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「あ、そう、そんな感じ。ちょっとそこの木から、半分だけ体だす感じで…オッケー、オッケーっす。首、もう少し右で……サイコーっす。ありがとうございます!」
闇の踏み切りで、ユウヤの緊張感のない声が響き渡る。
ほの近くの木立から、少女が半身を出して、あさっての方向を無表情に見つめていた。
(あう……あう…あう)
俺は、少女のほうをときおりチラ見しながら、車の中で頭を抱えていた。
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青白い顔なのである。
無表情なのである。
生気がない。っていうかたまに少し透けて向こうが見えちゃってることがある。
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……ユーレイなのだ。もう、100パーセント、混じりけなしのユーレイなのである。
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それをこんな堂々とモデルにしてしまっていいのだろうか?
いや、たしかに俺達は心霊写真を撮りに来た。ターゲットもこの少女だ。
女性相手に写真を撮るなら勝手に撮影するのは失礼だし、盗撮行為だ。
たとえ相手がこの世のものでなくても、きちんと挨拶をして許可を得てから撮影するのがエチケットであり、最低限のマナーであり、成人を超えたものとしての常識であり、人として当然の行為であり……
……合っている。そういう意味で言えばユウヤの行動は合っている。
でも違う。もっと根源的なところで大きく間違っている気がする。
俺は自分の常識に自信が無くなり、ただ向こうの二人の撮影会を横目で見ているしかなかった。
(それにしても……)
俺は改めて、胸の前で両手を垂らす「クラシックゴーストスタイル」を披露する少女を見た。
(この子、生前はものすごい「いい子」だったんじゃあないだろうか)
普通、彷徨っているところを、見知らぬ男になめた態度を取られたら、とりあえず呪っておくところだろうに……。
いったいなぜ、こんないい子が命を落とすような目に会わなければならなかったのだろうか。
そんなことを思っていると、
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カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン
ふいに踏切の音が響き、目の前の遮断機の赤ランプが明滅を始めた。
この時間、もはや田舎の電車の終電は終わっているが、たまに貨物電車が通ることがある。
今、鳴りはじめた警報もその類の列車の接近を示しているのだろう。
「あれ、ねえ、ちょっと」
ユウヤの声で我に帰ると……異変が起きていた。
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少女の表情が強張っている。全身から緊張がみなぎっているのが伝わる。
(なんだ?)
少女は一点を見つめ、肩をわなわなと震わせていた。
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俺は思わず少女の視線の先をたどったが、しかしその先には踏み切りの明かりも届かない闇が広がるばかり。
「どうした?」
そういいながら、俺も思わず車を降りてユウヤの元に駆け寄った。
ユウヤも戸惑っているのか、まともに答えることができない。
その間にも少女は、まるでいやいやでもするかのように体をゆすりながら2,3歩後ずさり、さっと後ろを振り向くと、脱兎のように走り出した。
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「あ、ちょっと」
ユウヤが声をかけるまもなく、急に少女は上半身をのけぞるようにして、硬直した。
その瞬間、少女の背中のジャケットが大きく斜めに避け、一瞬白い背中が見えたかと思うと、あっという間に赤黒く染まった。
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(なに!?)
少女はその場に転がるように崩れ落ち、まるで何かに必至に抵抗するかのように両手を激しく振りながら後退した。
その間に、両腕や、頭部やの全身が何かに切り裂かれたかのように口を開け、そのたびに鮮血が周囲に飛び散った。
瞬く間に少女の全身は血にまみれ、衣服や髪がべったりと肌に張りついていく。
急激な事態の変化に、俺とユウヤは、息をするのも忘れ、ただ目の前の少女が血に染まっていくところを眺めていることしか出来なかった。
カン、カン、カン、カン
踏切が閉まる。
コトーン、コトトーン、コトトーン
遠くから電車の音が響いてきた。
少女が最後の力を振り絞るかのように立ち上がり、俺達の方、踏み切りに向かって走り出した。
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瞬間、「ズン」と鈍い音がしたような気がした。
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少女が大きくのけぞり、開いた口から噴水のように血を吹き出した。
急速に歩みを緩めながら、俺達の横を、踏み切りの向こうを目指しながら、右手を何かを掴むようにあげながら、絶望を超えてしまったかのような表情で、それでも少女は進んだ。
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ゴトン、ゴトンゴトン、ゴトンゴトン、ゴトンゴトン
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赤く明滅する闇をライトで白く切り裂きながら、電車の姿が見えてきた。
少女は踏み切りの手前で前のめりに崩れ落ち、なおも這うように前進を続けた。
「あぶ、危ない」
思わず口に出た、つぶやくような頼りない声は、俺の声だった。
地面を黒く染めながら、少女は踏み切りの向こうへ進む。
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ゴトンゴトン!ゴトンゴトン!ゴトンゴトン!!!ゴトンゴトン!!!!
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暴力的な音を響かせながら電車が迫る。
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カン!カン!カン!カン!カン!カン!
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遮断機が狂ったような警告音をあたりに撒き散らした。
ほんの一瞬、電車のライトに照らされた少女の横顔は血にまみれてくしゃくしゃになりながら、それを洗い流すかのような涙が流れているのが見えた。
ガアアアアアアアアアアアア!!!
電車が踏み切りを通過した。
ボン!
shake
小さな破裂音のような音が聞こえた。
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踏み切りに手向けられた花束がさわりと鳴ったかと思うと、次の瞬間、遮断機の光とは違う紅に染まった。
俺の顔のすぐ右横を、人間の腕の形状をしたものが飛んでいった。
そしてほんの少し遅れて、俺の右頬に、生暖かい液体がぽつぽつぽつと飛散した。
俺は無意識のうちに右頬をなでた。
その指先は、真っ赤に染まっていた。
「う、う、う、うわああああああああああ!」
事態を把握する前に、俺の口から絶叫が飛び出していた。
俺達の目の前で、少女が電車に跳ね飛ばされたのだ。
ぼとん
上空から、何かがくるくると回転しながら俺達の目の前に落ちた。
黒い髪がべったりと張り付いて、一瞬その球体がなにかわからなかった。
転がった拍子に、その黒い髪がばらりとほどけ、中から青白い膜がかかった瞳が覗いた。
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それは少女の生首だった。
大粒の涙で頬の血液を流れ落とし、光をなくした瞳と、俺の目が合った。
「あ……あ……」
情けないことだが、俺はその場で腰を抜かしてへたり込んだ。
少女の首から目を離すことが出来ない。
カン カン カン カン カン カン カン カン
遮断機の警告音はいまだに鳴り続けている。
ふと、俺の視界の中で何かが動いた。
一瞬顔を上げると、踏み切りの向こうに、青白い何かが浮かんでいた。
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薄青い顔。黒目のない瞳。細身の体の腰から下のピンボケのようなかすれ方……。
それは、俺達が撮った写真の男だった。
表情をなくした顔で、こちらを…少女の首を見つめている。
バタン!!
shake
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ふいに俺の隣で大きな音が聞こえた。
ユウヤが失神してその場で泡を吹いて倒れた音だった。
カン カン カン カ……
唐突に遮断機が音を止め、静寂が辺りを包み込んだ。
そして俺がふと顔を上げたとき、すでに周りには何も無かった。
少女の首も、おびただしい血痕も、踏み切りの向こうの写真の男でさえ、まるで幻のように掻き消え、辺りは何事も無かったように闇の中に遮断機が浮かび上がるだけだったのだ。
続きます
作者修行者
前作からの続きです。