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僕は今、戦場にいる。
戦場の最前線。
銃撃飛び交う戦火のさなか。
僕は塹壕で身を潜めていた。
僕らの国では、遥か昔から隣国との小競り合いが続いていた。
だが、近年、その小競り合いが激化。
国連や近隣諸国を巻き込む大戦に悪化して行った。
戦場の最前線では、重武装した歩兵や、重銃器を備えた最新兵器が、敵国の兵士や設備を破壊している。
現在、自国は劣勢である。
だが、一介の兵士である僕は、ただ『行け』と命令されれば敵国の兵士を撃ち殺すだけだ。
兵士は、人ではない。
戦場においての僕は、ただの、記号、である。
現在、我が国では、戦場のバランスを一新する新兵器が開発中であるという噂がある。
その兵器が実戦に配備されれば、もしかしたら僕は、終戦日を死なずに迎えられるかもしれない。
「伏せて!」
僕の妄想を断ち切るかのように、僕の隣で凛とした声が響く。
それと同時に、僕の頭上を敵国の機銃が爆音とともに通り過ぎる。
危なかった。
「ケンジ、気をつけてよ!」
「ああ。すなない、リコ。」
僕は、塹壕に身を伏せながら、隣で突撃銃を構える女性に礼を伝える。
彼女の名前は、リコ。
この国には、全国民対象の徴兵令制度のある。
リコは、僕と共に戦争に徴兵された兵士だった。
同時に、僕の恋人でもある。
「さあ、行くよ、ケンジ。着いて来て!」
銃撃が止むと、彼女は塹壕から飛び出し、前方の半壊した民家まで移動を始める。
少しでも敵陣に近づくために。
リコは、女性だが階級は僕より上であり、そして勇敢な兵士だった。
強い愛国心を抱き、常に周りの兵士を鼓舞し続ける。
リコと僕は、半壊した民家に辿り着き、身を隠す。
民家の二階は度重なる銃撃で消し飛んでいるが、一階は形を保っている。
ここならしばらくは敵の攻撃に耐えられそうだ。
だが、この前線もいつまで保てるか解らない。
撤退の合図は今だ鳴らない。
ここで死ね、ということだろうか。
銃を構える僕の体が震える。
心無しか、僕の傍で突撃銃を抱えながら身を竦めている彼女の表情も暗い。
だが、リコは僕の緊張に気付いてか、僕に声をかける。
「大丈夫よ。きっと援軍もじきに来る。諦めちゃいけない。」
「うん。」
彼女は、どこまでも勇敢だ。
僕の緊張が僅かに薄れる。
民家の厚い壁に向かって放たれた銃撃の衝撃が壁越しに響く。
キッと口を結び何かの覚悟をしているかのような表情のリコに、僕は話しかける。
「こんな時なんだけど…。」
「え? どうしたの? ケンジ。」
「この戦争が終わったら、結婚しよう。」
「こんな時に何言ってるよ。」
「約束だよ。」
「…うん。そうだね。約束。」
そう言ってリコは銃を構え直し、膝を立てる。
その姿勢を見て、僕は悟る。
この銃撃の中、彼女は突撃するつもりなのだと。
僕は死にたくない。だからここで約束した。
だけど、彼女は違う。彼女にとっての約束は、生き残るためではなく、勇気を抱いて死ぬための、免罪符なのだ。
「今飛び出しても、無駄死にだよ。」
僕は彼女に伝える。
「…ケンジは、死ぬのは怖い?」
「…ああ。怖い。死にたくない。」
彼女は目を一瞬細める。
軽蔑されたのだろうか?
その直後、リコは優しく微笑んだ。
「ケンジは死なない。」
「え?」
「あなたはここにいて。あなたの命は、私が守るから。」
そう言って、彼女は身を守る民家から飛び出すと、敵陣に向かって駆け出した。
だが、僕が身を乗り出してリコの姿を捉えると同時に。
一発の銃弾が、リコの頭を吹き飛ばした。
狙撃されたのだ。
「うわーーーーーーーー!」
混乱した僕は、民家から飛び出す。
その瞬間。
僕の胸を、銃弾が貫いた。
心臓が吹き飛ばされる感覚が、僕を包む…。
僕は、死んだ。
……………………………
……………………………
……………………………
僕は今、戦場にいる。
戦場の最前線。
銃撃飛び交う戦火のさなか。
僕は塹壕で身を潜めていた。
あれ?
