此れは、ウタバコ・6の続きだ。
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・・・・・・・・・。
目を醒ますと、赤黒い模様で彩られた壁が見えた。
窓が開けられている。息をしてみると、空気が澱んでいなかった。
背中に柔らかい感触。頭の下にも。どうやら布団に寝かされている様だ。斉藤が運んでくれたのだろうか。
部屋の隅に、女が座って居た。蛇は何時の間にか女の元へと戻っていて、グルグルと彼女に巻き付いていた。彼女は、何処か詰まらなそうに宙を見ていた。
どうやら、斉藤は居ないらしい。
僕は布団から上体を起こし、目元を擦った。
手に付く目脂の感触からすると、気を失ってしまった後、其のまま寝てしまったのだろう。
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気を失って・・・・・・?
僕はどうして気を失ったのだろうか。
あの歌の所為ならば、聞き始めた瞬間的に気を失う筈だ。
蛇か?
然し、其れだって僕は確りと見ている。
ならば・・・・・・。
あの女か。
僕は、部屋の隅をチラリと盗み見た。
確かあの時、歌う斉藤を見て、斉藤の口から出てる蛇を見て、其れから彼女を見て・・・・・・。
記憶は其処で途切れている。と、言う事は、やはり失神の原因は彼女らしい。
彼女は笑った後、何をしたのだろうか。
・・・・・・駄目だ。思い出せない。気を失ったのだから当たり前の話かも知れないが。
溜め息を吐くと、溜め息と共に欠伸が出た。
「ふぁーぁ。」
どの位眠っていたのだろう。
部屋が薄暗くなり始めている。
・・・・・・兎も角、斉藤を捜さないと。
布団から出ると、女は一瞬だけ此方を見た。
目を合わせない様にしながら荷物を手に取ろうとする。
すると、ドタドタドタ、と言う音が聞こえて来た。誰かが階段を駆け上っているらしい。
僕は荷物へと伸ばす手を止め、ドアの方を向いた。
ガチャン
ドアが勢い良く開かれた。
斉藤が、何かの盆を持って、立っている。
「・・・・・・起きたのか。」
「うん。」
斉藤の眼が、大きく見開かれた。
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・・・・・・・・・。
斉藤が持って来たのは、葛湯だった。大きな湯呑みに入っていて、仄かに生姜の香りがする。
「ありがとう。悪いな。迷惑掛けちゃって。」
僕がそう言って軽く頭を下げると、斉藤は少しだけ申し訳なさそうに
「んん・・・。」
と、否定とも肯定とも取れる様な返事をした。
葛湯は甘くて、寝起きの気怠い体に心地好かった。
「美味しい。ごちそうさま。」
「いや・・・お湯注いで作るだけの奴だから、礼とかいいよ。俺の所為で酷い目に遭わせたし。」
「酷い目?」
自分がどうなっていたのか、知りたかった。
斉藤は何処かに気不味そうに目を伏せた。
「歌を・・・ウタバコの歌を聴いてたら、いきなり、バタンって音がして、見たら、お前が倒れてた。」
「そうなんだ・・・。」
彼には、自分が歌っているのだという自覚が無いのか。
「救急車呼ぼうとも思ったんだけど・・・少ししたら寝息が聞こえ始めたから。起こすのも悪かったし、勝手に運ばせて貰った。」
「・・・ありがとう。あの、今って・・・。」
「五時。」
予想より大分遅かった。
此れでは、もう帰る時間になってしまう。
僕は慌てながら尋ねた。
「あの・・・倉は・・・。」
「今日はもう遅いから、また今度な。暗くなると道、分からないだろ。送ってくよ。」
「・・・・・・うん。」
本当なら無理を言ってでも見せて貰うべきだったのかも知れない。だが、僕は反論せずに小さく頷いた。
相手に掛かる迷惑云々の前に、こんな逢魔時に、暗い倉を見るのが怖かったのだ。
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・・・・・・・・・。
斉藤は、学校の前まで送ってくれた。
「なぁ。」
帰り際に斉藤は言った。
「紺野。」
「うん?」
「ウタバコは・・・あれは、もしかして、」
顔に、焦りとも不安とも付かない色が浮かんでいた。
きっと、僕がウタバコの所為で失神したからだ。
「・・・分からないよ。」
態と曖昧な答えを出した。
そして、ニヤリと笑ってみせる。リスペクト薄塩である。
「でも、怖かった。僕には。」「じゃあ、今日は有り難う。」「帰り道、気を付けて。」
続けて言うと、斉藤は何処かボンヤリしながら
「・・・おお。」
と右手を挙げた。
斉藤は立ち竦んでいた。途方に暮れている様にも見えた。
僕は軽く一礼し、家路に着いた。
振り返ると、蛇も女も、今日は付いて来ていなかった。
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・・・・・・・・・。
最初の曲がり角を右折し、携帯電話を取り出す。
電話帳から番号を選び、鳴らす。
数回のコールの後、相手が出た。
「もしもし。のり姉ーーーー
作者紺野-2
ごめんなさい大変遅れました。
うっかりこの時間まで寝てました。