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中編6
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屋上先生

中学の時、《屋上先生》と呼ばれている教師が居た。

名前の由来は、ヘビースモーカーで、何時も屋上に居るから。其のままで、捻りの欠片も無い。

然し、其の気さくな人柄と懐の広さから、生徒からは大層慕われていた。

彼は、僕が所属していた美術部の顧問だった。

・・・が、僕は其の頃、中学生活を如何に淡々と終わらせるかに全力を掛けていたので、人気者で、何時も誰彼と楽し気に話をしている先生とは、全くと言っていい程に関わりが無かった。

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二年生の夏休みが始まってから数日後。

僕は一学期中に終わらなかった絵を仕上げる為、学校に来ていた。

同じ様な境遇の人は案外多いが、僕の場合は、授業で終わらなかった物と部活動で終わらなかった物の二枚+美術部夏休みの特別課題なので、三枚の絵を描かなくてはならない。

通常課題のポスターも加えると、計四枚。

僕はかなり焦っていた。

元々、文化部が吹奏楽部と美術部の二択だったから、消去法で此の部に入ったのだ。

絵を描くのは好きでも得意でも速くもない。なのに、此の量。最早拷問とも言えるだろう。

気長に描こうにも、友人と遊ぶ予定がギッシリだ。出来るだけ早く終わらせてしまいたい。

もう残っている宿題は、此の絵達だけなのだ。

グイグイと筆を動かしながら、僕は大きな溜め息を吐いた。

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ふと気付くと、他の生徒が居なくなっていた。

時計を見ると、午後の一時半だった。

成る程、居残りは午前中だけなので、皆帰ってしまったのだろう。

静かな教室。外を見ても、誰も居ない。

何時も、音が溢れている学校が、其の時は完全な無音だった。呼吸をする事さえ躊躇う様な、そんな静けさだった。

「・・・お昼、食べよう。」

何だか怖くなったので、無理矢理声を出した。

リュックからコンビニの袋を取り出すのも、わざと大きな音を立てた。

ガサガサとした音が、静まり返る教室に木霊する。

「頂きます。」

僕は何時もより大きく口を開けて、乱暴にセロファンを剥いたサンドイッチを押し込んだ。

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「うわ、まだ残ってる奴、居たのか。」

僕がサンドイッチを頬張った数秒後、ガラガラと言う音と共に静寂が破られた。

「確か居残りって午前だけ・・・だったよな?」

美術室の管理を担当している、屋上先生だった。

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口一杯のサンドイッチで、話す事が出来ない。

当たり前だ。無理矢理まるごと押し込んだのだから。僕は激しく後悔をした。

「・・・えーと、紺野、だったか?」

必死にサンドイッチを咀嚼している僕に、先生は困り顔で問い掛ける。驚くべき事に、彼は僕の名前を知っているらしい。

ゴクリ、と無理矢理口の中の物を飲み下し、僕は蚊の鳴く様な声で

「はい。」

と答えた。

「どうして僕の名前を?」

続けて聞くと、先生はもう一度困った顔になり、ポリポリと頬を掻いた。

「どうしてって・・・お前、美術部だろ。」

「はい。」

「自分が顧問やってる部の部員位、流石に覚えてるよ。」

そんな物かと納得していると、先生は指先の鍵を器用にクルクルと回しながら、僕に言った。

「此処も鍵を閉めるから、屋上行かないか?流石に道端とか職員室で食わせるのも何だしな。」

ほら、屋上で昼飯って、中学校じゃ滅多に出来ないだろ。

「・・・・・・はぁ。」

断る理由も特に無かったので、僕は小さく頷いた。

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照り付ける陽射しを遮る為か、屋上にはパラソルと、小さなテーブルが設置されていた。

