長編8
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サヲリ

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美優?!

ちょっと!... 美優!

しっかりしなさいよ!

..........

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shake

..........

その呼び掛けによって、私はようやく意識を取り戻した。

ぼんやりと眼を開けると、カーテンで閉め切った薄暗い部屋に、床にくずれた私の下半身が見えた。

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「...ごめん......」

「...ごめん... ありがとう....」

未だ朦朧とする今の私にはそれがやっとの言葉だった。

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『もう頑張れない。今迄ありがとう』

.....そう、サヲリにメールしたまでは覚えている。

でも、その後の記憶はない。分からない。

どれくらい気を失っていたんだろう。

手に握りしめたままのスマホは充電切れになっていた。

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「大丈夫よ。助けにきたから」

その言葉で目線を上げると、やはり私の目の前にはサヲリがいた。

そして、彼女に抱きかかえられるようにして私は身体を起した。

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私とサヲリは同い年だ。小3のときからの友達。

彼女は転校生で、当時クラスで虐められていた私のところへ救世主のようにやってきた。

また、顔も背格好も似ているので、よく双子のように思われた。

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だけど「性格」に関しては、まるで私と違う。

私が臆病なのに対し、サヲリは勝ち気で勇気がある。

私が後ろ向きなのに対し、サヲリはいつも前向きで元気がある。

私が助けれられるほうで、サヲリは助けてくれるほう。

だからこそ親友になれたのかもしれないけれど。

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「美優、あんた大丈夫なの?」

「うん....。でも何したか覚えてない...」

「まあ、無事だから良かったか」

そう言ってサヲリは私に微笑んでみせた。

そして、そのサヲリの笑顔に、私も救われた想いを実感した。

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そうした時だ。

二人のいる部屋からリビングを隔て、バタムとマンションのドアが開かれる音がした。

「しまった。鍵しめてなかったか...」

玄関からつぶやく男の声が聞こえてくる。

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(桐島さんだ...!)

(そうだ、桐島さんが帰ってきたんだ....!)

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「サヲリ!隠れなきゃ!」

私は慌てた。彼が戻ってきたことで途端に我にかえった。

「...え!?なに?誰?」

当たり前にサヲリは“この状況”を理解できていない。

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「ごめん!サヲリ!とにかく今は隠れてて!」

私は、介抱してくれたサヲリの腕から抜け、まだフラつきながらも彼女の腕を無理やり引いた。

「後で話すから!」

“何かマズイこと”だと察してくれたサヲリも「わかった」と小さく首を縦にふる。

私は、なるべく物音を立てずにサヲリの体をクローゼットの中に追いやった。

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その後、ほんの数十秒で桐島さんは部屋に入ってきた。

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「美優、まさか鍵を開けて外に出たわけじゃないよな?」

「...はい ...もちろんです」

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私は、桐島さんを裏切るわけにはいかない。

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桐島サダミツ。彼の名だ。

年はきっと30代か40代前半。

サヲリ同様に私を救ってくれた救世主だ。

桐島さんのおかげで今私は生きていられる。

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私は両親に愛されなかった。

だから物心ついてからロクに両親と会話はしていない。

両親の眼と声と存在感が嫌だったし、そうやって両親を嫌う私自身も嫌いだった。

リストカットも何度やったか分からない。

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しかし、桐島さんと出会って私は生きる喜びを得た。

彼は、何も知らない無知な私に、世間のことも、政治のことも、音楽のことも、運命のことも教えてくれた。

何よりも、孤独と苦悩しかない私のことを、彼は「素晴らしい」と絶賛してくれたのだ。

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なので、私は此処に安心して居ることが出来る。

必要なモノは全て桐島さんが外で買ってきて揃えてくれるし、私はにこやかにそれを待つだけだ。

誰かに苛められることもないし、親に責められることもない。

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....そう、私は桐島さんのペット。

優しい彼を裏切ってはいけない。

彼以外の人間と「接触」してはいけない。

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...........

「おい美優。何だかお前 ...怪しいな」

...........

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「....え!?」

その桐島さんの唐突な言葉に、私は心臓を針を刺されたような人知れずの鋭い衝撃を受けた。

...

(ど、どうして?... どこで私は“そう思わせてしまったの....)

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..........

「スマホは俺が取り上げたはずだ」

..........

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...しまった...

私は最大のミスを侵した...

そうだ、スマホは桐島さんに「取り上げられ、隠された」。

にも関わらず「この床の上には充電切れのスマホがある」。

...だめだ頭が回らない ...自分でも動揺した息づかいが分かる。

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...どうしよう、サヲリにメールしたことがバレたら。

...いや。そのサヲリが「今この部屋のなかに潜んでいる」ことが知れたらもっとマズい。

だって、桐島さんは、優しくとも厳しい人なんだ。

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サヲリの存在がバレたら、桐島さんは...

サヲリを殺すかもしれない。

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「あ.. あの.. 桐島さん...」

私はそれでも冷静を振る舞って何とか声を出した。

しかし、その声にかぶせるように、桐島さんは、冷徹な眼で私を見下げて語り出した。

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いいか。美優。

お前は「主人」であり「お前を救う存在」である俺との約束を破った。

そのスマホを使って、メールを使って助けを呼んだ。

「この俺から逃れよう」と助けを呼んだのだ。

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そして、この部屋に「誰か」をかくまっている。

誰なのかは知らん。だが、確実にかくまっている。

俺を見くびるなよ。

お前の“やりそうなこと”は、全てお見通しだ。

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...私は生きた心地がしなかった。

...桐島さんのその追求に、たぶん自分でもよく分からない奇声をあげた。

...だめ。大切なモノが壊れてしまう。

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「このクソ女が!!!」

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...そう大声で叫ばれた瞬間だった。私は桐島さんに殴打された。

顔も腹も殴られ、髪が抜けるほどに引っ張られた。

「...痛い!!! イタいデす!! ...ヤめて!」

「...やめテ..くだ! 桐シ..マさ!!」

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そして、桐島さんは何度も私に殴りかかると、暴れる私を押さえつけ、いつもの固い首輪を私の喉にくくりつけた。

「いいか。逃げられんぞ...美優」

..いつもの

..いつもの絶望にまた戻ってしまう。

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身体の傷みとその絶望で意識が薄らいでいくなか、私はクローゼットの中に身を潜めているサヲリの心配をした。

(逃げて!逃げて!逃げて!)と必死で祈った。

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...だってサヲリは関係ないのもの!

