始業式の日、放課後にスマートフォンを確認すると、兄からlineが来ていた。
『良ければ、今日の仕事を手伝って欲しい』
発信されたのは凡そ二時間前。
文字ボードをタップして返事をする。
『時間はどれ位掛かりますか?』
日曜日の昼間は薄塩達との約束が有るのだ。
既読マークは数分後に付き、直ぐに返事は帰って来た。
『今日の夜から、明日の朝くらいまでかな。仕事が終わるのは多分深夜になると思う。』
帰れるのは土曜日の朝。ならば、ゆっくり休んで次の日遊べる。
『其れなら、別に構いませんが。』
『じゃあ二十時に。○○神社で。』
『はい。』
返事をした後気付く。一体、仕事って何をするのだろうか。
『仕事内容は何ですか?』
さっきまでやり取りをしていたのに、既読が付かない。
そして、結局、其の僕が送ったlineに既読が付くことは無かった。
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・・・・・・・・・。
「明けましておめでとう。野葡萄君。」
「明けましておめでとうございます。」
午後八時の神社で、互いに挨拶をし合う。烏瓜さんは今年も変わらず声が嗄れていた。
兎のシルエットが小さく施されたワゴンも、去年と変わらない。
「早速だが、移動を開始しようか。結構遠い所なんだ。」
「はい。」
後部座席に乗り込み、目を閉じる。瞼の上に布の感触。目隠しだ。
烏瓜さんは何時も、猿の面を付けている。ゴツゴツとした木彫りで、顔の殆どを覆い隠してしまうような奴だ。そして、其れを滅多に外さない。
どうしても外さなければならない場合は、僕から離れるか、又は今回のように僕に目隠しをする。
なので、僕は未だに彼の素顔を知らない。
「相変わらず犯罪染みてますね。」
「此ればっかりはね。流石の私も此の面を付けたまま運転は無理だ。」
後部座席のドアが閉められる音、運転席に烏瓜さんが乗り込む音、運転席のドアが閉まる音、エンジンの発進音と振動。視覚を封じられるだけで、残された五感がフル活動し始めるのが分かる。
此の感覚は、あまり好きではない。
「移動、どれくらい掛かりますか。」
「一時間ちょいかな。」
彼の言う所要時間は、大体、実に掛かる時間より少し長い。着くのは一時間後だろう。
ふーん、と相槌を打ち、また新しい質問をする。
「今回の仕事内容って、なんですか。」
「君は付き添い。私のすることを見ててくれれば良いよ。」
「じゃあ、烏瓜さんは何をするんですか。」
「新年の挨拶かな?あと、御供え。」
彼の仕事の特性から、相手は人間ではないだろう。神か妖怪か、はたまた悪霊の類い。僕を連れていくのだから、危険は無いのだろうが。
一通り思考を終えると、することが無い。ゴトン、と軽く揺れて車が停止する。
カンカンカンカン、と遮断機の警告音。
踏切。神社近所ならば・・・いや、考えたところで意味がない。
暫く待つと、ゴオッと風の音がした。電車が通ったのだろう。音が遠ざかると、車が再び動き出す。
沈黙が何と無く不安を煽るので、どうでも良い言葉が口をついて出た。
「寒いですね。」
「暖房、効いてないかな。なら、もう少し強くしようか。」
「・・・有り難う御座います。」
顔に柔らかな風が当たる。また会話が終わってしまった。
「烏瓜さ」
「君は、暗闇が怖いんだね。」
途中まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
烏瓜さんは笑ったようだった。
「大丈夫だよ。」
「・・・・・・何が。」
質問には答えてくれなかった。
「どうしても無理なら、寝ちゃいな。今日は夜更かしになるから。」
「子供扱いしないでください。僕、もう十九になるんですよ。」
「子供扱いされたくない内は子供だよ。」
「有りがちなセリフですね。」
「真理ってのは案外平凡なものさ。」
臭いやり取りの応酬をしている内に、少しだけ眠たくなってきた。
欠伸を噛み殺し、布の上から目を擦る。
「ほら、眠いんじゃないか。」
前方から笑い声。
僕は悔しくなったので、返事せずに目を閉じた。
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・・・・・・・・・。
「野葡萄君、野葡萄君。起きなさい。」
額に当たる等間隔の打撃で目を覚ました。目を開けると、烏瓜さんが僕の額をノックしていた。
「熟睡じゃないか。着いたよ。仕事だ。」
もう面を付けている。
「・・・はい。」
身を起こして車から降りると、辺りが自棄に暗いことに気が付いた。
「此処は?」
「とある池。危険だから其れ以上は教えない。」
「池・・・?」
顔を左右に動かすと、成る程、小さな池が見えた。
暗い中でも分かったのは、街灯が一本、ポツンと立っていたからである。
どうやら、船着き場のような出っ張りに設置さらているらしい。
だが、こんな小さな池に船着き場?
