「わ、私、課長のことが、好きなんです。」
俺はその声にドキっとした。おっと、これは聞き捨てなりませんぞ。
俺は給湯室の前で耳をそばだてた。
ちくしょう、また課長か。若くして課長になった俺より年下の上司。
まあ、俺などは中途採用だし、仕事も課長ほどキレはしない。
見た目もあまり良くないからモテない。
しかし、世の中は不公平だ。課長など既婚者だって皆知ってる。
それなのに告白するとか、どれだけ自信があるんだよ、この女。
いったい誰だ。俺は気付かれないようにチラリと女の顔を覗いた。
うちの課一の美人じゃないか。
俺は余計に腸が煮えくりかえった。
顔が良いというだけで女の方から寄ってくるのだ。
俺など押して押して押し捲ってようやく女の子と付き合えるまでこぎつける。
必死の努力をしてやっと一度デートできるのが関の山なのに。
だから俺はひたすら、女の子に話題を提供したり、サービスしたりしなければならないのだ。
さあ、課長、どうするんだよ。
事としだいによっちゃ俺は悪魔になって触れて回ってやる。
「君の気持ちは嬉しいが、僕には妻も子供もいる。ごめんね。僕の事は諦めて。君にふさわしい人はたくさん居るよ。」
くそ!食っちまえよ!面白みのないやつめ。かっこつけやがって。
まあ実際かっこいいのだから、俺が逆立ちしたって叶わないか。
俺は自虐的に笑った。
どうやったって俺は女の子と付き合うには血の滲む努力が必要なのだ。
俺は黙って、給湯室を後にした。
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「面白い話しよっか?」
俺は会社の休憩時間、女の子と話したくてそう持ちかけた。
「なになに?」
女の子たちは興味津々だ。そうだ、俺は努力しなければ。
「これは、俺の友達から聞いた話なんだけどさ。
ある男が会社に残って一人深夜に残業をしていた時の話なんだけど。」
「ええー、それって怖い話ぃ?ヤダー。」
「あ、私は平気だよ。それでそれで?」
怪談が苦手な子は露骨に嫌がったけど、興味のある子もいるようなので続けた。
「残業だから、まあ腹ごしらえにコンビニで食料を仕入れてたんで、
それを食べながら残業していたら、猛烈にそいつ、腹が痛くなっちゃってさ。
どうにも、トイレに行きたくなったんだ。
何かがあたってお腹を壊したんだな。」
「やだ、汚いー。」
「まあ、聞けよ。それでさ、やむを得ずトイレに駆け込んだんだ。
そしたら、個室に先客が居てさ。でも、その男は気付いたんだ。
今は俺しか、このビルに居ないはず。警備員は一階の警備員のトイレを使うはずだし。あいにく、トイレの個室は一個しかなくて。
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でもまあ、警備員がパトロール中に催したのかもしれないな、と思いずっと待ってたんだ。
ところがいつまで経っても出てこないので、ノックしたんだ。
トントン。普通は入ってます、とかなんとか言ってもいいだろ?
無言なんだ。だから男はたまらず、入ってますか?と訊ねた。それでも無言なんだ。
不審者?そう思い、怖かったけど男は、思い切ってドアを力任せに押してみたんだ。
そしたら、鍵はかかっておらず、すっとドアが開いた。誰も居なかった。
いやいや、でも確かにドアの下から男の靴が見えたんだ。
おかしいとは思いながらもどうにも我慢できなかったから、鍵をかけて便器に座った。
用を足しているうちに、男は異変に気付いた。ドアの下の隙間から、先程の男の靴が
覗いてるんだ。」
「やだー怖いー!」
女の子達は思わず想像して金切り声を上げた。いいぞ、その調子。
「男は怖くなった。これでは外に出れないじゃないか。
だから、入ってます、と言ったんだ。
それでも、外の男は去らない。さて困った。
男は怖かったけど、ずっとここに居るのはもっと怖い。
男は勇気を振り絞って言ったんだ。もう出ますよ。
それでも外の男は去らない。男の恐怖は頂点に達した。
いい加減にしろ、今出るって言ってんだ、そこどけよ!そう言いながら、
思いっきりドアを開けたらそこには誰もいなかったんだ。」
「もー怖いよー。」
一人の女の子は泣きそうだ。
「誰も居なかったのは怖かったけど、男はほっとした。よかった、居なくて。
そして振り向いて個室を見たら・・・・。」
女の子達はびくびくしている。
「男の下半身だけが座ってた。上半身の無い男が。」
「キャーいやだもう。トイレに行けなくなるぅ。」
「あはは、まあこんなのはただの都市伝説だろ。」
「でも思い出しちゃうよー。ねー。」
女の子は怖がりながらも、こういう話が好きなんだよ、たぶんね。
これは都市伝説でもなんでもない。俺が今ここで作った話なんだから。
しかし、俺はその日、本当に一人で深夜残業になった。
あーあ、今日は遅くなるなぁ。終電までに帰れればいいんだけど。
タクシーとか使うとうるさいしなぁ。
しかも、俺が昼間話したシチュエーション通りに俺は見事に腹をくだした。
マジかよ。自分の創作話通りになったじゃねえかよ。
俺は一人苦笑いした。
トイレに駆け込んで俺は、はっと息を飲んだ。
個室に先客がいる。
俺一人しか残業でこのビルには居ないはずなのに。
ま、まさかな。あんな創作話が本当にあるわけがねえ。
きっと、警備員さんが、やむを得ずここに駆け込んだに違いない。
あいにくここにも、個室が一個しかない。
俺はごくりと唾を飲み、カラカラになって張り付いたのどを潤す。
トントン、二回ノックした。
返事が無い。いやいや、そんなはずがない。
どうしよう、お腹が痛くてどうにも我慢ができない。
俺はノックしながら「入ってますか?」と訊ねた。
「入ってます。」
はっきりと声が聞こえ、俺はほっとした。
人間だ。
あれ?待てよ?
今、どこから声がしたっけ?
俺は声のした方向を見た。
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男と目が合った。
あうはずの無い目が合ったのだ。
ドアの下から覗く靴。
そのはるか上のほうから、どう見ても人間のバランスから考えて
在り得ない位置に顔があったのだ。
ドアの上から上半身が出ていた。
天井についた頭を少し前に出し男は穿たれた穴のよううな目で俺を見て言った
「・・・入ってます。」
俺は脱糞した。
作者よもつひらさか