「其処座っていいぞ。」

「先生はいいんですか?」

「生徒熱中症にする訳には行かないからな。日陰に居るから大丈夫だろ。」

「・・・どうもありがとうございます。」

礼を言い、残ったサンドイッチを黙々と食べた。

時折吹き抜ける風が心地好い。

僕がぼんやりとしていると、先生が唐突に話し掛けて来た。

「紺野って、友達居るか?」

「・・・・・・え?」

剰りにもストレートな問だった。

先生は何でもない様な顔をしていた。

「ほら、特定の奴と一緒に居る所、見た事無いからさ。孤独な感じでは無いから、そう心配もしてないんだけどさ。」

僕は些か緊張しながら答えた。

「此の学校には、居ませんね。友人は基本的に○○中学に行っているので。」

先生はニヤリと笑った。

「やっぱりな。他の学校の生徒でちゃんと仲良くい奴居るんだろ。いやー、良かった良かった。」

「・・・それにしても、どうして、そんな事を聞くんです?」

先生は小さく欠伸をすると、人差し指をピンと立てた。

「ほら、学年主任の田辺先生、居るだろ。それとなく聞く様に頼まれてたんだ。大層お前の事を心配してたぞ。何やらかしたんだよ。」

心配?心当たりが全く無い。

「いえ、特には何も・・・。何なんでしょう。」

僕が首を捻ると、先生は少しだけ笑い声を上げた。

「まぁ、そう言う事なら良いんだけどな。まぁ、ピリピリしてんだろ。先例みたいになった面倒だからな。」

「先例?」

「ああ、此の学校、昔、此処から飛び降りた奴が居たんだよ。つっても、俺の同級生何だけどな。そいつ。」

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・・・・・・・・・。

お前に少しだけ似ててな、やっぱり、特定の友人を作らずに、浅く広く周りと付き合ってた奴だったよ。

まぁ、其の中でも俺は結構仲良くやってた方だったんだけどな。

ほら、彼処の角あるだろ。彼処から飛び降りたんだ。

飛び降りる直前に自分で自分の写真を撮って、其のカメラを地面に置いてな。

今お前が此処に滅多に来られないのは、そんな事が有ったからでな。とばっちり、って訳だ。

・・・理由?

其れが無いんだよ。

《急に飛び込みたくなりました。》って殴り書きされたノートが、カメラの直ぐ横に置いてあったんだけどな。

其れでも、其れじゃ理由として不十分だって、周りは随分と騒いだ。

けど、結局見付からなかった。

写真もさ、見せて貰ったんだけど、すげえ笑顔で、空いてる片手でピースとかしてんの。

本当、全然辛そうな感じじゃなくて。其れこそ、どっか遊びに来た時に撮ったみたいな感じで。

本当に楽しそうだった。

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「だから・・・まぁ、あれだ。」

「同じ事にならないか、心配って事ですか?馬鹿げてますよ。」

「そう・・・だよなぁ。俺もそう思う。」

僕が憤慨すると、先生は困った様に笑った。

そして、何処か遠い目をして、呟く様に言う。

「それに、彼奴が死んだのは理由がどうとかじゃないんだよ。」

「・・・・・・知ってるんですか?」

先生は此方をチラリと見て、

「・・・ヤバいな。口が滑った。一応話すけど、此れ、クラスの奴等には言うなよ。不気味がられるからな。」

と頬を掻き、口を開いた。

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「言っただろ。俺、そいつと結構仲良かったって。最後に撮った写真も見せて貰ったって。」

先生の顔から笑いが消える。

「・・・肩にな、白い手が沢山巻き付いてたんだよ。まるで骨の無い様な、細くて、ぐにゃぐにゃした手が、何本もな。まるで、沢山の蛇みたいに。」

「其れって・・・・・・!」

「何なのかは解らない。ただ・・・。高い所とか線路とか道路の車道・・・。危ない所に、思わず飛び込んでしまいたくなる事って、有るだろ。・・・・・・あれはきっと、彼奴等が引っ張ってるからなんだろうなぁ。」

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きっと、彼奴等は何処にでも居て、何時だって、俺達を引き摺り込もうとチャンスを狙ってるに違い無いんだよ。

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ガチャ

屋上を囲むフェンスが、突然大きな音を立てた。

風の音だと思おうとしたが、風はとうの昔に止んでいた。

「ほら。来て欲しい来て欲しい、ってな。」

先生が、ニヤリと笑った。

Concrete
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紫月花夜さんへ
コメントありがとうございます。

やっとテストが一段落着きました。
皆さんには御迷惑をお掛けして申し訳御座いません。

・・・と言うか、一人の変人からどんどん知り合いの変人と関わって行った感じですね。
此の先生はプライベートで出会った人なので、珍しい方かも知れません。

学校の七不思議、とか有りますよね。
関連の話も近い内に書く予定です。

誘惑に勝てなかったんでしょうね。彼はどうなってしまったのでしょう。

返信

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

はい。先生に関する話はまだ幾つか有るので、地道に書いて行きたいとは思っています。
お付き合い頂ければ幸いです。

と言うか、近い内にシリーズの方に出てきます。
だからこそ書いたと言いますか・・・。

いえ、コメント、何時でも御待ちして居ります。

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ネタバレ注意
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不思議な先生ですね。
この先生のお話し、また聞きたいです。
勝手にリクエストしてしまいました…

またもや、コメントしてしまいました(^^;)

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