《花氷》なる物を知っているだろうか。
其の名の通り、花を封じ込めて凍らせた氷柱。
今朝、私が何気無くテレビを付けると、ニュースで花氷の特集をしていた。
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其の氷柱の中には、薔薇や向日葵の造花が入っていた。造花なので、葉も花も気持ちが悪い程に其の形を保っている。
氷はガラスの様に透明で、此れもやはり、何処か作り物染みていて気持ちが悪い。
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自分が知っている花氷は、こんな態とらしい物では無かった。
氷は細かな空気の泡に覆われ、所々に皹が入っていた。
花は主に小さな野の花が入っていて、中央に大きな白い花が一輪、咲いていた。
記憶と言っても、所々が抜けていて、其処まで詳しくは覚えていないのだが。
ただ、美しい大きな白い花が中央に咲いていた、其の事だけは何より確かに覚えている。
其処で私は思った。
・・・・・・はて。あれは何処で見た物だったろうか。と。
答えは直ぐに出て来た。
《冷たい部屋》だ。
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昔の話をしよう。
自分の両親が《神様》だった頃の話を。
・・・いや、正確には《私の母を孕ませた男が神だった頃》か。
母は《神様の妻の聖女》であり、彼の妻だからこそ崇拝されたのだろう。
逆に言ってしまえば、彼女自身は何等清く等無く、只の一人の《人間》であった。
・・・・・・そう。《私の母を孕ませた男》は神だった。
そして私は、《神の子》だった。
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彼は私が産まれる前から《神様》だった。
山奥に大きな白い神殿を建て、沢山の人々と共に暮らしていた。
人々は皆、彼を・・・《神様》を崇拝していた。
ある日、彼は《尊い絶対の真理による導き》により、ある娘と身を重ね、種を植え付け、子を生した。
そして、其の孕ませた娘を《聖女》とし、産まれた子を《神の子》とした。
其れが、私。
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物心付いた時から、私は《神の子》として崇められて来た。
然しながら、私は人々から崇められるのを嫌った。
子供心ながらに、自分が何か偉い事をした訳でも無いのに、誉められ、崇められ、甘やかされるのを「何だか変だ」と思っていたのだ。
自分が特別な何かだと、幾ら周りから言われても、少しもそう思えなかった。
毎朝の御祓は辛いし、毎夜の儀式は痛いし、学校にも満足に行かせて貰えないし、登校して、クラスの子が話し掛けてくれても、信者の人が其の子を苛めるからクラスでも孤立するしで、《神の子》の称号は、私を縛り付け、苦しめるだけだった。
私は《神の子》何かに成りたくなかった。
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私の周りには、何時も数人の所謂《御付きの者》が居た。
《清らなる乙女》と呼ばれる、白い服で長い黒髪の女性達の時もあれば、《聖なる戦士》 と呼ばれる、黒い服の屈強な男性達の事もあった。
彼等/彼女等は、学校に行く時でさえ、授業中以外は何時でも私の周りに付き纏った。
トロリとした酔った様な目をしていて、何時も私自身では無く《神の子》の幻影を見ては、其れを崇拝していた。
私は彼等/彼女等が大嫌いだった。
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一年に一度、ある《祭典》があった。
《神様》を讃え、自らを清める為の祭りと言う事だった。
神殿の中央より少し手前にあるホールで火を焚き、《神様》と私は輿に乗せられ、人々は《神様》を讃える歌を歌い、最後に《許しの果実》と呼ばれる、謎の生肉を食べるのだ。
生肉はどす黒い赤で酸味が強く、また鉄臭かった。
私は、基本的に食事は野菜中心で、たんぱく質は鶏か魚から摂取していたので、あの強烈な生臭さと鉄の臭いはどうしても好きに成れなかった。
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ある年、私は《祭典》から逃げ出した。
理由は・・・・・・よく分からない。
きっと、色々な事が限界だったのだろう。
