。
俺も以前この部屋に入った時に感じたジメジメしたような薄暗い感覚が戻ってきてることがハッキリと感じ取れたから、出来れば必要以上に長居はしたくないなとひたすら考えてた。
気分が悪くなったのは友人BとC、それからAの母親であるおばさんで、特におばさんはAの使ってた反対側の空き部屋に入るなり「なんだか気持ち悪い……」って言ってアパートの外に出た。
友人Dと親父さんは何にも感じないらしく、荷物をダンボールに詰めながら日当たりがどうとか別に普通だと思うんだけど、なんて会話をしてた。
引っ越したばかりってこともあって、まとめたままだった服や大学で使う書類なんかを集めるのは一時間も掛からなかったと思う。
ワゴンに戻ると、駐車場で待ってたBが知らないオバサンと話してて、オバサンはこっちに気付くなりそそくさと立ち去った。
それからしばらくBの様子が暗かったんだけど、その理由は後になってわかった。
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とりあえず地元に戻った俺達は、親父さん達にお礼だからということでメシを奢ってもらってから帰った。
家に帰った俺は、Aの様子を見に行った時にAの部屋に置いてきた自分の携帯を充電してから確認したんだけど、そこに非通知の着信履歴が十件くらい入ってるのを見て速攻で履歴を消してから電源を落として仏壇の前においてきた。
それから二日くらいは携帯の無い生活をしてたんだけど、そろそろ大丈夫かなと思って電源を入れたらAからの着信が結構あった。
何かあったのかと思ってかけ直すと、Aのお袋さんが念のためだからということで地元から少し離れたところにある教会(といっても古めかしいレンガの建物とかじゃなく、小さな建物)でみてもらおうってことだった。
行ったのは俺とAとおばさんの三人。
最初はアレ系な宗教の場所だったらどうしようとか思ってたんだけど、小さいながらもちゃんとしたプロテスタントの系統で、普段から霊的な相談事なんかも請け負っているとかなんとか。
対応してくれたのはシスターである30後半くらいの女の人で、修道服とかじゃなくてふつうに控えめな事務用スカートと黒いセーターを着てた。首に十字架はさげてたけど。
とりあえずシスターさんは俺達の事情を聴いて、Aのお袋さんには「特に危険が及ぶ感じはありません」って言った。
ただ、Aに「何かその部屋で使っていたものはありませんか?」って聞いてきて、俺に到っては携帯を見せてくれって言われた。
俺は言われた通り携帯を見せて、Aも同じく持ってきてた携帯を渡した。
俺達の携帯を手に取ってじっとみてる表情が真剣そのもので、5分くらい何も言ってくれなかったから凄く怖かった。
そのあと、シスターさんが「私には少し難しいお話みたいなので、私の師にあたる人を紹介させてほしい」と言った。曰く、若い頃には恐山でも修業をしたことのあるほど霊感の強い人なんだとか。
そんなにやべえのかと内心ヒヤっとしたまま、その日の相談はそれで終わった。
帰り道の道中も、家に帰ってからもかなり不安だった。
あと、教会のシスターさんなのに恐山で修業した人が師匠ってその辺の事情はどうなってるんだろうと気になりもした。
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それからすぐにまたAのお袋さんから家電に連絡があり(携帯は問題がないなら一応預からせてくれないかとのことだったのでセキュリティを設定して預けた)教会にシスターさんの先生がきたとのこと。
正直どんな人なんだろうとドキドキしてたけど、会ってみるとウチの地元ではどこにでもいそうな60くらいの普通のおばちゃんだった。服も普通のどこにでもあるような普段着だった。
大丈夫なのかと思ったけど、そのおばちゃんが俺達の姿を見てシスターさんに渡された俺の携帯を見るなり
「よくまあ、あんた達そんな元気に戻ってこれたね」
って感心してるのか呆れてるのかわからない声で怖いことを言った。
おばちゃんが説明するには、そのアパート自体がもう危ないらしい。
忌み地だかなんだか言う場所になってて、大きな事故や悲惨な事件、特に昔の合戦場後や処刑場にはそういう現象がよく起きるとか。
「最近じゃ有名な俳優さんも乗ってたあの飛行機事故の墜落現場とか、そういうとこ」
って言ってた。なんとかいう森?って場所らしいけど、怖いからあんまり聞きたくなかったし検索したりしてないから詳しいことはわからない。
