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8月14日午前2時30分ごろ、xx町のバーガーチェーンxx店の前で、歩いて横断していたZ子さん(24)が車にはねられ、全身を強く打って間もなく死亡した。
車はそのまま逃走、xx署はひき逃げ事件として、逃げた車の行方を追っている。
< xx新聞 >
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……
…………
がくんと首が揺れて目を覚ました。
まどろみが解けて急速に視界が開けてくる。
辺りを見渡すと、そこはバーガーショップの店内だった。
車で帰宅する際に軽い夕食を取ろうと店に寄ったことを思い出した。
繁華街からは離れた郊外にある店舗だった。
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時刻を確認すると深夜の二時三十分、窓の外に目をやると真っ暗な中に幹線道路とその向こうに雑木林が見えた。
深夜残業が相当に堪えているのか、食事を終えてそのまま眠ってしまったらしい。
テーブルの上にはトレーが置かれ丸めたバーガーの包装用紙が載っていた。
その隣に同じバーガーがもう一つ封を開けずにあった。
どうやら二つ目に取りかかる前に力尽きてしまったようだった。
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疲れた中年が寝起きにあたふたやっていたのを誰かに見とがめられてはいないかと、改めて店内を見渡してみた。
店の中心からは外れた一角でここからはカウンターを確認することはできない。
最も離れた窓側のテーブルにサラリーマン風の男が座り、もう一方の壁側のテーブルに若い女が一人座っていた。
上半身しか確認できないが、胸の位置ほどの衝立を挟んで二人は向き合うような形になっている。
思わず女と目が合った。
と言うよりも女はこちらをじっと凝視していた。
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気恥ずかしさもあり苦笑いを投げかけるも、女は固まったように表情を変えなかった。
真っ白な顔に目だけがやけに血走っている。
それでいて薄笑いをしているような焦点が合っていないような、何を考えているのか測りかねる表情だった。
セミロングの髪の毛はつやがなく、十二月にも関わらず上着はTシャツだけという季節外れの格好をしていた。
Tシャツは湿っているのか、着るというよりはむしろ女の痩せこけた身体にべたりと貼りついているようだった。
赤と黒の中間色のような濁った色のTシャツだった。
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本来生き物を見れば、無意識にでも生命力のようなものを感じるものである。
大木が空に向かっている葉をのばす様子、犬が飼い主に向かって駆けてくる様子、人が悔しくて大声で泣く様子。
生物の力強さや生命としての納得感は、そういった生命力に起因している。
逆にそれがないのは、無機物かもしくは死体といった類のものだ。
不思議なことに女からはそういった生命力を感じることができなかった。
微動だにせずこちらをじっと見据えている。
遠近感を無視したシュール絵画のような、手前にいるようにも奥にいるようにも見えた。
少し背筋がぞくりとして目をそらした。
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店内は奇妙なほど薄暗かった。
一体このチェーン店の照明はいつからこんなに陰気になったんだ?と疑問を感じずにはいられなかった。
女とサラリーマン風の男、その他に客の気配はなく、店員の声も聞こえなかった。
昼間は若者や家族連れで賑わうのだろうが今は寒々としていた。
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何だか気味が悪いしさっさと帰ろう。
そう思った矢先、急に女が音もなく立ち上がった。
それまで衝立で隠れていた女の全身が現れた。
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驚いたことに、女には下半身が無かった。
正確には、腰から下の部分がすっぱりと切断され、切り口は泥土のように崩れ落ちている。
女は立ち上がったのではない。
上半身だけが宙に浮いているのだ。
あまりの衝撃に椅子にのけ反ってしまった。
自分はまだ夢でも見ているのだろうか。
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足元から得体のしれない恐怖が這い上がってくるのが分かる。
さっさと帰れば良かったという後悔が頭の中を駆け抜けた。
すぐにその場を離れようと思ったが、裏腹に身体が硬直して動かない。
蛇ににらまれた蛙とはこういうことを言うのかもしれない。
指先だけが細かく震えている。
助けを求めるように窓際に座っている男に恐る恐る視線を投げかけた。
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不思議なことに男は女をまじろぎもせずに直視していた。
そして視線をすべらせて、こちらに目を向けた。
男の表情は青ざめていた。
唇を震わせて小刻みに首を動かしていた。
まるで「逃げろ」と訴えているようだった。
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ここにいてはいけない。
この女は、この世のものではない。
全身が総毛立ち強烈な尿意を腹に感じる。
女が静かにこちらに向かってきた。
向かってくるというよりも、視界の中で女だけがすーっと拡大してくるようだった。
拡大するにしたがって、女の顔が次第にはっきりとした形を帯びてくる。
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女は嗤っていた。
いつの間にか口を大きく開けて嗤っている。
嗤っているが何故か一切音が聞こえない。
左右にゆっくりと首を振っている。
こちらに近づいてくるにつれて、その振れ幅が大きくなってくる。
