例えば、蝸牛が進化し、知能を獲得し、文明を得たとする。
だが、蝸牛が進化した者達が創り上げる文化は、果たして我々人間の文化同一なものになるのであろうか?
例えば彼らは、愛を知らない。雌雄同体であるが故に。
その結果、人間とは全く異なる文化、宗教観、倫理観、そして心の在り方が出来上がるだろう。
では、ライオンが進化したらどうなるか。
鯨が進化したらどうなるか。
鷲が進化したらどうなるか。
爬虫類が進化したらどうなるか。
…例えば、鋼鉄の塊が、人格を持ち、知能を得たら、どうなるのか。
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自律判断型敵地殲滅決戦兵器〈H-RR00304〉
それが僕のコードネーム。
僕の使命は、我が国に進行する敵国の兵士及び兵器を殲滅すること。
常に状況の変化が生じ続ける戦場では、時に柔軟な思考や判断の必要性が迫られる場合がある。
その場合を想定して僕という兵器は開発された。
僕の思考システムのは、人間の脳髄が組み込まれている。
その脳髄が行う判断をもって、僕の行動は決定される。
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1km先に、味方兵を狙うスナイパーを発見した。
僕の目は、人間とは比較にならない程の視界と識別能力を持つ。
1km程度なら、全く問題ない距離である。
僕は狙撃銃を抱え、敵国のスナイパーを狙撃する。
僕の腕は、数百kgの物体でも軽々と牽引できる。
人間の扱うスナイパーライフルとは比較にならないほどの銃器を軽々と扱える。
僕が打った銃弾…と言うには大口径の弾丸が、敵国のスナイパーに直撃する。
同時に、スナイパーが潜む建物が、跡形なく吹っ飛んだ。
スナイパーの肉体が四散した瞬間。
僕の思考にノイズが奔る。
『一発の銃弾が女性の頭を吹き飛ばす』
僕の思考システムに、その映像が一瞬浮かんだ。
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機械は夢を見ない。
だが、人の脳は別である。
人は眠っている間も、無意識に記憶を呼び覚まし思考を続けている、という。
そしてそれは、『夢』という現象で人の脳裏に発現すると言われている。
兵器廠で機能を停止する僕の思考システムに、とある映像が流れ込む。
おそらくこれは、僕に搭載された人の脳が見せるものなのだろう。
それは、人で例えるなら、夢と言われるものなのかもしれない。
『この戦争が終わったら、結婚しよう。』
『こんな時に何言ってるよ。』
『約束だよ。』
『…うん。そうだね。約束。』
僕と誰かが、会話をしている。
その声は優しく、その相手の事を気遣う様子が感じとれた。
いや。感じたのではなく、僕の音声判断システムが、そう分析した。
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戦場の最前線。
敵国の兵士が僕に近づく。
どうやら僕を破壊する気らしい。
僕は腕を振り回し、敵兵を薙ぎ払う。
僕の膂力は、人間の数十倍はある。
その力にかかれば、人間など、ただの肉塊とかす。
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僕はまた夢を見た。
『あなたは死なない。あなたはここにいて。あなたの命は、私が守るから。』
女性が僕に告げる。
先日と同じく、彼女の声は慈愛に満ち溢れている。
僕のシステムは、彼女の声をそう分析した。
直後。
彼女の声と姿を埋め尽くすように、場面が切り替わる。
『死ぬ間際のリコが僕に話しかける。』
『この戦場の敵兵を全て掃討せよ。』
彼女の声が、僕にそう指示をした。
同じ彼女の声であるはずなのに、その声には彼女の優しさは一切感じられない。まるで機械が声を発しているようだった。
夢の中で、僕は混乱した。
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僕は、軍用ヘリに搭載されているかのような大型の機銃を腕に抱え、敵兵を掃討する。
機銃に貫かれ、敵兵が倒れて行く。
敵兵の残りは半分。
僕は敵軍の殲滅を目指し、敵軍の塹壕に向かう。
敵兵の銃弾が僕に降り注ぐが、僕の体は頑強だ。人を簡単に貫く弾丸も、僕を貫くことはない。
塹壕に到着した僕は、敵兵に向かって機銃の先を向ける。
と、銃口の先で、身を寄せ合う二人の敵兵が、両方の手を挙げた。
降伏の合図だ。
よく見れば、その兵士は、若い男女だった。
その瞬間。
僕の脳裏に映像が浮かぶ。
『僕は…、リコと一緒に、生き残りたい。』
『だから、僕も行くよ。』
『君を死なせたくない。』
それは、僕の声だった。
リコ。
それが、彼女の名前なのか…。
リコ。
リコ。
リコ。
僕は、その名前を何度も呟きながら、目の前の若い兵士二人を撃ち殺した。
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『⚪︎⚪︎、気をつけてよ!』
『ああ。すまない、リコ。』
夢の中。
狭い塹壕で、二人の男女が寄り添い名前を呼び合っている。
女性はリコ。
男性は、…誰だ?