ただ、強い恨みや自分の死に納得していない想いが似たような人間の魂を集めて、雪だるまみたいに大きくなっていくんだっていう話は印象に残った。
ともかく、対処法としては金輪際あのアパートに近づかないこと。
あの場所にあった物はなるべく処分すること。
携帯は中のデータを全部消して新しく買い替えるほうがいい。データを移すことで繋がりが切れないこともあったりする、とのこと。
「そのアパートで何があったかはわからんけど、とにかく厄介な何かがいることは確かだから」
そう締めくくった後、外に出てなんか色々文字が書かれた筒紙っぽい入れ物に入ってた塩と生米が混ざったものを振りかけられた。
今度引っ越しの時にアパートに行った時にも、入る前と出た後、それから地元の自宅に入る前に予め用意してかけるようにとのことだった。
家の中に入ってからかけても効果がないし、特にそのアパートの中では絶対にかけたり撒いたりするなとキツく言われた。
「下手すると死ぬよ」
って真顔で言われたAが顔面蒼白になってた。
相談料金は二人で一万。お経とかそういうのは全く無くて、「大丈夫ですか?」と訊ねたら「あんなの気休めみたいなもんだから」と笑いながら言ってた。
完全に近所のおばちゃんだった。
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そのあと、Aはアパートを引っ越して後期から復学した。
親父さんは「べつにあのアパートでも大丈夫だろ」みたいなことを言ってたそうだが、おばさんが猛反対したらしい。
ちなみに俺はまだ支払が残ってた携帯を処分して予め手書きで写してたメルアドやら番号を新携帯に登録するのに相当苦労した。
その後は俺もAもなんともないから、あのおばちゃんの塩米が効いたのか対処方法をマジメに守ったのが良かったのか、それともホントは放っておいても大丈夫だったのかはわからない。
ただ、この話が笑い話に出来るようになった頃、地元のファミレスで久々に俺とAと友人三人で集まった時、アパートの外で待ってたBがこんな話をした。
あの時、荷物をまとめたりしている俺達に気付いた近所のオバサンがBに事情を訊ねてきたらしい。
そのオバサンは「あーやっぱりねぇ」みたいなことを言った後、アパートであった事件をBに聞いてもいないのに話し出したんだとか。
どうも、あのアパートでは昔二つの事件があったらしい。
一つは無理心中。一家五人がアル中だった父親に全員刺殺された後、その親父は自分の喉に包丁を突き立てて自殺したらしい。
もう一つは同棲してた恋人が浮気したとかなんとかで、浮気相手の男が男女二人を刺殺した後に投身自殺したとか。
最初に起きたのが無理心中で、そのあと何年かして起きたのが次の話だとか。
俺は話を又聞きしただけなので簡単にしか書けないが、B曰くそのオバサンはタネ明かしをするかのように臨場感たっぷりに喋り捲ってたらしい。
ちなみに二つ目の事件があった部屋がAの住んでた部屋だったとのこと。
アパートに済む人間は殆んどが半年も経たないうちに出ていくから、周囲の住民からは呪いのアパートと呼ばれて、そこに住む人とも関係を持とうとしないらしい。
「二つ目も結構な事件だったのに当時持ちきりだった地下鉄サリン事件のせいであんまりテレビの人達もこなかった」
と、なんだか残念そうに笑いながら言ってたオバサンが不気味だったとBは言ってた。
それを聞いて俺とAは改めて気分が悪くなった。
Aはこの事を聞いた後、アパートを紹介した不動産屋に改めて文句を言うために問い詰めたが、そこの不動産曰く「事故物件だと説明する義務は事件が起きた部屋の次に住む人だけに限られてる」と開き直られたらしい。
あのおっちゃんもつくづくとんどもねえなと思う。
ちなみに、俺達がAの荷物を取りに行った際、隣の部屋の表札を確認したんだけど、どうも誰も住んでいないようだった。
あの時壁を叩いてたのはなんだったのかは考えないようにしてる。冗談抜きで今でも想像すると眠れなくなる。
作者ナナシノシ
以前投稿させて頂いた件の後日談になります。
予想もしていなかったくらい大勢の方に読んで頂き、ちょっとビックリしました……大分遅くなりまして申し訳ございません。
実はあの話を投稿した後すぐに長い風邪を引いてしまい、タイミングがタイミングだっただけにもしかしてあの話を書いたからかな?と気になって、友人共々お世話になった心霊問題相談所も兼ねている教会の方に連絡をとっていたりしました。
恐らくは関係性もないので大丈夫だろう、とのことなので、こうして遅れながらも投稿させて頂きます。