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中編4
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貴女の上。そして下。

大叔母が死んだ。

そう昨日、連絡が来た。

死因は痴呆症による徘徊中の事故。

そして、僕は葬儀の為に祖母の家を訪れていた。

元々が華族だったと言う大叔母の家は二階建ての古めかしい洋館で、何処か何時も、湿った様な匂いを発している。

彼女は晩年、此処に息子夫婦と暮らしていたそうだ。

案内された部屋の息苦しさに、窓を開けた。

季節は梅雨。

例に違わず、外は霧の様な細かい雨が降っている。

僕は、黴の匂いがするベッドに腰掛けた。

手の中の遺言書を、くるくると回し弄ぶ。

産まれてから数える程しか会っていない大叔母からの、直々に僕を指名しての遺言書。

・・・さて、内容は何なのだろう。

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***

拝啓 鹿波マサユキ様。

今日は。いえ、今晩はかしら。どちらでもいいわ。お久し振り、マサユキ。

季節の挨拶をしたい所なのだけれど、生憎、私には貴方が何時この手紙を読むか分からないの。

貴方は今、《何故、殆ど他人と言ってもいい自分にこんな手紙が来ているのか》と思っているのでしょうね。

・・・貴方にね、頼みが有ります。

とても大切な、其れ故に、気軽に身内には話せない頼みよ。

でも、きっと、その頼みだけを伝えるのでは、貴方は気味悪がって頼みを聞いてくれないでしょう。

だから、私は全てを此処に書き記そうと思います。

御姉様と私の全てをーーーーー

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***

私が未だ若かった頃・・・そう、御姉様に初めて会ったのは、私が14の夏でした。

私が庭の梅の木・・・中庭の端にある、あの古い梅の木です。

その下で本を読んでいると、上から声が降って来たんです。

「何と言う本を、お読みになっているの?」

と。

私が驚いて辺りを見回すと、もう一度声が聞こえました。

「あら、御免なさい。御邪魔をしてしまったかしら・・・。」

その声は甘くて優しくて・・・。

私はもっと聞きたいと思ったの。

「どなた?」

「貴女の上。そして下。」

私が上を見ると生い茂った葉の間から、白い顔が見えたわ。

「貴女は誰?」

「誰でも無いわ。今となっては。」

彼女はとても若く、美しく見えたけれど・・・。

「どうやって其処にいらっしゃるの?」

細い梅の枝の間から顔だけ出している所は、やっぱり何処か不思議な感じでした。

彼女はニッコリと微笑みました。

「居るのだけれど、居ないのだもの。」

・・・其れが私と御姉様との出逢いだったの。

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***

御姉様は、何時でも梅の木にいらっしゃったの。

けれど、雨の日は別。

雨の日は自由に歩き回れて、ヒョイ、と私の元へ来たりしてくれたわ。

黒く長い髪と、美しいお顔。甘い声。

本当に素敵な方なのよ。

御池の縁で、御姉様は言ったわ。

「カヨちゃんは、可愛いのね。羨ましいわ。」

私、とっても嬉しかった。

今まで器量を誉められた事が無かったから。

初めて器量を誉めて下さったのが、御姉様だったから。

・・・そうね。私、御姉様が好きだった。

誰よりも、何よりも好きだったの。

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***

ある日、御父様が私に《いい人》を紹介しようとしたの。

私、嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で。

あの梅の木の下で、手首を切って死んでしまおうとしたわ。

でもね。御姉様が・・・

「私、カヨちゃんの赤ちゃんが見たいわ。」

と言ったから、私は、その《いい人》と結婚したの。

・・・此れが、私が、私の主人と結婚した理由。

御嫁入りの前の夜・・・確か、梅の実が熟れてきた頃だったわ。甘酸っぱい香りが辺りに満ちていたもの。

私は、最後の夜を梅の木の元で過ごそうと決めていたの。

私が梅の木に凭れていると、御姉様は私の髪を鋤きながら厳かに言ったわ。

「貴女の下を、掘ってみて。」

シャベルを持って来て地面を掘ると、泥にまみれた着物の裾と、白い欠片が見えて・・・。

「私は此処に居るの。待っているわ。赤ちゃんは見せに来なくていいから、何時か、何時か私の傍に来て。・・・お嫌?」

囁く様に御姉様が言って、私はまた御姉様の御体を埋め直したわ。

そして、泣きながら御姉様の胸に縋ったの。

嬉しくて、悲しくて、堪らなくて。

・・・誰かに言わなかったのか、と思ったかも知れないわね。

死体を発見してしまったんだもの。普通ならちゃんと、誰かに言って、御姉様を弔って差し上げるべきだったのでしょうね。

・・・でも、絶対に嫌だったの。

私だけの御姉様を、世間に曝してしまう何て、許せなかった。

私だけの御姉様、私以外誰も知らない御姉様で、居て欲しかった。

そうして、私は最後の夜を、御姉様の元で過ごしたの。

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***

私は御嫁に行き、産みたくも無い子を成し、生きたくもない長い長い時間を生きて、そしてお婆さんになって、此処に戻って来たわ。

雨の日に庭を歩き回る私を見て、皆は私を狂ったと言った。呆けてしまったのだと。

・・・そんな事は決して無いの。

私は只、御姉様の傍に居ただけ。

・・・・・・でも、もう我慢出来ない。

お願いよ。マサユキ。

私を焼いたら、骨の一欠を取って、あの梅の木の下に埋めて。

お願い。お願いよ。マサユキ。

御姉様に似ている貴方への、最初で最後のお願いです。

・・・もし私の言う事を聞いてくれたなら、貴方も特別に仲間に入れてあげます。