妙に思っていると、烏瓜さんは丁度船着き場のようなものを指差す。
「判るかい?彼処に木の板で出来た出っ張りが有るだろう。」
「はい。あの船着き場みたいなのですよね。」
「そう。今日は彼処で仕事をする。滑りやすいから、ゆっくり付いておいで。」
烏瓜さんが先に立って歩き始めた。手に釣竿のようなものを持っているのが見えた。
「其れは?」
彼は振り向かずに答えた。
「あっちに言ったら、説明する。」
カサカサと踏まれる枯れ草の音が響いている。
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・・・・・・・・・。
池の畔に着くと、街灯の真下だからか大層辺りが暗く見えた。暗闇に慣れた目が、一気に元に戻ってしまったのだろう。
その代わり、手元が明るい。兄が持っているものも、よく見えるようになった。
「・・・其れは、なんですか?」
見た目は、ザリガニ釣りの釣竿によく似ている。細い竹の棒に糸をくくりつけただけの簡素な竿だ。
だが、餌に当たる部分が、少しばかり妙だった。
星型の陶器のようなものが付けられているのだ。厚みがあり、中央に穴が開けられていて、少し鈴に似ている。中はどうやら空洞のようだ。
穴からは土に見えるペースト状のものが覗いていた。どうやらぎっしり詰め込まれているらしい。此れでは、鈴にしても音は出まい。
「何か・・・ねえ。名前とかは無いんだ。けど、強いて言うなら《ホシカタシロ》かな。仲間内でそう呼んでいるから。」
「何に使う道具なんですか?」
「こう。」
兄がおもむろに、星型の何かを軽く放り投げた。ぽちゃん、間の抜けた音がした。着水したようだ。糸はそう長くないので、直ぐにピンと張る。
水面を覗いたが、水が緑色に濁っているので、糸の先は見えない。
兄が竿を、トン、トン、と揺らし始めた。
「・・・釣り?」
「いや、溶かしているのさ。」
「何を。」
尋ねてはみたが、十中八九、あの空洞に詰められた何かだろう。けれど、何が詰められていたのか僕は知らない。質問としては間違っていない。
やはり、土だろうか。
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「魂だよ。」
「え?」
烏瓜さんが言った。まるでなんでもないことのように。
「・・・なんて、言ったんですか。」
聞き返しても答えは変わらなかった。
「魂を、水に溶かしているんだ。」
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・・・・・・・・・。
ゆらゆらと竿を揺らし続けながら、烏瓜さんは淡々と質問に答えていく。
「魂を水に溶かしている。」
「魂って、あの穴に詰め込まれていたものですか。」
「そう。」
「なんの為に。」
「・・・強いて言うならば、生け贄かな。」
「生け贄?」
穏やかじゃない単語が出てきた。確かにさっき、御供え物をするとは言っていたが。
困惑する僕を尻目に、彼は竿を持ち上げた。
糸を手繰り、星型の何かを確認する。空洞に詰め込まれていたペーストは、もうすっかり空になっている。
「うん。まあ、こんなものだろう。」
星型の何かを糸から外し、ポケットから取り出した布にくるむ。
「さて、行こうか。」
「何処へ。」
「車。移動だよ。」
釈然としない。まだ説明を受けてすらいないのだ。
「烏瓜さん。」
「早くおいで。」
懐中電灯の光が暗闇に筋を残す。置いて行かれたら大変だ。僕は慌てて彼の元へ駆け寄った。
背後で、ぽちゃんと水音がした。魚でも跳ねたのだろうか。振り向いても、水面は静かなもので波一つ立っていなかった。
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・・・・・・・・・。
車内は外と比べると暖かかった。暖房の余韻がまだ残っていたからだ。