...サヲリは私の唯一の友達だから!

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だけど、その願いも届かなかった。

桐島さんはクローゼットの中を怪しんで、今まさにその戸を開けようとしている。

...........

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...........

桐島さんが昔、私に話してくれたことは本当だった。

「運命は決して変えられない」と。

犬は空を飛べないし、水は高い場所へは落ちないと教わった。

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だから、願いや努力は決して報われない。

私がサヲリと出会ったのも定まっていた運命であるし、今、私の首に固い首輪がハメられているのも、予め定まっていた私の運命なんだ。

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その真理を教えてくれたのが桐島さんなんだ。

そのお陰で、私は人にも人生にも期待せずに済むようになれた。

それまでの絶望から救われた。光が見れたんだ。

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...でも、今のこの絶望は何なの?

...ねぇサヲリ

...ねぇ桐島さん

...これは何なの...

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......

バタンッ

......

遂に桐島さんは、クローゼットを開けた。

「ごめん... ごめんねサヲリ...」

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しかし、そこにサヲリの姿は無かった。

そこに在るのは、掛けられた私の洋服と、黒いビニール袋が2つ。

...たぶん、掛けられた私の洋服と、黒いビニール袋が2つ。

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そして、桐島さんはクローゼットの中を指差し、衰弱した私に到底受け入れられない“あるコト”を話しはじめた。

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「見えるだろ、この中」

「そう、クローゼットの中だ」

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「分かるな」

「誰も居ないだろ」

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「お前が“妙だ”と数日前から監視カメラを付けたんだ」

「“ただの監視”のつもりだったけどな」

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「教えてやるよ、美優」

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「お前には」

「お前以外の“違う人格”がある」

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「だから、此処には“誰もいない”」

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...............

.....え

何を.. 何を..行ってるノ? 桐島サん...

....そこにハ、...サヲリが居るんダよ?

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...だって私 ...ソこにサ..ヲリを隠シタんだよ?

...ちゃンと探して..サヲリをサがしテよ...

.....サがして サをリ..たスケテ...あげテよ

.......キり島さん!..き..キ......

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.......

キ...キりシマァァ!ゥぅァアァアッッーー!!!!!

....

...

..

.

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..........

「佐山警部補、この部屋です!」

..........

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長く凶悪事件を見てきた佐山も、この部屋の惨劇には眼を背けるほどだった。

窓を閉め切った部屋の床と壁には、飛散した血液がドス黒いシミとなってこびり付いている。

また、食い散らかした腐敗物や糞尿などの汚臭でまともに息も出来ないほどだ。

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そして、異常極まる部屋の真ん中に大型犬用のゲージがあり、その中に全身アザだらけで首かせを付けられた「一人の女」が、眼だけを見開いて人形のように座り込んでいる。

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「おい!まだ生きているぞ!」

.........

女は確保された。

佐山らに抱えられたとき、その女は痙攣するように首を横に降り続けた。

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そして、現場調査の際、この部屋から1本の監視カメラ映像が見つかって佐山に届けられた。

佐山はその映像を観て、唖然とすることしか出来なかった。

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(映像の内容は以下の通りだ)

女はまず、部屋に籠ってひたすら独り言をつぶやいている。

自分のことを「ミユ」そして「サオリ」と語り、会話をしているようである。

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次に女は、食事を部屋まで運んできた母親を撲殺し、黒いビニール袋に詰めた。

また、その後に異変に気付き、部屋に入ってきた父親の首元に噛み付き、同様に撲殺して、黒いビニール袋に詰めた。

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「ねぇミユ!観てくれた? 邪魔者は私がやっつけてあげたからさ」

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部屋の監視カメラに向かって、女は自慢気に親殺しを語っている。

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録画の日付が変わり、部屋の様子が一変している。

部屋の中央に大型犬のゲージがある。

そのゲージの中に女は自分で入り、自分で首かせを付けている。

独り言はエスカレートしているようだ。

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また日付が変わる。

食事の買い出しのときだけ首かせを自ら外し、衣服を着替えている。

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監視カメラに向かい、今度は「逃がさんからなミユ..」と独り言を吐いている。

まるで男のような声だ。

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さらに日付が変わる。

部屋の様子は、佐山らが部屋に踏み込んだときとほぼ同じ、もはや人の住める環境ではない。

食べ物が尽きて、女はゲージのなかで衰弱している。

排泄もゲージの中で垂れ流しにしている。

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最後の映像だ。

「サヲリ」と呼んで笑ったり、自分宛にメールを送り続けている。

また、「キリシマさん」と呼んで、自分の顔や腹を執拗なまでに殴っている。

自分で殴りながら自分でヤメテと抵抗もしている。

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たびたび何か大声を発して、最後にやはり「キリシマ」だろうか?

.........

得体の知れない奇声を上げて、その女は倒れたのだった。

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>琴音さん
ああ、どうもっす。自分の作品だと、やはり読む人が怖がるのか、それともハラハラするのか、まあ実際よくわかりませんわw

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