出来る限りの力を出し、御付きの者達を振り切って走った。
相手は複数と言えども、《清らなる乙女》達だったし、何より彼女達は私を傷付ける事が出来なかったので逃げ出すのは案外容易だった。
走って、走って、走って・・・・・・。
其れでも神殿から抜け出そうとはしなかったのは・・・・・・。
何故だろう。今でも分からない。
独りで生きるのが怖かったのか、はたまた単に頭が回らなかっただけか。
・・・何方にしても、私は神殿の奥の方へ奥の方へと走ったのだった。
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大きな鉄の扉。
神殿の一番奥。
《神様》の部屋の更に奥。
其れが、《冷たい部屋》だった。
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私が重たい扉を開くと、身体を包み込む様に物凄い冷気が流れ出た。
連立する透明な氷柱。
其の奥に《其れ》は立っていた。
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・・・そう。其れが私の見た《花氷》。
あれを見た時は、寒さとは違う震えが背中を走った物だった。
立ち上る泡。
小さな花達。
そして、中央の白く大きな花。
神々しい程の其の花に、思わず目を見張った。
「此れは・・・・・・。」
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「其れは《ハナゴオリ》。」
「・・・え?」
背後からの声に振り向くと、其処には一人の女の子が居た。
歳は・・・大体中学生位だろうか。
白い服に、長い黒髪。
《清らなる乙女》と全く同じ格好だった。
「草花の花に、かき氷の氷で、《花氷》。」
私に対して敬語を使って来ない。・・・と、言う事は・・・。
「・・・君は、《外》の人?」
彼女はそっと肩を竦めた。
「此の神殿の中に、貴方を崇めない者が居るって言うのが、そんなに信じられない?」
「其れは・・・違うけど。」
私がそう言うと、彼女はグッと眉根に皺を寄せた。
「本当に?だったら、此の《清らなる乙女》と全く同じ格好の私を見て《外の人》と思った理由は?」
「・・・・・・ごめん。でも、此の神殿には基本的に《神様》を信じてる人しか住んでいないから。」
「だから、《神の子》である自分に対して敬意を表しなかった私は、《外の人》なのね。」
「・・・・・・うん。そう思った。」
ふぅん、と彼女が鼻を鳴らす。
目には軽蔑の色が浮かんでいた。
「そうやって、貴方は何もかも思い込んで、誤魔化すのね。今までも。此れからも。」
「え?」
彼女はじっと此方を見詰めていた。
「逃げられはしないの。絶対に。」
「逃げる・・・って?《祭典》から?」
「違う。貴方には此の中の事しか無いの?」
「じゃあ・・・・・・。」
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バタン
と扉が開いた。
「○○様!!」
《清らなる乙女》達が雪崩れ込む様に《冷たい部屋》に入って来た。
・・・あ、次いでに記すならば《○○》と言うのは私の名前では無い。
私の本当の名前を呼ぶ事は、実の母でさえ許されていなかった。
呼べるのは《神様》だけ。
なので、《○○》と言うのは所謂ニックネームと考えて欲しい。
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「○○様!嘸かし寒かったでしょうに!!」
彼女達の中で、唯一私と話をする事を許可されている《清らなる乙女》が叫んだ。
「此の様な所に迷い込み、何れだけ心細かった事でしょう!!私達が至らなかったばかりに、御可哀想に!!」
・・・・・・嗚呼、辟易する。
彼女達は心から、こんな馬鹿げた事を思い、口にしているのだ。
目頭を押さえながら、私に駆け寄って来た。
其れに続いて、他の《清らなる乙女》達も此方へ向かう。
・・・皆、女の子には気付いていない様だ。
「さぁさぁ、《祭典》に戻りましょう。幸い、未だ《許しの果実》を食べる儀式は始まっていません。」
彼女達は私を取り囲み、無理矢理移動させる。
私が、花氷の隣で微笑んでいる女の子を見ると、彼女はこう言った。
「《許しの果実》は、ちゃんと食べてね。来年もちゃんと食べて。絶対に。」
「其れってどう言う・・・」
彼女の目がふっと優しくなる。
「何時か、必ず自由にしてあげるから。私が。」
彼女を中に残したまま、扉が閉まった。
