music:5
ある日、僕はとある先輩を「今度みんなで肝試しに行こうって話があるんですけど一緒にどうですか?」と誘いました。
その先輩は頼れる兄貴的な存在であり、ガタイも良く、僕らの仲間内からはとても頼りにされている人物でした。
(なにしろ日本人のほとんどが大嫌いなあの害虫もサッとやっつけて、スマートに後片付けもしてくれるジェントルマンなのです)
そんな人なので気軽に「よし。行こう」と了解してくれると思っていたのですが、今回は首を横に振りました。
「なんでですか? みんな、先輩が来てくれるって思ってたのに」
僕がそう食い下がると、先輩は申し訳なさそうな顔をして言ったのです。
「夜、歩き回るのは苦手だ」
nextpage
夜に出歩くのが苦手なんて普通だと思いますが、先輩はもともと暗い場所も全然怖くなく、心霊スポットなどでも、ひとりでもガンガン突き進んで行くタイプだったそうです。
でも、今は苦手というよりも怖い。自宅のトイレですら夜は怖くて我慢することもあると言うのです。
そう言われてみれば、先輩は飲み会でも居酒屋にいる時は非常に饒舌ですが、外に出るとそんなに騒いでいる印象はありませんでした。
なぜ怖くなったのか。僕は興味本位でしつこく尋ねました。
すると先輩は「絶対みんなには言うなよ」と念を押してから渋々そのきっかけを話してくれました。
これから語るのは、その先輩から聞いたお話です。
nextpage
***
その日、ひとり暮らしの先輩(Aくん)は夜中までオンラインゲームを楽しんでおりました。
ヘビースモーカーでもあるAくんは、白熱してクエストをこなすうちに、ストックしてあった煙草をすべて吸い尽くしたことに気がつきました。
このまま我慢してゲームを続けようか、とも思ったのですが……
Aくんのリアフレ(リアル友達)でもありゲームの相方でもあるBくんが
「ちょっと飲み物切れたからコンビニ行ってくるよ」
とチャットしてきたので、Aくんも
「そんじゃ俺も煙草買ってくる」と、お互いに一端離席することにしました。
nextpage
***
sound:2
当時、まだ屋外の自販機は24時間販売をしていたので、誰に会うわけでもないAくんはジャージにサンダルというラフすぎる格好で外へ出ました。
Aくんの住むアパートの近所には古びた酒屋があり、そこには煙草の自販機があったのですが、そこに行くまでの道のりが問題でした。
酒屋に行くには、小さな墓地を通る近道と、ぐるりと遠回りしないといけない比較的明るい道の二通りありました。
いつもは夜でも間違いなく近道していくAくんでしたが、その日は墓地の前を通るがなんとなく嫌だったので遠回りして酒屋を目指すことにしました。
nextpage
酒屋に無事辿り付いたAくんは目的の銘柄を買い、さっそく一本煙草に火をつけました。
sound:28
紫煙が肺を満たし、Aくんの心をリラックスさせます。
少々ご機嫌になったAくんは鼻歌まじりに帰路へつきました。
nextpage
ですがリラックスしていたAくんは、ついいつものくせで墓地のある近道の方へと足を進ませていました。
「やべぇ。こっちじゃなかった」とも思いましたが、今更引き返して別の道を通るのも面倒臭い。
Aくんはそのまま近道を通って帰ることにしました。
nextpage
sound:2
街灯が一本しかない暗い道の左側に、小さな墓地が見えてきました。
別段いつもと変わらない様子にAくんはホッとしましたが、歩みを進めるうちに異様なものがあることに気がつきました。
墓地と道路の間に立つ鉄できたフェンス……高さは腰くらいなのですが、そこから人影が……腰を曲げた体制で身を乗り出しているのです。
music:3
まるで墓地からこちらを伺っているような人影は、なんとなく髪の長い女性のようにも見えました。
その時Aくんは「変人がいる!」と思ったそうです。
こんな時間に墓地をウロチョロしているなんて普通の神経の人がするはずがない、と。
nextpage
Aくんは煙草を咥えたまま、なるべくその人を刺激しないように普段のペースで歩きました。
墓地から身を乗り出す人影には気がついてないようなフリをして、視線はまっすぐ固定しています。
Aくんが墓地を通り過ぎ、心の中で安堵のため息をついた、その時。
