僕は中学生の時、美術部に所属していた。
其処は学校一やる気の無い部で、主に、運動も楽器もやりたくない無気力人間の墓場みたいな所だった。
部員は総勢十名弱。
幽霊部員を含まない数なので、本当はもっと多くの者が所属していたのだと思うが、日常で真面目に来ているのは基本的に其れ位の人数だった。
・・・が、其処は今回に関してはどうでも良いこと。何故なら、此れから語る其の人物は、生徒ではなく教師、部員ではなく顧問だからだ。
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《屋上先生》
誰が呼び始めたのかは知らないが、彼は、そう呼ばれていた。
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屋上先生が屋上先生たる所以、其れは生徒をまめに屋上へ招待する為である。
僕の通っていた中学校では、屋上に生徒だけで行くことが出来ず、行くには教師の許可と同行が必要となっていた。
其の屋上へ、屋上先生は生徒を招く。
招いて何をするのかと言うと、基本的に話をしたりするだけなのだが、何故か、生徒からは結構人気の教師だった。
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「紺野、ちょっと手伝ってくんない?」
部室で絵を描いていると、後ろから声が掛かった。
振り向くと、屋上先生が大量の紙を指の先で突いている。
「先生な、指怪我してっから、あんま重いもん運べねーんだわ。」
目の前の絵はまだ半分も仕上がってない。
此のままでは、また休日登校をすることになる。
「・・・何で僕が。」
「其れは此処にお前しか居ないから。」
文化部の部活終了時間はもう過ぎている。皆さっさと帰ってしまったのだ。
「此の絵、早く仕上げてしまいたいんですけど。」
「・・・・・・ふーん。そうか。」
先生は何処か考え込む様にそう言うと、僕の直ぐ後ろまで近付いて来た。
そして、僅かに首を傾げながら尋ねる。
「紺野。お前、自分の絵を誰かに触られるのって、嫌な人?」
「はぁ?」
「いや、だからさ。此の絵、全部自分で好きなように仕上げたいかってこと。」
そして、ニヤリと笑う。
・・・成る程。そういうことか。
「・・・いいえ。御指導頂けますか?」
「交渉成立だな。」
僕が答えると、先生は更にニンマリと笑った。
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・・・・・・・・・。
其処からはあっと言う間だった。
下絵が描かれ、色が塗られ・・・。
「ほい、こんな感じかな。」
遂に、部活動時間内に、絵は完成してしまった。
「ざっくり目にやったから、お前が描いたって言っても通じるだろ。」
「有り難う御座います。」
「いやいや、此方こそ宜しくな。アレ。」
「はいはい。任せてお・・・・・・お?」
何時の間にか、紙の束が四倍程に膨れ上がっていた。
「いやー、本当に助かったよ。ありがとな。」
先生を見ると、意地悪そうにニヤニヤと笑っていた。もう、此の人のことは信用しないようにしようと思った。
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目元まで隠れてしまうほどの紙束を抱え、職員室まで歩く。
開けられた扉を通過し、机の上に紙を置く。
「ふー・・・。」
溜め息を吐くと、後ろから甲高い声が聞こえて来た。
「あら、紺野君。こんな時間まで残ってるの?」
学年主任の先生だ。
「独りで帰るのは心配ね。前にも言ったでしょう。誰か一緒に帰る人を見付けなさいって。」
面倒な人に見付かってしまった。
「最近は色々と物騒なんだから、ちゃんと気を付けなきゃ駄目よ。誘拐だって恐いし・・・」
男子中学生を狙う誘拐犯が居てたまるか。
僕はもううんざりしていた。クドクドクドクドと・・・
何が楽しいのか知らないが、善良な一般生徒である僕を詰るのは止めて頂きたい。
言いたいことは理解出来るのだが、何処かずれている。しかも、くどい。
然し、此処で下手に歯向かうのも得策とは言えないし、どうしたものか・・・。
僕が思案していると、ポン、と肩を叩かれた。
「なら、運動部の奴等と帰らせましょう。其れなら安心ですね?」
屋上先生だった。
「下校時刻まで、俺がしっかり見張って置きますから。御心配無く。」
そう言って、僕の肩を其のまま引っ張る。
「其れでは失礼しまーす。」
「・・・・・・しまーす。」
僕はホッとしながら引き摺られ、退出した。
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美術室。先生は渋い顔をしながら僕の頭を叩いた。