「ホシカタシロはね、ホシ・カタシロで分けるんだ。星型の形代って訳だね。捻りの無いことだ。」
車のエンジンが掛かり、兄が話を始める。
「でも、本当は星じゃない。この形は、人間の五体を表している。頭と手足をね。そして、中に空洞を作り、其処に魂の代用を詰める。けど、昔はーーーーー」
進み出した車。けれど、目隠しをされている身では景色が変化するという訳でも無く、何処にも進んでいないようにも思えた。
言葉を切った烏瓜さんが、苦笑混じりで呟く。
「君は、私が次に何を言うか知ってるんだろう?」
今の僕は、ミラーに写っているのだろうか。きっと情けない顔をしているに違いない。
其れでも、後部座席の中央へと少し身を乗り出し、大きく頷いてみせた。
「昔は、本物の人間を使っていたんですね。」
ガタン、と車が大きく揺れた。
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・・・・・・・・・。
「あの池には、大きな魚が住んでいるそうだ。鯉だか鯰だかが。只の魚じゃなく、神に近い存在。雨をもたらす。其れが人の魂を好物にしているから・・・」
「人間を、溺れさせたんですね。」
「そうだよ。」
返事は簡潔だった。更に説明が続く。
「小さな子供を紐に括り付けて、水の中に入れる。何度も揺らして、魂を水に溶かし込むのさ。」
「ただ水に突き落とすだけでは駄目な理由は?」
「有ると思うのかい?」
「ええ。さっき貴方は、紐に付けたホシカタシロとか言うのを水から引き揚げた。そして、今何処かへと向かっている。・・・此れが昔の儀式をなぞったものならば、何か意味が有る筈です。」
ホシカタシロはイコールで、子供の死体。態々引き揚げる理由が有る筈なのだ。
溺れさせるだけならば、そもそも紐で括る理由が無い。
「紐を付けていたら、子供が溺れて足掻くのが分かるでしょう。死んで行くのが、死ぬ瞬間が、文字通り手に取るように分かってしまう。何の意味も無しに、そんな心苦しいことをするとは思えません。」
兄は呆れたように笑った。
「・・・君は、利口だなあ。」
ゴトゴトと車体が揺れる。そして、振動が小刻みになった。コンクリートの道路に出たらしい。
「ちゃんと話すよ。もうすぐ次の場所に着くから、そしたらね。」
時間からして、家に帰るという訳ではないだろう。やはり、中身の無くなったホシカタシロを、子供の死体を、何処かに運ぶのだ。
息を大きく吸い込み、そのまま飲み込んだ。
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・・・・・・・・・。
互いに沈黙してから進むこと五分。車が停まった。
「着いた。此処だよ。」
其処は、何処かの道路の道端だった。
「え?」
てっきり、寺だか神社だかに納めるのだと思っていた。だが、見渡す限りそんなものは何処にも無い。
「此方だ。ほら、此処。」
道端の横に有る林に設置された小さな祠。兄は僕にそう呼び掛け、布にくるまれたホシカタシロを、ボロボロの御供え台の上に置いた。
「はい、終了。」
そして、僕が彼の元へ行く前に、何か言おうと口を開く前に、戻って来てしまう。あまりにもあっさりとした印象を受けた。
兄は伸びをしながら言った。
「さて、次で最後だ。行こうか。」
「説明は?」
「車の中でね。」
「御祈りとか、しなくて良いんですか。」
「何に。」
「神様。あの祠の。」
「ああ、別に良いんだ。」
車のドアを開ける彼の手が一瞬ピタリと止まった。
「どうせ、何もいないからね。」
「え?」
「ほら、早く乗りなさい。置いていくよ。」
僕は生返事を一つして、車に乗り込んだ。
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・・・・・・・・・。
車が道路を走る。
「あの祠に奉られているのは、何かの獣だそうだ。此の獣は、豊作をもたらす神と言われていた。獣は、肉を好んで食べた。」
