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20年前に他界した曾祖母から聞いた話だ。
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曾祖母は俺と同じく、此処で生まれ育った。
此処は本土でも屈指の過疎地。
山々に囲まれて小さな集落が点在するような田舎。
隣の集落までも遠く、さらに山深い集落には未だに外灯さえも無い。
人よりも猪や猿といった獣のほうが明らかに多い土地だ。
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そんな所であるから、此処に何十年と居て育ったのに、山中の道をひとつ間違えただけで平気で迷子にもなる。
景色がひたすら山と木々であるし、そんな山中には集落はもとより民家の一件も無いので、気付いたときにはまるで見た事のない山の麓に出ていたりする。
例えて言えば、千と千尋の映画のように、トンネルを抜けたら別世界へ至ったような感覚だ。
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そういう未知に迷い込んだ体験が、他界した曾祖母にもあったそうだ。
曾祖母が何歳の頃かは知らないが、そこに迷い込んだせいで、自分の集落の大人全てから「二度と“そこ”には行くな!」と物凄い剣幕で怒鳴られ、厳重勧告を受けたらしい。
「行き方も見た物も絶対に話すな」と。
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しかし、曾祖母はそれから老いて「昔話」としてその話を俺に教えてくれた。
明治生まれの曾祖母だったので、もはや彼女の言動を咎める年長者も集落にはいないのだし。
子供の頃の俺が「もっと遠くの山を探検したい」と曾祖母に話したことから聞かされた話になる。
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ある日の曾祖母が見た“そこ”は、4、5世帯しかない小さな集落だった。
その場所と車で往来するような広い道は全くない。
だから、自分の集落のほどなく近くにあるのにも関わらず、“そこを知る人間”以外は誰もそこを知らなかった。
ただでさえ、曾祖母のいた集落は山奥で、そのさらに高い場所に別の集落があるとは思いも付かないというのもある。
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その集落のことを「こがらし塀(べい)」または「木枯地区」と、曾祖母の集落の大人は言っていたそうだ。
その木枯で曾祖母が見たものは、野良仕事をする大人の姿と、茅葺き屋根のそれぞれの家だ。
そして、その家すべての軒下の一部に「鉄格子の檻」が付いているということ。
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また、その檻のなかに何かの獣がいたようだ。
田舎では食料に猪などを捕獲するので、檻があって中に獣が居ることは別段おかしいことではない。
しかし、軒下の一部に、わざわざ檻が仕組まれて建られている家は珍しい。
遠くからそれを眺め、さらに軒下で暗いこともあり、曾祖母には檻のなかで何が飼われていたかは分からなかったらしい。
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結果から言えば、その檻の中で飼われているのは『人』だった。
軒下の低く立てない檻の高さで、四つん這いにさせて人を飼っている集落だ。
逃げないように体の一部を鎖でつなぎ、残飯のような飯をあたえて、裸なれども風呂にも入れず、その集落では人を当たり前に飼っている。
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家畜として農作業をさせるわけでもない。
何が目的なのかは、結局、曾祖母がその年になっても判明はしなかった。
ただ、女のそれは股を無理やりに割って、その腹に犬の子を埋めるようなことをしていた。
また、その集落の人間は、それよりも昔に「獣の皮剥ぎ」が生業だったということだ。
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獣の皮剥ぎが生業であった人たちは、確かに日本史のなかに居たとされている。
獣の血にまみれ汚臭と腐乱のなかで作業する生業であったために、身分の最下層とされ、虐げられたきた人達だ。
水場で獣の「毛を剥ぐ」ことから「汚(=けがれ)」という漢字が出来たという説もある。
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そう思えば、集落に付いた「木枯」の名も『キ(ケ)ガレ』と解釈して納得ができる。
また、犬の子を腹に埋めて、女に“人の子”を産ませぬ行為も『子枯れ』『子狩れ』とも解釈できる。
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しかし、彼ら過去の皮剥ぎの人々の全てが、人を飼うようなことをしていたわけではない。
また、権力者が人を虐げ、人を家畜にするなら、まだ“自然なもの”だと言えるが、彼らのルーツはそうではない。
だから、木枯地区が「特殊」で「異常」なのだ。
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決して、近寄ってはならない集落だ。
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現在、もちろんその「木枯地区」は時代の流れにより消失し、跡形すら無くなっているとは思う。
曾祖母の話によれば、戦後何かをきっかけに、こつ然と集落ごと消えた。
そして、全く別の風土の土地に移り住んだような話である。
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檻付きの家は無くなっても、その異様な風習は伝承されているかもしれない。
その血脈は、昔と同じようにひっそりと何処かに隠れて息づいているかもしれない。
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また......
「木枯の集落を見た女」
「木枯の民と話した女」
「木枯の話を知った女」
は、【呪われる】と言われて、曾祖母の集落の大人は、あれほどに怒ったのだという。
事実、曾祖母は実子が出来なかった。
曾祖母の子、言わば俺の祖母は曽祖父の連子になる。
単なる偶然だとは思うが。
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皆さんも、見知らぬ土地に行くときには気をつけて。
そして、呪いを恐れるならあまり口外しないように。
作者NINE