「遅いと思ったら、厄介な人に捕まってんな。」
「先生がそんなことを言っていいんですか?」
僕の質問に、彼は更に顔をしかめた。
「お前、告げ口とかしないよな?」
焦った様子思いの外が面白かったので、思わせ振りな答えをしてみる。
「どうでしょうね?」
「お前な・・・・・・。」
睨まれたので前言を撤回した。
「助けてくれた訳ですし、しませんよ。」
こういう所で、自分の小ささを実感するのだ。若干自己嫌悪に陥り、口を歪めてみる。
僕の顔を見た先生が訝しげな顔をしたので、僕は慌てて話を替えた。
「部活終了時間って、後三十分でしたっけ。」
「・・・ん?ああ、そっか。残らせるって言っちゃったんだったな。」
暫く考え込む先生。
軈て、何処か得意気に笑った。
「そうな。・・・取り敢えず、屋上行こう。」
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屋上は、もうすっかり暗くなっていた。
「ほい。此れ。」
幾つかのチョコパイが手渡される。
「他の奴等には秘密な。」
「良いんですか?」
「他の奴にも《特別だ》とか言って渡してるから、気にすんな。」
そういうことでは無く、教師が安易に生徒へ菓子をばら蒔く行為を、《良いのか》と尋ねたのだが。
然し、此処で其れを言ったらかなり感じが悪い。
僕は大人しく礼を言った。
「・・・有り難う御座います。」
「おお。・・・それにしても、やっぱり此処寒いな。中入るか。其れ、隠しとけよ。」
「また移動ですか。」
「だって寒いだろ。」
「・・・了解です。」
僕は肩を竦めた。
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再び美術室。
下校時刻までは後二十分。
僕は完成した絵を眺めながら、ぼんやりと時間が経過するのを待っていた。
「そう言えば、昨日、少びっくりな事に遭ってなー。」
突然先生が話し始めた。
どうやら沈黙に耐え兼ねたらしい。
「・・・・・・何があったんです。」
おおよそ興味は無いが、此処で無反応と言うのも先生が気の毒だ。
僕が先生の方を向くと、先生は幾つか瞬きをした後、
「こういう話には妙に食い付き良いんだよな・・・。」
と呟きともぼやきとも取れる言葉を洩らし、話を始めた。
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昨日の・・・多分明け方だったかな。
前日、何時もより早く眠れたんだよ。多分其の所為だと思うんだけどさ、目が覚めた。
でも、出勤の時間までは何時間も有るのな。
だから二度寝しようと思ったんだけどさ・・・。
なんか妙に重いんだよ。身体の上が。
飼い猫だと思ってたんだけど、何か違うなって気付いて。
で、布団を捲って見ると・・・・・・。
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「痩せた女が此方見てた。俺の手を掴みながら。」
「そうですか。」
「反応薄っ!!!」
そりゃそうである。此方は日々狂暴な御姉様達に振り回されてリアルな恐怖体験を味わっているのだ。
こんなちゃちな体験談では怖くも何ともない。
「先生、夢って、知ってます?寝てる間に脳が見せる映像なんですけど・・・。」
「夢だった、って言いたいのか?」
僕は大きく頷いた。
先生がムッとしながら左手を腕捲りをする。
「じゃあ此れは?どう説明するんだよ。」
肘の少し下程に、赤黒い三日月の様なマークが並んで四つ。少し離れた所にもう一つ。
「爪の痕。」
「朝に付いてたんだよ。」
何故か先生の表情は得意気だ。
僕は何故か悔しくなって、食い下がった。
「悪夢を見た時、自分で掴んだんでしょう。空から落ちる夢を見て、起きたらベッドから落ちていた・・・なんて人も居る位ですから。動きと連動することだって有りますよ。」
「無理だよ。」
「ど、どうしてですか。」
先生は愈得意そうな顔になり、今度は右手を僕の前に突き出す。
「見てみ。」
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薬指を包み込む様に貼られた絆創膏。剥がすと、爪が無かった。
呆然とする僕に、先生はニヤリと笑う。
「な、無理だろ?」
完敗だ。
僕は小さく頷いた。
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「其の薬指、どうしたんですか。」
「これな。先週、元カノにひっぺがされた。指輪と一緒に。」
「なにそれこわい。」
作者紺野-2
どうも。紺野です。
ずっと前にリクエストされた屋上先生の話です。
やっと書けました。遅くなってごめんなさい。