母方の実家には古いタンスがある。何代前の物かわからないほど年季が入った品だ。
いかにもいわくがありそうなシロモノではあったが、祖母は特に気にすることもなく普通に古着などを入れている。以前、面白い話の一つでもないかと聞いたら、大地震の時ビクリともしなかったとかそういうのしか出てこなかった。私にとって至極どうでもいいタンスである。
この間、実家が古物商を営んでいる友人にそのタンスの話をしたところ、歴史的にも価値があるタンスと特徴が似ている、と言われたのだ。
私はまさかなーとは思ったが、近く祖母の実家へ墓参りのため帰省予定があったので、写真の一枚でも撮ってくるつもりではいた。
帰省の日、墓参りを終えた帰りに祖母の家に立ち寄ると、ちょうど出払っているらしく誰も居なかった。裏の畑にでも行っているのだろう、そんな感じで深く考えず、タンスのある部屋へ入った。
携帯のカメラ機能を立ち上げ、画面越しにタンスを狙う。
すると奇妙なものに気づいた。タンスの端に何かがひっかかっている。私はタンスに近づき、それが何かを確かめた。何の事はない。布の切れ端だ。引っ張ってみると、タンスの下からするする布が出てくる。
タンスが動かないように下敷きにしているのだろうか。だがそれにしては長すぎる。もう数メートルも引き出しているのにまだ出てくるのだ。布は何故か泥で汚れている。
がちん。そんな音が聞こえた気がするほど唐突に、布が引き出せなくなった。引っ張ってみる。だが、杭で縫い付けられているかのように動かない。
なにか聞こえる。時計の針がちくたく言うような音が包丁の先ぐらいの細さで近づいてくる。
私は非常にまずい状況にいることに気づいた。早くここから、この部屋から出なくてはならない。私は立ち上がり、開きっぱなしのふすまを潜ろうとして、ぎしり、と、何かに腕を引っ張られて倒れた。
振り向くと腕に布が張り付いていた。さっき引き出した布だ。腕に、まるで元からそういうものであるかのように癒着し、剥がれなくなっている。剥がそうとするともう片方の腕にも張り付いた。ちくたく音が近づいてくる。
そこで音が時計の針の音でなくなっている事に気づいた。いや、音は同じ。さっきまでは泥に反響して聞こえなかったのだ。昔見た映画で聞いたことがある。これは虫の関節が小擦れ合って軋むときの音だ。それがものすごい速度で大きくなっていく。音が衝突するような錯覚、そして唐突に音が止む。
タンスの下で何か、光る。動く。あれは眼だ。何かを探して動いている。眼は私を見つけて一点で集中した。
「なにしてる!」
背後からなにかが飛び込んでくる。見覚えのあるその姿は、まさしく私の祖母だった。
祖母は私の手に付いている布を引っぺがすとタンスに跳びかかり、蹴って、蹴って、蹴り倒した。何分位たったのだろう。3分は過ぎただろうか。足がようやく止まり、祖母が振り返る。
「何だ来てたのか」
なんでもないことのように祖母は言う。その声を聞いた私は全身の力が抜けると同時に、自分が呼吸していなかったことに気がついたのだった。
あとで祖母に聞いた話では、あのタンスの下には穴が開いていて、中には神が棲んでいるらしい。相当良くないものらしく祖母の命を常に狙っているそうだ。私がこういう目にあったのも祖母と間違えたからだという。
私がいる限り悪さはさせないよ。祖母はそう言って快活に笑ったが、あなたが死んだら大変なことになりますよね、それ。
作者微笑み椅子
この話はフィクションです
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