御姉様も、貴方に会いたがっているの。

三人で、あの楽園で、ずっと・・・

敬具 鹿波カヨ

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***

手紙を読み終えると、ふわり、と冷たい風が部屋に入って来た。

外は雨が降っている。

庭に見える梅の木に、何か白い物が見えた。

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梅の実が、甘酸っぱく香った。

Concrete
コメント怖い
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紫さんへ
コメントありがとうございます。

そ、其処まで言われると照れますね。

イメージと言うか、個人的に、御姉様は太宰治さんの《斜陽》に出て来る御母様の様な人、と考えています。

確かに、昔からの言葉遣いって、趣が有りますよね。
色の表現とかも凄い沢山種類があって、図鑑等を見比べていると、とても楽しいです。

ありがとうございます。
余り誉められた時の対応を知っていないのでこんな反応ばかりになってしまいますが、とても嬉しいです。

話はまだまだ続きます。
此方こそ、宜しくお願い致します。

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文才のあるお方はお返事ですら素敵です。
お人柄が出ているのでしょうね。

私も昔の言葉使いって、好きです(*^-^*)
とても情緒があって趣があって気品がありますよね。昔の日本人ってなんて表現豊かなのだろうと思います。

お話を考えたわけではとありましたが、紺野さんのアレンジがとても良かったと思います。
梅の木に宿る美しい女性。やはり、女性の設定にしたからこそより恐怖が増したのだと思います。

紺野さんの作品を拝見することが今の私の楽しみですので、どうぞこれからも続けてくださいね♪

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紫さんへ
コメントありがとうございます。

話自体は僕が考えた訳では無いのですが、そう言って頂けると嬉しいです。

一昔前の言葉遣いって、何か良いですよね。
個人的な趣味ですが(笑)

此れからも、オリジナルは細々と続けて行きたいと考えています。
お付き合い頂ければ幸いです。

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こんばんは(*^-^*)紫です♪

今回のお話も凄く好きです。
美しさもありながら、というより美しいからこそなのか、得体の知れない恐怖がより引き立てられていてとても怖かったですし面白かったです☆

御姉様の「お嫌?」というセリフが好きです。

情景が目に浮かぶ描写で、すぅっと引き込まれる作品でした。

次の作品も楽しみにしております(*´ω`*)♡

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Uniまにゃ~さんへ
コメントありがとうございます。

思い出した切っ掛けも梅の実でした(笑)

お酒が駄目ならば、梅ジュースは如何でしょう?
甘酸っぱくて美味しいですよ。

そう言えば、前にも《お酒を止めた》と仰っていましたね。
僕何かに応援されても御迷惑かも知れませんが、頑張って下さい。

南高梅、美味しいですよね。高いので余り買えませんが・・・。

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梅の季節に思い出してしまう様な 切なくて、甘酸っぱい話ですね

余談ですが、私は青梅が出始めると、梅酒を漬けたくなります…
4年前にお酒は一切やめたんですがね…そう アルコール依存症でした はっはっはっはっはっ=^_^=

因みに、南高梅が好きでした

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☆チィズケェキ☆さんへ
コメントありがとうございます。

《桜は日の本で花を愛でる物。梅は闇の中で香りを愛でる物》なのだそうです。
・・・まぁ、梅も花は綺麗ですけどね。
美人を養分にして咲き誇る花・・・。
何の木だとしても気持ち悪いです・・・(笑)
そうですね。服装とか、あんな感じをイメージしていました。

此れからも面白い話を聞いたら投稿していこうと思っています。お付き合い頂けると嬉しいです。

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ガラさんへ
コメントありがとうございます。

この話を教えてくれたのは、友人で、僕は只、《男同士より女同士の方が怖いかな》と話をつつき回しただけですが・・・とても嬉しいです。
男女は逆転しているので、一応《オリジナル》と言うタグを付けました。

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ゴルゴム13さんへ
コメントありがとうございます。

そう言って頂けると、嬉しいです。
昔風の話し言葉は、とても難しかったです。
やはり素人が容易に手を出していい物ではありませんね。
《此処は変だ》と言う点がありましたら、どうぞ御指摘下さい。

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朧月さんへ
コメントありがとうございます。

ありがとうございます。
《得体の知れない怖さ》って、ありますよね。
僕の場会は、其処まで考え込まれた話は作れませんが・・・。
其れでも、此れからも細々と書いていこうと思っています。
宜しければ、お付き合い下さい。

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色んな解釈ができる上質な作品ですね、俺もこんな作品を書ける才能が欲しいです。

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