他人には見えなくて、自分には見える物がある。
そのことに気付いたのは、自分が小学校に入学してからだった。
身体中傷だらけで、片足の無い女の人。
フラフラと目の前を通った彼女を見て、自分は友人に「女の人、痛そうだね。」と言ったのだ。
帰って来た返事は「え?何処?」だった。
見逃したのだろうと思い、道の反対側に移っていた彼女を指差すと、もう一度「何処?」と言われた。
「女の人なんて、何処にも居ないじゃん。」
からかっているようには見えなかった。
どうやら、本当に見えていないらしい。
「・・・ごめん、何でもない。」
それから、俺は、自分が見た物を他人に話さないようになった。
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そんな一年生時代から早三年。
見えない物が見えても、聞こえない物が聞こえても、嗅げない物が匂っても、頑張れば結構何とかなるもので、俺の小学生活はまぁまぁ充実していた。
ただ、如何せん自分の世界を共有する相手が居ないというのは退屈だし、両親も兄弟も友達も、皆、俺とは違う世界を見ているのだと思うと、少しだけ寂しくもあり、不安でもあった。
だってそうだろう?
特撮番組のようなあからさまな怪人や、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる魑魅魍魎は《当然》とでも言いたげな顔で存在しているのに、肝心の戦隊ヒーローや鬼太郎が居ないのだ。
出来るのは自衛のみ。頼れる人も居なければ、相談出来る相手も居ない。
町中の《出る所》を把握し、対処法を探し、見付け、尚且つ其れを誰にも悟られぬように実行していく・・・。
嗚呼、こんな魔法少女のような二重生活を余儀無くされているのは、何故なのだろう。何故に俺がこんな目に遭わなくてはならないのだ。責任者出て来い。
・・・まぁ、そんなことを愚痴った所で助けは無いし、現状は何も変わらないのだが。
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其の日、俺は近所のスーパーに買い出しに向かっていた。カレーに入れる玉ねぎが無かったのだ。
父曰く「残ったお金でコロ○ロ買っていいから。」
後は森の横の道を抜ければ、もうスーパーは直ぐ其処だ。コロコ○を買って、其れでもお金が余ったら何を買おう。多分百円以上は残る筈だから・・・。
俺は少なからず胸をときめかせながら、小走りで道を進んでいた。
其の時だ。
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ガサッッ
と音がして、突然、藪の中から何かが飛び出して来た。
・・・・・・何だ?!
咄嗟に身構えたが、よく見ると、其れはボロボロではあるのだが、普通の人間。
歳は・・・俺と同じ位か、少し下だろう。男子だが、学校では見たことがない。他校の生徒だろうか。キョロキョロと辺りを見回し、ホッと息を吐いている
不審だ。凄く不審だ。
「あ・・・!えっと・・・あの・・・!!」
少年が此方に気付き、慌てた様子で手をわちゃわちゃと動かし始めた。
「あの、その、此れは違くて・・・!!」
弁明をしたいのだろう。何が違うのかは分からないが。
此処で無視してスーパーに向かってもいいのだろうが、流石に其れは良心が痛む。
「・・・・・・どうしたの。」
棒読みだったかも知れないが、目の前の少年に質問してみた。彼が益々わちゃわちゃしながら口を開く。
「あの、実は、その・・・
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ガサッッ
shake
先程、彼が出て来た藪から、また何かが出て来た。
ヒョロリとした日傘の女の人。
「ひろくん、みーつけた。」
にたっと笑った顔には、目玉が無かった。
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《ひろくんのお母さん》は、近辺の小学生に噂されている、都市伝説のような存在だ。
目の前で息子を交通事故で失った女が、悲しみのあまり自分で自分の目をくり抜いた後に自殺。死んだ後も息子を探し求め、子供を息子と勘違いして連れて行こうとする・・・らしい。
成る程。あの少年は、こいつから逃げていたのか。
「ひろくん、かえろーぉ。かーえろーぉ。」
妙なイントネーションでヨタヨタと歩いて来る《ひろくんのお母さん》。
一方、少年を見ると地面にへたりこんでいる。腰でも抜かしたか。
俺は口を開き、大きな声で言った。
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「トラック呼ぶぞ、トラック呼ぶぞ、トラック呼ぶぞ。」
一言目で硬直、二言目で此方を向き、そして三言目。《ひろくんのお母さん》は、耳障りな金切り声を上げて逃げて行った。
驚きの表情で俺を見上げる少年。
「・・・ひろくんがトラックで轢かれたから、こう言うと逃げるんだと。」
俺がそう言うと、彼は無言でコクコクと頷き、一言
「見えるんですか?」
と聞いて来た。
「見えるよ。」
そう答えると、呆気にとられたような顔が一気に輝く。
「追い払えるんだ・・・。凄いです。」
「いや、うん、まあ・・・。結構有名だし、呪文も伝わってるから。」
寧ろ、近所の小学生で知らない方が珍しい。何処の学校にだって出回っている話の筈なのに・・・。
・・・こいつ、何なんだろう。
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俺の心を見透かしたように、少年が頭を下げなから言った。
「あの、僕、木葉っていいます。」
作者紺野-2
どうも。紺野です。
アンケートの結果《兄達の出逢い》《愚痴》《本編》の順で書くことになりました。
御意見をくださいました皆様に、心から感謝の念を表したいと思います。
本当に有り難う御座いました。
庭の池のキュルキュル鳴く奴なのですが、関係有るかは分かりませんが、其れらしき物を見付けました。