この光景、以前にも見た気がする。
なんでだろう?
「伏せて!」
リコの声が響き、僕は反射的に身を屈める。
屈みながら、僕はリコの姿を見る。
リコは生きている。
僕の目に涙が滲む。
あれ?
なんで僕は泣いているんだ?
「どうしたの? ケンジ。」
リコの声に、僕は慌てて涙を拭う。
「な、なんでもないよ。で、どうする? 正面にある民家まで移動する?」
リコが驚く。
「よく解ったわね。じゃあ、行くよ!」
「ああ。」
僕とリコは駆け出す。
民家に辿り着き、僕らは身を竦める。
…なにか変だ。
以前にも、同じことをしていたような気がする…。
「ねえ。ケンジ。」
「なんだい、リコ?」
「このまま時間が進んでも、私達が劣勢であることには変わりはない。」
「うん。」
「だから、私は突撃を試みるつもり。」
「え?」
僕の脳裏に、彼女の頭が吹き飛ぶ光景が浮かぶ。
…なんだこれは?
「そんなことをすれば、君は死ぬかもしれない。」
「覚悟の上よ。ケンジはどうする?」
僕の脳裏に、一人戦場に駆け出すリコの姿が過る。
「僕は…、リコと一緒に、生き残りたい。」
「え?」
「だから、僕も行くよ。」
「でも、このままここにいれば、援軍が…。」
「君を死なせたくない。」
僕の言葉に、リコはハッとする。
「…解った。一緒に来てくれる?」
「ああ。」
僕ははっきりと返事を返す。
死ぬのは嫌だ。
でも、リコと死ぬのなら、悪くはない。
僕らは、敵陣に向かうため、民家から身を乗り出す。
その瞬間。
僕の目に強い光が差し込む。
近くの鉄塔からだ。
これはまさか。
狙撃銃のレンズの反射光か?
僕は咄嗟に、リコに身をぶつけ、弾き飛ばす。
その瞬間。
僕の胸を銃弾が貫いた。
熱い!
痛い!
死の痛みが、僕の体を支配する。
…最後の瞬間。リコの頭が弾け飛ぶ光景が、見えた。
……………………………
……………………………
……………………………
僕は今、戦場にいる。
戦場の最前線。
銃撃飛び交う戦火のさなか。
僕は塹壕で身を潜めていた。
なんだこれは?
この光景を、確かに前にも見た。
…そういえば。
僕は屈みこみ、塹壕に身を伏せる。
僕の頭上を銃撃が通り過ぎる。
「今の、よく躱したわね。」
僕の隣で、リコが安堵の表情を浮かべている。
まさか。
「リコ。これからあの民家まで移動するんだろ?」
「え、ええ。そうよ。少しでも敵陣に近づきたいの。」
…間違いない。
繰り返している。
戦場の様子も。
リコの判断も。
記憶の通りだ。
僕らは民家まで移動する。
「これからどうする?」
僕はリコに尋ねる。
「この劣勢を挽回する為に、敵陣に突撃しようと思う。でも…。」
「死ぬかもしれないね。だから、僕も行くよ。」
僕の予期せぬ言葉に、リコは驚く。
だが、僕の覚悟を読み取ったのか、リコは真剣な表情で頷く。
「ケンジ。死ぬのが怖くないの?」
「一人で死ぬくらいなら、リコと一緒にいるよ。」
「ごめんね。実はね、このまま待っていても援軍なんて来ないの。私達は死ぬしかないの。」
「そんな覚悟、以前に済ましたよ。」
僕らは笑い合った。戦場であるにも拘らず。
同時に、僕は心に誓った。
リコを、死なせたくない。
そのためには…。
民家から身を乗り出すリコ。
だが。
「待って。」
「何よ。」
「あの鉄塔から、狙撃手が僕らを狙ってる。
「え? 本当ね。危なかった。」
そう言って、リコは鉄塔に銃撃を浴びせる。
これで狙撃手を牽制できた。
ぼくらが、戦場に飛び出した。
だが、予期せぬ事態が生じた。
銃撃の中、リコが突然、足を止めたのだ。
いや、止まっているのは、足だけはない。
銃を支える腕も、身体も、その表情さえも固まっているように見えた。
いったいどうしたんだ?
