此れは、ウタバコ・4の続きだ。
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・・・・・・・・・。
斉藤は何時も、僕が登校してから十数分に学校に来る。
「何の本?」
そう言って、僕の読んでいる小説の単行本を覗き、解った様な解っていない様な表情で、数回頷く。偶に「其れ、面白いか?」や「此の本、今度ドラマになるんだよな。」等のコメントが入るが、基本的には何も言わない。
「お早う。」
僕が挨拶をすると、其処で初めて気が付いた様に「ああ。」とか「おお。」と言った後、少しの間を置いて
「おはよう。」
と返事を返す。
彼はSHRが始まる直前に登校して来るので、朝に、其れ以上話す事はあまり無い。骸骨先生が口煩く言って来るからだ。
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・・・・・・・・・。
斉藤は、僕よりも遥かに友人が多いらしい。
休み時間は楽し気に騒いでいる。少し五月蝿い。
次いでに言うなら、僕は其の間、大抵薄塩達と行動を共にしている。
なので、此処から放課後までの間、僕と斉藤が係わる事は殆ど無い。
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・・・・・・・・・。
放課後。
帰る準備をしながら話をする。
此処から、彼に若干の変化が現れる。
普段とは少しばかり違う・・・と言うか、単に知られていないだけかと思うが、そんな一面が見えて来るのだ。
「ウタバコが歌ってる歌、メロディーは童謡っぽいんだけど、聞いた事無いんだよな。歌詞が分かれば調べられるんだろうけど、声が細いから、何て言ってるか分からなくて。」
其の口から語られるのは、彼が見付けたと言う、歌う箱の事。
彼は其の箱を《ウタバコ》と呼んでいる。
「綺麗な曲ではあるんだけど・・・なんか悲しい感じで、今風じゃない気がする。」
彼の頭は、今、ウタバコで一杯なのだ。其れこそ、端から見れば些か異常に映る程に。
全く。昔から少しばかり頭の軽い所が有ったが、此処まで酷かっただろうか。
僕は軽く溜め息を吐きながら、熱く語る斉藤に問い掛けた。
「日曜日の事何だけど・・・。」
「あ・・・もしかして、来れなくなったとか?」
斉藤の顔色がサッと曇る。
僕はゆっくりと首を左右に振った。
「いや、何時に行けば良いのか聞きたい。」
「何時・・・そうだな。何時からなら大丈夫とか、有るか?」
「じゃあ、午後が良いかな。」
「了解。じゃあ、一時位に校門前で良いか?」
「分かった。一時に校門前な。ごめん、案内とか・・・。」
「いや、此方こそな。態々すまん。」
「僕が勝手に見たいだけだから。」
僕は、日曜日、彼の家にウタバコを見に行く。約束をしたのは、つい一昨日の事だ。
先程の《見たい》と言うのは嘘だ。本当はそんな物見たくない。家で寝てたい。
ならば、どうして僕が嘘を吐かなければならなくなったのかと言うと・・・・・・
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・・・・・・・・・。
「コンちゃん、そろそろ帰ろう。」
ピザポが荷物を纏め終え、僕の方へと近寄って来た。
僕も自分の荷物を持ち、斉藤に挨拶をする。
「其れじゃ、日曜日、午後の一時に。」
「ああ。またな。」
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手を振り返した斉藤の背には《所々霞み掛かっている蛇に巻き付かれている女》が、ピッタリと付いていた。
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・・・・・・・・・。
彼の背に付いているモノ(物・者のどちらで表記すればいいのか分からない為、片仮名で表記させて頂く)の見え方が、僕と薄塩達とで違いが有る事。其れに気付いたのは、昨日の朝だった。
「一体、どう言う事だ・・・・・・?」
此れまでも、他人と自分とで、見えるモノに違いが表れる・・・・例を挙げるとするなら、グロテスクな部分が補正されたり、見た目がデフォルメ化された事なら多く有った。だが・・・。
薄塩達が見たのは《蛇女》。詰まり、蛇と女が一体化している訳で、個体としては一人(匹)だ。
其れに対して、僕が見たのは《蛇と、蛇に巻き付かれている女》。詰まり、一匹と一人。
どちらか丸っきり見えて居なかった時を除けば、見えたモノの数が合わないのは、此れが初めてな気がする。
「一体、どう言う事だ・・・・・・?」
もう一度呟いてみたが、薄塩も、ピザポも、誰も答える事は無かった。
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・・・・・・・・・。
謎は残ろうが何だろうが、時間は流れる。
日曜日の午後一時半過ぎ。
僕は斉藤に連れられ、斉藤宅前に来ていた。
「お邪魔します・・・。」
門を通過すると、庭と、畑の有る古民家が見えた。
倉は、兄の家に有る様な白壁の物ではなく、黄色い土で周りを覆ってあった。
「彼処で見付けたんだ。今は、俺の部屋に置いてある。」
民家の方へと歩みを進めながら斉藤が言う。
「倉は後で連れて行くから、取り敢えずは部屋な。」
そして、玄関の戸に手を掛ける。
ガラスの引き戸が、ガラガラと音を立てながら開いた。
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・・・・・・・・・。
廊下を抜け、階段を上がった先に在る、二階の一室が、斉藤の部屋だった。
何故だろうか。僕の家もそうなのだが、子供部屋と言うのは二階に作られる事が多い気がする。
某猫型ロボットと同居している眼鏡少年の部屋も、そう言えば二階だった。
「・・・紺野?」
「・・・・・・あ、うん。」
ついボーッとして、頭がホンワカパッパしていた。慌てて返事をする。
「何?」
「何って・・・。」
斉藤が、薄く困惑の混じった声を上げた。
「入らないのか?」
見ると、斉藤はもう部屋の中にいて、態々ドアを開け続けてくれていた。
部屋は《高校生男子としてギリギリ許容範囲内》を保っている様な状態で、主に制服と漫画が散らばっていた。
床は板張りではなく畳。大きな本棚の有る部屋だった。
「・・・え、あ、し、失礼します。」
僕は軽く礼をし、部屋の中へと足を踏み入れた。
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・・・・・・・・・。
絶句した。吐き気さえ催した。
部屋に入る前は全く見えなかった。部屋の床板に足が触れた瞬間に現れたのだ。
其の部屋は、床、壁、天井、家具、部屋の至る所が、赤黒い線で塗れていた。
うねうねと蠢く様な此の模様は、どうやら、斉藤には見えていないらしい。
筆でズルズルと線を引いた様な模様だ。
呼吸を整えようと深く息を吸う。
鉄にも似た生臭さが、鼻を付いた。
嗚呼、此の模様は・・・・・・
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ガチャ
音で後ろを振り向くと、ドアが閉められていた。
斉藤の背中に付いている女から、ボト、と蛇が落下し、其の名の通り、蛇行を始めた。
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・・・・・・・・・。
ズルリ
床にまた一本、赤い線が引かれた。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
話の進みが遅くてごめんなさい。
宜しければ、次回もお付き合いください。