成る程。
「・・・・・・使い回しですか。」
死体を納めるというのは間違っていなかったのか。供養や弔いではなく、更なる供物としてではあったが。
自分の表情が歪むのが分かった。
兄の声が前方から聞こえた。
「使い回しではないさ。魂は池の神に、肉体は山の神に。分けて使っていたんだよ。」
「だとしても、何だか嫌ですね。」
「別々に殺したら手間だし、何より沢山殺さなきゃならないだろう。」
確かに其れはそうだ。そうなのだが・・・・・・。
「そうやって一人の人間を使い分ける行為が、死者を冒涜しているようで、嫌なんだろう。」
見透かしたような言葉。
自分の中のモヤッとした感情が、形になるのが分かった。
「人を物みたいに扱うのが、不快なんだろう。分かるよ。私だって不快だ。」
僕は黙っていた。僕は喋ってはいけない、喋るべきではない、というのが空気で分かった。
「けれどね、其れは私達が今を生きる人間だからこそ、言えることだ。命が脅かされる程に飢えたことなんて、一度も無い。そんな私達だから。
衣食足りて礼節を知る、だ。生活が安定していなければ、道徳心なんてものは紙より薄くなる。ゆとりなんて持っていられない。
子供を殺すのが酷い?当たり前だよ。そんなこと。誰だって分かりきっているさ。
けど、そうしなきゃ生きて行けなかった。実際に神様が何かしてくれたか、なんて知らない。
けどね、人間は、何かにすがらなくては生きて行けないんだ。心が、壊れてしまうから。子供を犠牲にしたとしても、そうしなければ人間として生きられなかった。
だからこそ、死んでしまって残るのは、肉の塊でしかない。体の《から》は空っぽの《空》だ。笑わない、喋らない、成長もしない。我が子とは既に切り離されたもの。そうでなければ、ならなかった。余り物として活用出来るものでないといけなかった。
分かるかい?そうしないと気が狂ってしまうんだよ。合理的に考えないと。子供を子供として見てしまったら、自分のしたことの重みで、動けなくなる。」
淡々と、妙に間延びした口調で彼は語る。
嗄れた彼の声とあいまって、聞こえてくる言葉は、昔話か何かのようにも聞こえた。
僕は苛立ちをぶつけるように言葉を吐き出した。
「だったら、最初から殺さなければ良かったじゃないですか。祈るだけで御願いを聞いてくれる神様にすがれば良かったじゃないですか。」
「・・・私はね、こういった儀式に使われたのが子供なのは、よりリスクが高いから、という理由もあったと思うんだ。本当なら、まだまだ生きていられた子供を殺すという行為。悲しみが強いからこそ、取り返しがつかないからこそ、信仰心が強くなる。罪の意識の共有を、団結力にすり替える。自分達が殺した事実を神に擦り付けて、畏怖の念に代える。」
ふつり、と声が途切れた。
僕は思わず呟いた。
「けど、そんなのってあまりにも」
「酷いと言ってはならないよ。君に彼等の気持ちは分からない。私もそうだ。言う権利なんて、私達には無いんだ。」
目線を落とし、口を噤む。
まあ、何処に目を遣っても目隠しをされているので、視界は何も変わらないのだが。
烏瓜さんが呟く。少しだけ声のトーンが落ちている。
「・・・・・・さっきも言ったが、あの祠に、神の力を持つ獣は居ない。あの池も神性を持つ魚なんて住んでいない。」
「じゃあ、どうして偽物の贄を使ってまで儀式を?何の意味が・・・」
「納得出来ないからだよ。」
「誰が。」
「今までに贄にされた子達が。」
えっ、と小さな声が口から出た。
「まだ、居るんですか。」
「居るね。全員居るかは兎も角として、最低でも八人は居るね。どうやら、自分達が神様の御使いになったと勘違いしているらしい。」
困ったものだねぇ、と烏瓜さん。空気を吐き出す音が聞こえたが、彼の溜め息か詰まり気味の暖房かは分からない。
「自分達の死が何の意味も持たないものだったなんて知って、もし厄介なことになったら・・・少しばかり面倒なんだよ。盲信は力を産むからね。」
