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―― ボクは、自分がどこの誰かすら知らない。
そんなある日、おかしな歌が聞こえるようになった。
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~~ おいでよ、おいで
ここは楽園さっ!
おいでよ、おいで
ここは苦しい事なんか1つも無い国さ ~~
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ボクは、それを聞いて“そいつ”に尋ねるんだ。
「君は誰? 楽園ってどこにあるのさ」
その答えは返って来ない。“そいつ”は、いつも一方通行。
そして、またいつもと同じように~~ おいでよ、おいで……~~と歌い始める。
ボクは、その事に対して腹が立ったけど、その事は口にしなかった。
きっと、言うべき事ではないクダラナイ事。
もし、ボクがその事を口にした所で“そいつ”は、また歌いに出すに違いない。
だから、言っても無駄なのだ。ボクは、そこでグッと堪えた。
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ボクは今日も風の吹く方向へと歩いて行く。
すると、いつもの様に“そいつ”は、歌いだす。
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~~ おいでよ、おいで
ここは楽園さっ!
おいでよ、おいで
ここは苦しい事なんか1つも無い国さ ~~
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ふと気がつくと、ここはとてもキレイな花が咲いていた。
ボクは、ここが“そいつ”が言っていた楽園なのだと思った。
「ここが、君の言っていた楽園かい」
と、大声で空に向かって叫んだ。きっと、また同じ歌を歌うに違いないと決め付けていたのだが違った。
「違うよ、違う。楽園は、世界の彼方に行かないとないのさ!」
ボクはやっと楽園にたどり着けたのだと、喜んでいたのだが、その答えを聞いてショックを覚えた。
周りを見ると、そこには花を摘む少女がひとり居た。
その少女の瞳の色はエメラルド、髪の色は金色をしていた。
そして、髪には大きな藍色のリボンが結ばれていた。
そして、その少女はこちらに気付き微笑んだ。ボクもそれにつられて微笑んでいた。
後で気付いたのだが、その時のボクの顔は紅く染まっていた様だ。
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また、ボクは風に導かれていた。今回は、どうやら森の中だった。
緑が一杯茂り、静寂な時を刻んでいた。
少し奥に進むと、そこにはボクより少し年上の少年が居た。
少年はボクに向かって
「ここには、熊や狼が出てくるから危ないんだよ。
それから、これはウワサなんだけど森の奥には、恐ろしい魔女が住んでいるらしいんだ。
だから、早くここから出た方がいいよ」
ボクは、少年の言う通りにしたかった。でも、風は森の出口とは、反対側の方向へと吹いていた。
ボクは、風が導く方向へ進む、いや進まなければならない。
何故だかは分からないけど。
だから、ボクは少年の忠告は聞かず、森の奥へと進んだ・・・・・・いや、進まされた。
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いつの間にか、回りが暗くなって来ていてボクはゴツゴツとした岩場に居た。
しばらく進んでいくと何かにぶつかった。
ボクは顔を上げて、その“なにか”を見た。
そこには先程の少年が言っていた魔女らしき女が立っていた。
「おや、おや。こんな所に人が来るなんてね。丁度良かった、久しぶりに人の肉を食べたかったんだよ」
と、僕の方に手を伸ばしてくる。その手をボクは払い、無我夢中で逃げた。
ボクは、どんどん岩場の山頂へと駆けた。
何とか魔女からにげることが出来たようだ。
ボクは無我夢中で走ってるとき、いつもの様に“そいつ”の歌が聞こえた。
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ここはとても暑い。
凄く大きな丸い太陽がボクに敵意を持った様に自分の子供たちを地上に居るボクへとむかわせる。
もう何時間経っただろう?