nextpage
shake
sound:27
背後で 「 トン 」 と音がしました。
nextpage
music:6
その音は、人が少し高い所から飛び降りて着地する時の音のように聞こえました。
Aくんは、
「さっきの女がフェンスを飛び降りたんだ!」
そう思い、脱兎の如く走り出しました。
nextpage
咥え煙草はすでにどこかへ落としてしまい、サンダルはAくんの足から脱げそうになります。
後ろから、髪を振り乱した変質者が腰を曲げた体制のまま追いかけて来ているような妄想にもかられましたが、Aくんは絶対に後ろは振り返りませんでした。
普段ならこんな風に逃げることはないのですが、この時はなぜか立ち向かうことができませんでした。
足がもつれてしまいそうな所もなんとか踏ん張り、Aくんは無我夢中で走り続け、どうにかアパートの自室へ戻ってきました。
nextpage
***
music:2
Aくんは冷や汗だか何だか解らない汗を次々と流れ落とし、激しい息切れをしながらも自室に置きっぱなしにしておいた携帯電話でBくんへ電話をかけました。
その時のAくんは、情けない事ですが……本当に怖くてひとりでは居られなかったそうです。
Bくんが電話に出るやいなや、Aくんは今しがた起こった出来事を捲くし立てるように伝えました。
するとBくんは、呆れたように乾いた笑いをしてきます。
nextpage
B 「おいおい、別に追っかけられたわけじゃないんだろ? なんでそんなに怖いんだよ?」
A 「でも、マジで怖かったんだって!」
nextpage
しかし、Aくんがいくら必死に訴えてもBくんは妙にせせら笑ったような態度でいます。
さすがにAくんもカチンときて、
「なんなんだよ! その態度!」
と、つい喧嘩腰になってしまいました。
でもBくんはムッとした口調でいいました。
nextpage
music:3
B「つーか、なんで俺に電話してくんの?
今、お前の後ろでゲラゲラ笑ってる女に慰めてもらえばいいじゃん」
nextpage
驚いたAくんは反射的に後ろを振り向きました。
するとそこには、真っ黒なシルエットに大きな赤い口だけがある何者かが、何の音もなく、でも大きく体を揺らしながらAくんの背後に立っているのです。
そして、Aくんに向かってぐんっと一気に距離を詰めてきました。
視界が黒いモヤのようなものに覆われた途端に、けたたましい女の笑声がAくんの鼓膜を激しく揺らしました。
Aくんは今まであげたこともないような高い悲鳴をあげ、ついに意識を失ってしまったのです。
nextpage
music:4
***
sound:16
Aくんは、何度も押される玄関チャイムの音で目を覚ましました。
sound:16
飛び起きて部屋を見回しましたが、あの黒い者が居るわけでもなく、いつもの自室と変化はありません。
sound:16
もう一度チャイムが鳴った後、ドアをドンドンと叩く音がしました。
sound:14
B「おい! 大丈夫か!」
ドアを開けると、そこにはBくんが立っていました。
真っ青な顔をしていたBくんはAくんの無事な姿を見ると、ほーっと大きく息を吐きました。
Bくんは、Aくんが突然悲鳴をあげて携帯を切ったので何度も電話をかけ直したそうですが、出てくれないので心配してバイクを飛ばして様子を見に来てくれたのです。
(Aくんが泥棒にでも襲われたのかと思ったとそうです)
nextpage
***
その後、AくんはBくんに起こったことすべてを話し「帰らないでくれ!」と泣きついて、夜明けまでずっと一緒にいてもらったそうです。
Aくん、つまりは僕の先輩は言うのです。
「あの時、追いかけて来たのが人間だったらきっと太刀打ちできただろうけど、本能的にそうじゃないって感じたんだろうな」
その件以降、先輩は夜歩くのが怖いのです。
夜が怖いというよりも、黒いモヤが夜の暗闇に紛れて忍び寄り、また自分の体を包み込むんじゃないかと恐怖しているそうです。
そして、もし闇夜からまたあの笑い声が聞こえてしまったら、今度は正気でいられる自信がないとも言っていました。
作者26リアン
初投稿です。
以前ブログであげていた話を書き足しました。
サウンドノベルは作っていて楽しかったです。
よろしくお願いします。