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私が中学三年の時に母が再婚し義父ができた。難しい時期にも関わらず、義父の程よい距離感からか、
自然と打ち解けられるようになった。あれから数年。普段から何を考えているのかわからない
ところがあったが、義父と私は上手くやっていた。そんな義父とのある日の話。
ある朝、友人の家に向かおうと外出すると、どこかに向かう義父と出くわした。天気は曇り。
木枯らしが頬に鋭くささる。どうやら夕方から雪が降るらしい。
義父は公園に向かうようで、駅に向かう道を二人して歩く。公園につくと辺りを見回し
電灯のあたりで何やらしゃがみ始めた。そこには片耳に裂めの入った猫がいた、かわいい顔した三毛猫である。
義父はその猫に会うのが目的のようだった。「今日は寒いからね、様子を見に来たんだ」
義父は猫を見ながら私に言った。この公園では地域猫を管理しているようで、義父は猫の毛並みを整え、
軟膏を足の傷に塗ったりとかなり手慣れた様子である。猫は終始義父から離れず、電灯近くの寝床まで
ニャーニャー言いながら義父について行く。寝床に一つまみの煮干しを置き、父は「行こう」と言った。
私も猫に触ろうと手を伸ばしたが、今まで穏やかに鳴いていた猫はフシャーと言いながら
私を警戒している。どうやら嫌われてしまったようだ。「私が何をしたんだよ」と恨み言を言うと、
義父は苦笑いしていた。
友人宅で酒を飲み、終電で駅に戻った。酒の酔いも夜になって増した寒気で醒め始めている。
雪が降り積もり、足を進めるとキュッキュッと新雪の音が鳴る。帰り道に公園の横を通り過ぎる際、
朝の猫の事を思い出した。街灯も少なく公園のほとんどは深い闇の中ではあるが、
公園の門から猫の寝床の方向を覗いてみる。当然見渡すことはできない。
しかし、暗闇に目が慣れ始めると近くで気配を感じた。気配は小さな足音を立てながら
ゆっくりと奥に向かっていく。私は朝の猫が物音で起き、こちらに向かってきたのではないかと思い、
ゆっくりと気配を追いかけ始めた。寝床近くの電灯に近づき、そのシルエットがはっきりした時、
体が固まる。猫はいつの間にかこちらを向き私をじっと睨みつけている。朝の猫のようではあるが
よく見ると猫の右目には爛れたような跡が見える。猫の視線は相変わらず私をじっと睨みつけている。
私の体の強張りはいつの間にか硬直に近いものになっていた。
体の硬直を解いたのは、後ろの手を掴まれた為であった。私は「ひっ」と情けない声を上げる。
掴まれた手の先には懐中電灯を持った義父がいた。「何をしてるの?」怪訝そうに私に問いかける。
「あっちに猫が!」声を上げるものの、辺りに猫がいる様子はなかった。
「何もいませんよ」義父は笑顔を浮かべる。「でも、」と言いかけた私は懐中電灯の照らす先を見て、
押し黙った。雪の歩いた跡にあるはずの猫の足跡は見当たらず、私と義父の足跡しか無い。
懐中電灯を借り、更に周りを照らして見るもののやはり足跡を見つけることはできなかった。
公園を後にし家に帰る。帰り道、義父に話を聞くと、遅くなった私を迎えに来た際、
ふらふらと公園に向かう私の姿が見えたとか。何かいなかった?再度聞いてみたが、
義父は私以外何も見ていないとの事だった。家の玄関に帰ると、朝の猫がニャーニャーと
すり寄って来る。天気が落ち着くまで、保護するとの事。はたしてあれは何だったのか?
あれから度々公園を通るが、あの日以来、夜の公園に行くのは避けている。
作者ノエ太
猫と義父と私の話です。よろしければお暇なときにご覧ください。