分からない・・・・・・分からないけど長い、長い時間の間ここに居る。
もうノドはカラカラ。水が欲しい。
そう思った直後、300メートルほど離れた場所にオアシスが突如現れた。
ボクは思いっ切り走って、その真ん中にある湖に飛び込んだ・・・・・・はずだった。
水だと思ってた物は、砂だった。口の中に入ってしまった砂を吐きだした。
ボクは今にも泣き出しそうになった。
ボクが生死を彷徨ってると言うのに“そいつ”は、いつもの如く明るく歌っている。
ボクは、前進するしか無かった。
ボクは、体力の限界になり倒れ込んだ。
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バサッ・・・・・・
遠くで鳥がはばたく音が聞こえた。
その音は、次第にこちらへと近づいてきて、ボクが倒れこんでいる真上にやって来た。
そして、ボクの襟首をつかみ上げ、ボクの体は宙に浮かぶ。
そう思うと“それ”は猛スピードで南の方へと飛んでいった。
1時間程でボクの空の旅は終わった。
ここは、とても大きな鳥の巣の様な所で大きな卵が3個あった。
ボクを降ろすと“それ”はまた飛び立って行った。
その隙に逃げ出そうと体を乗り出し下を覗くと、そこは絶壁でとても降りる事は出来ない。
頂上は遥か上。登ることも無理のようだ。
ボクは諦めかけようとした時、風に乗って聞きなれない声が聞こえてきた。
「クス、クス」
いきなり何も無い宙の所に女の人が現れた。
「きみ、誰?」
「わたし? わたしは、風の精霊よ。今、あなた困ってるみたいだけど。
わたしなら、あなたを助けてあげれなくてよ」
そう言いつつも助ける気はあまりなさそうな態度をする風の精霊。
「本当っ?! 本当に助けてくれるの」
「でも、条件があるわ。あなたの持っている物、何か頂戴」
「条件?」
ボクは困った。
風の精霊にあげられるような物は一つも持ってないのだ。
「・・・・・・ボク、君にあげられるような物、持ってないんだ」
「あっ、そう」
と冷めた口調で風の精霊は言い捨てるとさっさとどこかへ去る仕草をした。
「あっ! 待って」
ボクが身を乗り出した途端、ボクの視界から風の精霊は消え、目の前には闇しかなくなった。
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ボクが気を失って、どれくらい経ったかは分からないけど、ボクが目を開くと、そこは海の中だった。
ボクは慌てて口を塞いで息を止めようとした。
「大丈夫よ。ここでは息が出来るわ」
ボクの背後で柔らかい声がした。
振り向くとそこには、この世の者とは思えない美しい女性が立っていた。
「あなた、どうしたの? 倒れていたようだけれど」
そう聞かれ、ボクは自分の身に起こったことを思い出した。
ボクはケガをしていないか体を確認した。
ボクは絶壁から落ちたというのに全くケガはしていなかった。
顔を上げて先程の女性の方に目をやると、その顔は青ざめていた。
ボクは、その女性の視線をなぞった。そこには竜宮城の様な綺麗で大きな屋敷があった。
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阿鼻叫喚の声を上げ逃げ惑う人々の姿があった。
その後ろには、大きな竜巻のような渦により屋敷が破壊されつつあった。
その渦がボクが居る方向に向かってきた。
ボクもその人々と一緒に走り出した。
走ってる内にボクの周りに居た人々が段々と少なくなって行く。
気付いたらボク一人になっていた。
ボクの足元の地面が滑り台に変わり、そのままとてつもなく長い滑り台を滑り落ちて行った。
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~~ おいでよ、おいで
もうすぐ楽園さっ!
おいでよ、おいで
もうすぐ、苦しい事なんか一つも無い国さっ! ~~
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“そいつ”は、久しぶりにいつもとは違う歌詞で歌を歌いだした。
「もうすぐ『楽園』が? 『苦しい事なんか一つも無い国』が?
本当にそんな国はあるのかい」
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~~ もうすぐだよ、もうすぐ。
さぁ、扉を開き
奥へ進んでごらん! ~~
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とてつもなく長い滑り台は終わり暗黒の中に1つ小さな扉が出現した。
“そいつ”の言う通り扉を開き、その中に入った。目の前に現れたのは薄暗い列車の車内だった。
そこには、途切れ途切れに乗客の姿があった。そして、窓からは通り過ぎる田園の風景。
1車両目、2車両目、3車両目・・・・・・5車両目に来ると通路の真ん中に小さな古ぼけた箱が置かれていた。
ボクは、その箱を手に取り開けようとすると
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「駄目だよ! その箱を開けてしまったら楽園には、行けなくなるよっ!!」
“そいつ”は、いつもの様には歌わずに叫びに近い声を上げた。
『楽園』に行けなくなると言う言葉に少し戸惑ってしまったが、その箱を開けなくてはならない気がしてきて、小さな箱の蓋を開けた。
すると、その中から黒い物体が沢山出てきて一瞬のうちに闇に囲まれた。
そして、最後に出てきたのは柔らかく暖かみのある光が出てきて目の前は、真っ白くなった。
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――――――――――“ボク”は、目を覚まし声も出さずに静かに泣いていた。
“ボク”は、涙を拭こうと顔の前に手を持って来た。その手は、少年の手ではなく大人の大きなシワだらけの手だった。“ボク”は悟った
・・・・・・そうか。“ボク”は、夢の旅路から戻って来たんだ。
作者鮎川日日日
高校生のときに書いた話です。