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母親から電話があったのは、夜遅く帰宅した直後だった。
「もしもし。なんかあった?」
疲れを態度に出さないように電話に出る。
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「火事があったよ。」
「はぁ?家が燃えたんか?」
「馬鹿だねお前は。5件隣だよ。つい1ヶ月位前。」
…いやいや随分前だな。
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「えっと…家は無事なんか?」
「無事よ。」
なんだよ無事かよ。よかったわ。
「……んで?どうしたのよ?」
照れ隠しでつっけんどんな対応になる。
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「今度いつ帰ってくる?」
・・・あぁそう来たか。
「この時期はちょっと難しいな。繁忙期だし。」
・・・親父も死んで一人暮らしは寂しいのだろうな。久しぶりに帰って温泉でも連れてってやるか。
「まあほらあれだ。こっちに遊びに来るか?それとも9月頃なら休みがとれるかも。」
「お前私が寂しくなってこんな電話したと思ってるだろ?」
「照れんなよ。わかってるよ。」
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「馬鹿息子。違うわ。さっき火事があったって言ったべ。5件隣って言われても思い出さんか?」
……なんだこのツンデレババア。そんなこと言われても何も……
「あっ」
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「やっとか。」
「志田の?」
「そう志田の。自分で家に灯油巻いて火ぃ着けた。」
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3年前、自分が東京で就職が決まった頃。志田さんは一人暮らしの老人で身寄りもなく、既に狂っていた。
道行く人に罵詈雑言を浴びせる。家の外壁に自分の糞便を塗る。頭から血を流したまま近所を徘徊する。
直接的な被害が少なく、外に出ている時間が少ないことから、なんとなく誰も然るべき機関に通報はしなかった。
ただ、奇行を恐れて志田さんの家には誰も近寄らなくなっていた。
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「志田のとこだけ全焼で隣は燃えなかったみたい。」
「志田さんは施設かなんかに入ったのか?」
「死んだ。家に火着けた後玄関前で自分も灯油かぶったんだと。」
なんとも言えない気持ちになった。
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精神的におかしくなっていたとはいえ、一人暮らしの老人が近隣から疎外され、最後には焼身自殺か・・・。
「・・・なんかかわいそうだな。」
素直に、感じたことを伝える。
「何がかわいそうなもんか。死んでからも迷惑かけおってよ。未だに徘徊しとる。」
・・・ん?
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「焦げ臭くてかなわんわ。何が面白いのかゲタゲタ笑いながらそこら辺歩き回りよって。」
・・・何言ってんだ?
「町内会でそのこと話したら、今度は私が狂ったと思われとるわ。」
・・・落ち着け。この人は何を言っている?
「どうもその後から家の周りに見張りみたいのが立つようになって、頭に来たから見つけるたんびに怒鳴り散らしてやってるわ。」
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淡々とした口調で母親は続ける。
「それでも見張りが消えんからどうしたもんかと思ってたら、志田がいいこと教えてくれたのよ。」
・・・落ち着け。何か言わなきゃ・・・。
「家の壁に糞塗りたくれば見張りも近づいてこんだろう。だと。迷惑な奴だけどたまには役に立つわ。」
既に言葉のない私に母親は問いかける。
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「私一人じゃ大変だから手伝いに来い。いつ帰れる?」
作者津軽
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