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お父さんに投げ込まれた。
こんな狭くて暗くて冷たいところに閉じ込められた。
重い蓋は外界からの光を完全に遮っている。
ここにあるのはただ冷たくて濁った腰までの水と狭い円形の空間だけ。
この両手を伸ばせば壁に手がつく。
寒い。
頭の傷は出血こそ止まっているがずきずきと痛む。
致死量の出血をしたはずだが、人ではないこの身体は死なない。死ねない。
それがどういう事か。
例え普通なら餓死するような状態でも生き続けてしまうということだ。
この自分の叫び声だけが響く無の空間で想像もつかない程の苦痛を果てしない時間味わう事になる。
そんな事はこの錯乱した頭でもすぐにわかった。
しかし人間とは出来るはずない事をやろうとする。
こういう状況であれば尚更。
壁に手をかけた。
恐らくここで私が出来ることはこれだけだ。
ただひたすら壁をのぼることだけ。
幸い、人ではないこの身体はこの壁を素手のみで登れるだろう。
蓋まで半分あたりまで登ったころ全ての指の爪が剥がれ華奢な身体は下の闇水に落ちた。
痛いなどという感覚は通りこしていた。
指に力が入らない。
また爪が伸びるのを待つしかない。
そんなことを何回も何十回も何百回も繰り返した。
時が過ぎ続けた。
水に身体はふやかされ、腰から下はあらゆる場所が膿み腐り痛み、指は何度も骨折しすっかり形が変わり、髪は伸び果て、顔からは肉が削げ落ちてもはや誰かもわからない。
そんなになっても死ねない。
こんな地獄が他にあるだろうか。
貞子は蓋にたどり着いた。
何もできない事などわかっていた。
ただその恨みの念を外界に送った。
自分をこんな地獄に突き落とした
人間への恨みを。
その恨みは井戸の真上にあるコテージ内のビテオデッキに入っていたビテオテープに深く刻まれた。
貞子は落ちた。
もう何も考えなかった。
ただ水に身体を浮かべ無に帰した。
貞子は死んだ。
30年もの月日が流れた血の色をした井戸の中で。
もう痛みも寒さも感じることはない。
見開かれたその瞳はただ天をふさぐ蓋に向けられていた。
きっとその目にはあの短くも幸せな日々の映像が見えていたに違いない。
作者川島康弘