それは、髪を振り乱して表情すら確認できないほど激しくなっていった。
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その時、女の背後で男がもぞりと動くのが見えた。
何か叫んだような気もするが内容までは判然としなかった。
瞬間、女の姿が目の前から消失した。
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静けさの中で自分の心音だけが店内に響いている。
女は眼前からさっぱりと消え失せていた。
呼吸を今まで忘れていたかのように必死に取り戻した。
助かったのだろうか。
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男に目をやると相変わらず青ざめた顔をしている。
彼としばらく目を合わせたまま、声を発することができなかった。
そしてようやく「彼が助けてくれた」という事実に思い至った。
具体的におこなってくれたことは分からないが、実際彼の何らかの動きによって得体のしれない女の姿は消え失せたのだ。
どうにか謝意を伝えようとしたその時、彼がゆっくりと席から立ち上がった。
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何と彼には下半身が無かった。
腰から下は、泥土のように赤黒く崩れている。
上半身が宙に浮いていた。
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強烈な目まいを覚えた。
男の表情は薄笑いのような表情に変化していた。
そしてこちら側に音もなく、そうまるで拡大するように近づいてきた。
いつしか左右に首を振り狂ったように嗤いだした。
音だけ別の世界に置き忘れた静寂の嗤いだった。
ガクンガクンと首がもげそうなほど激しく首を振る。
まるで肩から上だけが違う生き物のようだった。
目の前で展開される異様な光景に体中の細胞が悲鳴を上げた。
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突如、男が先ほど何と叫んでいたのかを思い出した。
男は女に向かってこう言ったような気がする。
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「おれが連れてゆくから」
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-- 二日後
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某喫茶店で、AはBから渡された新聞記事の切り抜きをまじまじと見ていた。
若い女がバーガー店の前でひき逃げされたという三か月ほど前の事件だった。
犯人はまだ捕まっていないらしい。
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「で、もう一枚がこれだ」
Bは興奮した様子で新たな新聞記事をAに手渡した。
先ほどの記事から三日後の日付になっている。
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8月17日午前2時30分ごろ、xx町のバーガーチェーンxx店の前で、Y夫さん(28)が同町xxさんの車にはねられ、腹部などを強く打ち、間もなく死亡した。
xxさんの話によるとY夫さんが突然道路に飛び出してきたと話している。
Y夫さんの妻のZ子さんは三日前同じ場所でひき逃げの被害に遭い死亡している。
Y夫さんの自宅からは「俺もすぐに行く」という内容の遺書が発見されている。
警察は、さらに詳しい事情を調べるなどして、当時の状況を調べています。
< xx新聞 >
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「何だこれ」
Aは絶句した。
「後追い自殺っていうのかな、こういうの。奥さんがひき逃げされた三日後だよ。同じ場所で。同じ時刻に」
高ぶりを抑えきれない様子でBがまくし立てた。
Aは二つの新聞記事を改めて見比べ眉をひそめた。
「それからバーガーショップで、例の怪死が起こり始めたのか?」
「そうなんだ」
Bは慌ただしくコーヒーを一口すすって続けた。
「バイトの子の話によるとこれで七件目らしい。客が店の中で死んだの。しかも全部が原因不明」
Bはスマートフォンを見ながら続けた。おそらくメモ代わりに使っているのだろう。
「一昨日死んだのは都内のサラリーマンだってさ。バーガー一つ残して突っ伏して死んだらしい。おまけに小便まみれだったんだとよ」
「小便?」
「そう小便。よっぽど怖かったのかもな。そもそもあの店、下半身のない女を見たとか男を見たとか、客から度々言われてたらしい」
「下半身のない女と男?」
「ひき逃げされた女と後追い自殺の男、聞くところによるとどちらの事故も被害者の下半身がズタズタになってぶっちぎれたらしい」
「うーん」
Aは低く唸った。そして馬鹿馬鹿しいと思いつつもBに聞いた。
「二人が幽霊にでもなって化けて出てるって?」
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Bは質問に答える代わりにズボンのポケットから煙草を取り出し煙を一息くゆらせた。
そしてぼそりと呟いた。
「分からんよ。ただ……」
目の前の冷めたコーヒーの表面を見ながら話を続ける。
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「ひょっとしたら、夫婦は逃げたひき殺し犯人を探して、いまだにさまよっているのかもしれないなと思って……」
Bの明るいトーンが急に落ちた気がした。
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十二月にしては暖かい日だった。
Aは何気なく窓の外に目をやった。
Bの乗ってきた赤いスポーツカーが日の光を浴びている。
心なしか以前よりも光沢が増した気がする。
最近板金塗装にでも出したのだろうか。
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