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其の日から、幾度となくあの《冷たい部屋》に行ったが、花氷は有っても、あの白い服を来た女の子は居なかった。
仕方無いので私は、目の前の花氷に、彼女に話したかった事をブツブツと呟いていた。
しかし、その花氷も女の子に会った翌年の《祭典》の日から消えてしまった。
彼女との約束通り、きちんと《許しの果実》を食べた。
其れでも、彼女は一向に出て来てくれなかった。
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ある夜、誰かに起こされて目を覚ました。
目を開けると、あの女の子が目の前に居た。
「逃げるの。」
そう言って、僕の部屋の窓を開け放す。
「逃げて。生き延びて。早く。」
寝間着のままで窓の所まで連れて行かれる。
「貴方は殺されてしまう。逃げて。全員死ぬの。」
「え?」
「いいから逃げて。早く逃げて。」
無理矢理窓から押し出される。
「警察に行って。後は自分でどうにかして。」
「何で・・・。」
「秘密。早く逃げて。逃げて逃げて。」
「君は・・・・・・?」
「私は貴方の中に居るの。ほら、急いで。一晩警察に行って、明日帰って来ればいいわ。ほら。靴もあるから。」
私が窓から出ると、窓にガチャリと鍵を掛けられた。彼女が微笑みながら何かを言った。
私は渋々と神殿を後にした。
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そして、後で知った事だが、其の晩、《神様》とその信者達は、全員が自ら命を絶った。
どうやら警察に追われていたらしい。
いやいや、ヤクザに目を付けられたのだ。
と、其の理由は未だ分かっていない。
そして、私は其れから比喩でなく日本中を放浪し、現在に至る。
あの教団は未だに存在しているらしい。
名ばかりが同じの、全く別の組織とも言えるが。
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花氷。中に咲く大きな白い花。
・・・私は、あれが只の花では無かった事を知っている。
記憶を塗り替えている。誤魔化して、思い込みをしている。自分自身で。
あの女の子が言った通りに。
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あの《冷たい部屋》に有った《花氷》。
白く大きく広がった、あの花弁。
《祭典》の日に消えてしまった。
・・・いや、違う。刷り変わっていたのだ。
《祭典》の数日後に。別の白い花が入った《花氷》に。
あの白い花は・・・・・・彼女は、刷り変えられてしまった。
きっと彼女達こそが、《許しの果実》なのだろう。
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其処まで考えて、私はベッドに転がった。
どうせ今日は休みなのだ。一日中眠るのも悪く無い。
ゴロリと寝返りを打ち、仰向けになる。
妊婦宜しく腹に手を当てる。
そして、そっと私自身が犯した罪について思う。
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《許しの果実》を、あのどす黒い生肉を食べた事。
己の記憶を偽った事。
其れこそが、私の犯した罪。
人間の細胞は数日で全てが入れ替わってしまうと言うが、記憶は消して消えないし、逃れられない。
・・・・・・・・・其れでも。
腹に当てた手で、胃の辺りを撫でる。
彼女は私の中に居る。
そう思うと、あの日と同じ感覚が背中を走るのだ。
恐ろしさと恍惚が複雑に入り交じった震えがーーーーーーー
記憶は消えないし、私は決して逃げられない。
私の中に彼女は居る。
教団の人々は皆死んでしまった。
《清らなる乙女》達も《聖なる戦士》達も。
《神様》でさえも。
今や、彼女を身に宿しているのは地球上で私だけだ。
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彼女は私だけの物。
震えが一段と大きくなる。
視界の端に、あの白い花が見えた気がした。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
心中物を書こうとしたのに、どうしてこうなったんでしょう・・・・・・?
また気持ち悪い話になりました。
夏ですね!学校でも水泳の授業が始まりましたよ!早く終わればいいのに!!