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激しい雨の中。
敵味方兵の銃弾が飛び交う戦場。
僕は敵の陣地に向かって進む。
実践投入前に幾度となく行われた戦場シミュレーションで学習した結果の通り、敵の配置を予測し、攻撃の方向を瞬時に判断し、敵を殺した。
敵兵が視界に入れば、反射的に殺した。
撃ち殺した。
踏み潰した。
殴り倒した。
爆撃した。
破壊した。
あれ?
おかしい。
以前にも、こんな事をしていた記憶がある。
なんだ、この記憶は。
いや。これは夢だ。
…夢?
夢は記憶。
じゃあ、これは、僕の記憶なのか。
僕?
僕ってなんだ?
僕は機械だ。
夢なんて見ない。
じゃあ、この記憶は。
僕とは。
僕の中にある脳髄が感じさせているものなのか?
つまり、今まで僕が僕と感じていたことは、僕の中の脳がそうさせていたのか?
僕は、一体、誰なんだ?
『ケンジ、気をつけてよ!』
『ああ。すなない、リコ。』
記憶の中のリコが、僕の名前を呼ぶ。
ケンジ?
それが、僕に名前?
僕の名前はケンジ。
それが僕の存在を表すものなのか?
じゃあ、僕は。
ケンジは人間だ。
ケンジという人間の脳髄が僕を動かしている。
じゃあ、僕は人間なのか?
…
…
…
そうだ。
僕は人間だ。
リコの恋人で。
徴兵制度で戦場に駆り出された人間だ。
そうだ。僕は、リコと結婚の約束をした。
戻らなきゃ。
ふと、僕は足元の水溜りに映し出された自分の姿を見る。
なんだこれは?
僕は自分の姿を見て、驚愕する。
僕の姿は、僕が覚えている人の姿とは、掛け離れたものとなっていた。
暗銀の鋼鉄と曲がりくねるパイプに包まれた身体。
大型の銃器と一体となった腕。
鋼鉄の重量を支える膨れ上がった両足。
蝸牛の触覚のように醜く前方に飛び出す四つの眼球。
人と言えるパーツは僅か数十gの脳髄だけ。
僕は、混乱の中で自覚する。
もう、僕は、人じゃない。
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自軍の基地。
僕は自軍の兵士を撃ち殺した。
僕の銃撃で、人がバラバラになる。
大丈夫。また修理すればいいんだ。
僕の腕が兵士を貫く。
大丈夫。頭部さえ残せば、また身体は作り直せばいいんだ。
「い、命だけは助けてくれー!」
人間から音声が発せられる。
命?
それはなんだっけ?
機械の僕には、理解できない。
僕の足は、声を張り上げる人間を、踏み潰す。
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自律判断型敵地殲滅決戦兵器〈H-RR00304〉起動実験報告書②
【当初平常に稼働していた〈H-RR00304〉であったが、6度目の実践使用の際、思考システムにノイズが発生】
【新兵器開発室はそのノイズは検体”ケンジ”の脳髄の影響であると分析。観察を試みる】
【ノイズは人の『夢』と同様のパターンを示す。同時にノイズの中に検体”リコ”の声に類似する反応があったと報告がある】
【十回目の出撃中に突然〈H-RR00304〉が暴走。自軍の基地内に突撃。新兵器開発室を破壊した後、機能停止。】
【開発室は暴走の原因を調査中である】
【なお、新たな検体”ヒロシ”の脳髄の摘出が完了されていおり、以降新検体を用いて新兵器の開発実験を継続とする予定】
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例え機械が人格を有しても、我々と同一の人格を有しても、我々と同じ人格を持つとは限らない。
彼らには、愛はない。持てない。
命もない。
血も肉も、ない。
理解し合えるわけがないのだ。
作者yuki
『繰り返しの戦場』の続編です。