ある日、特にすることもなかった私は古本屋に入った。そこでたまたま見かけた『怖い話』という本を買った。どこにでもあるような短編集で表紙は真っ白だった。
5日後特にすることのなかった私はそういえば、と思い出して古本屋で買った本を読み始めた。どれも当たり障りの無いどこかで聞いたような話ばかりなのに、なぜか少しだけ気温が下がったように感じた。
また何日か経ち、友人が遊びに来た。春という名前の変わった人だ。
「あかり、今日なんか変」
と言ってそそくさと帰ってしまった。いきなり遊びに来てなんなんだろう。
8月の蒸し暑い気温の中いつもは付けない冷房を付け、18℃に設定し毎日のようにあの古本屋の本を読 み返す。今まで生きてきた中で感じたことのない充実感だ。
学校が夏休みだったのが幸いしてご飯も食べずに読みふける。ご飯を食べてる時間なんてもったいない、とそう思えるくらいに楽しい。
また、春が遊びに来た。
「あかり、やつれたね…
最近何か古いものを買った?」
「べつに…」
春は何かを探るように何個か質問をした。
「春、今日はもう帰って」
私にそんな話してる時間なんてないの。一刻も早くあの本を読みたいの。
「治してやるよ、俺が治すから」
春は変なことを言い残して帰った。
やっと帰ったか。あの本を読まなきゃ。
何日か経っていつもは見ない一番後ろの作品紹介ページに気づいた。そこには 『怖い話2』と書いてあった。そうか、これは二巻なんだ。ならば一巻を読まなきゃ。
次の日、また古本屋に行った。一巻を探しに。
たしかこの辺であの本を見つけたはず。
……………ない。
ない、ない。なんでないの?
店員さんに聞いてみた。○○出版の…と説明したがそんな出版社はないと言われた。きっとここの店員さんは狂っている。無いはずが無いじゃないか。
それから街中の本屋さんを探したが出版社自体が存在しないと言われて、また一番初めの店に戻った。こうなったら端から端まで探してやる。
あああ、ない。そんなはずはない。でもない。ない。ない。読みたい。ああああ、もう!
ない、ない、ない、
「見つけた」
探してた右手を春に掴まれた。突然の事に驚き、あっけにとられてるうちにそのまま引っ張って行かれて気づいたら店の外だった。
「離して、用事があるの」
「存在しない本を探す用事?
そんな本よりちゃんと目の前を見て」
なんなんだこの男は。ちゃんと本は存在する。言い返したい言葉は色々あったがどれも口から出てこなかった。
気づいたら私の家の前にいた。春はずかずかと人の家に上がっていく。
私も仕方ないから、小さくただいまと言って家に帰った。
「本、なんの本かは知らないけど持ってきて」
私は春がどの本のことを言ってるのかすぐに判った。ソファに置いたままのあの本を手渡す。
「ちゃんと返してよ?」
本気 で言った。
「返さない。
あかり、しっかり見てて」
春はどこからかライターを取り出し本に火をつけようとした。
「やめて!」
叫んだ瞬間には火はもうついてて本が一気に燃え上がったと思ったらボロボロと崩れ落ちて黒い塊になって動いている。
ん?動いてる?
よく見ると、本だったものは炭じゃなくムカデになっていた。
「うわぁ…」
思わず悲鳴をあげてしまった。
その悲鳴に驚いたムカデたちはそそくさと四方八方に逃げていった。
最後の一匹がいなくなった時体がすごく軽くなるような気がした。
あれっ、何であの本が面白いと思ったんだろう。
春は「変なのに好かれるのもいい加減にしろよ」と言っ てため息をついた。
「ああいのが、たまにあるんだよ。
ムカデも長く生きると知恵がつくから、なんとか人間に気に入られたいんだ。
でも、加減がわからないんだよ。
だから怒っちゃだめだよ、いいやつだから」
よくわからなかった。でも、存在だけで嫌われるのは誰だって嫌なんだろう。
「うん、治してくれてありがと」
私の知らないところで、これで何回春に助けられたんだろう。
その全てにもい一度「ありがとう」と言った。
作者KimisigurE
私はまだ助けが来ないまま、文章に依存しています。
いっそ全部ムカデなら良いのに、と思って書いた話です。
不快害虫、という言葉がありますが案外良い子なのです。