その時。
停止したリコの体を、無数の銃弾が貫いた。
「わーーーーーーーーーー!」
そして、僕の意識は途切れた。
……………………………
……………………………
……………………………
僕は今、戦場にいる。
戦場の最前線。
銃撃飛び交う戦火のさなか。
僕は塹壕で身を潜めていた。
…また戻ってきた。
一体何度目だ…。
僕とリコは民家に移動する。
リコが突撃を提案する。
止めようとするが、リコは僕の言うことを聞かない。
民家から飛び出すリコ。
それを追う僕。
鉄塔からの狙撃を躱す。
僕らを狙う敵兵を撃ち殺しながら、敵陣に向かって僕らは駆ける。
だが、また、リコに異変が生じた。
まるで映像が一時停止されたかのように、突然リコの動きが止まる。
走っている最中で片足を挙げたままのような、あり得ない姿勢で動きが止まる。
まえるで呼吸すらもしていないかのようだった。
そして、リコは死んだ。
……………………………
……………………………
……………………………
僕は今、戦場にいる。
戦場の最前線。
銃撃飛び交う戦火のさなか。
僕は塹壕で身を潜めていた。
もう何度この光景を体験したか、覚えていない。
繰り返しのたびに、リコは死んだ。
数え切れない回数の、人数のリコが、僕の前で無残に死んだ。
リコが死んだ瞬間、僕の意識は途切れる。
目覚めれば、そこは何度もなく体験した塹壕の中。
その繰り返しは、僕が死んでも同様だった。
それはまるで、事態の『やり直し』をさせられているかのようだった。
おそらく十数回目の繰り返しの時。
無残に横たわるリコの死体の前で。
僕は冷静を保っていた。
そして、僕は誓った。
リコの仇をとる、と。
例え勝ち目の無い戦いでも、敵兵を一人でも多く道にしてやる、と。
……………………………
……………………………
……………………………
十数回目の繰り返しの末。
僕は敵陣の兵士を皆殺しにした。
幾度ともなく殺され、繰り返しをした僕は、敵の配置や銃撃のタイミングを記憶してった。
その記憶に従い、敵を殺した。
敵兵が視界に入れば、反射的に殺した。
……………………………
……………………………
……………………………
何十回目の繰り返しの時。
死ぬ間際のリコが僕に話しかける。
「この戦場の敵兵を全て掃討せよ。」
と。
その時のリコの表情は、冷たく固まっており、表情はなく、まるで死人が喋っているかのようだった。
僕はリコの願いの通り、戦場の全ての敵兵を、
殺戮した。
そこに、感情の入る余地は、無い。必要無い。
…………………
………………
……………
…………
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……
…
…
…
…
…
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…
…
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自律判断型敵地殲滅決戦兵器〈H-RR00304〉開発及び起動実験報告書
【実験被験予定であった検体”リコ”は頭部破損脳髄損壊にて試験運用は不可能】
【よって検体”リコ”は廃棄】
【”リコ”の代用措置により検体”ケンジ”の脳髄を試験運用とする】
【戦場シミュレーション及び自己判断機能学習訓練の『繰り返し』の結果、検体”ケンジ”は実践に投入できる段階までの機能を有す】
【よって検体”ケンジ”の脳髄を移植をもって〈H-RR00304〉の開発を完了する】
【以降、試験的に実践配備を実施、最終調整に入る】
作者yuki
『殺戮兵器の見る夢は』に続きます。