「だから、形式だけでも儀式を・・・」
「そう。未然に防ぐのが一番だ。」
然し、其れでは何時まで経っても、生け贄達は勘違いをしたままだ。
「成仏させる方法とかは・・・・・うわっ」
車体が大きく跳ね上がった。体が一瞬宙に浮く。
そしてベショッと床に着地。慌てて椅子に戻り、シートベルトを締めた。
烏瓜さんの声が聞こえた。
「此処から道デコボコだからね。気を付けないと舌噛むよ。」
彼がそう言う間にも、車体は何回も横に縦にゴトゴト揺れる。
本当に凹凸の激しい道だ。塗装処か、人の通れる道なのかも怪しい。此れでは、気を付けても舌を噛むこと請け合いである。
「いやー、酷い道。車が壊れたら嫌だなあ。」
烏瓜さんは大層呑気そうに、そう言った。荒い道にも慣れているのか、全く舌を噛んでいない。
こんな道、何処に続いているというのだろうか、少なくとも、まともな場所ではなかろう。
「何処に向かっ、でっっ。」
舌を噛んだ。痛い。
「あはは、言わんこっちゃない。着いてからのお楽しみだ。ほら、ちゃんと捕まっておいで。」
車体がまた大きく揺れた。僕はジリジリと痛む舌を気にしながら、静かに仏頂面となった。
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・・・・・・・・・。
「此処って・・・!!」
暗い水面。
遠くに一本だけの街灯。そして、船着き場のような足場。
道の十数先に広がっているのは、最初に行った池だった。
後ろを振り返ると藪にしか見えない獣道。
目的地が此処なのだ。こんな所を抜ける位ならば、さっきの道を通って来れば良かったのではないだろうか。
未だヒリヒリする舌を意識しつつ、烏瓜さんを睨む。無論、僕の睨み位でどうこうする彼ではないのだが。涼しい顔で僅かに覗いた口許がニヤリと笑った。
「そう。少しだけサービス残業。」
「サービス残業?」
「寧ろボランティアかな。」
「ボランティア?」
意味が分からない。
「貴方は、何をする積もりなんですか。」
「・・・彼女達を成仏させる為には、真実を伝えなければならない。けれど、真実は伝えられない。だから、彼女達は救われない。ずっとね。」
「は?」
「さっきの質問の答え。」
さっきの質問、というのは、車の中での僕の発言のことだ。聞こえていたのか。
何時も通りの飄々とした様子で、けれどキッパリと烏瓜さんは宣言をした。
「我々は原則として、死者より生者を優先させなければならない。」
「そんな仕事してるのにですか?」
「そんな仕事してるからだよ。」
肩を竦めながら、彼は車のトランクへと手を伸ばす。トランクが妙な音を立てて開いた。
「えーと・・・あー、少し散らばってる。ま、いいか。」
「散らばってるって・・・・・・」
トランクの中で動き回る烏瓜さんをを押し退け、中を覗く。車のライトに照らされて、小さな風呂桶が見えた。中には大量の金平糖と飴玉。
「なんですか此れ。」
「金平糖。」
「・・・其れは、見れば分かりますけど。」
困惑する僕。然し、烏瓜さんはお構い無しで金平糖の入った風呂桶を持って池の方へと歩き出してしまう。
呼び掛けた所で、きっと待ってはくれない。僕は渋々と彼の背中を追った。
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・・・・・・・・・。
追い付くと、烏瓜さんは池の縁に立ち、風呂桶の中に手を突っ込んでいる所だった。
「私だって、こんなことしか出来ない自分を、歯痒く思っているさ。」
そして、手の中の金平糖と飴玉を池に蒔く。
「ケーキやカステラは水でずぶずぶになってしまうからね。ちゃんと水底まで届くと良いのだが。」
水の音が一斉に鳴る。そして、金平糖達はゆらゆらと沈んで行く。
池の底から微かな歓声が沸いた。気の所為だろうか。いや、気の所為ではない。烏瓜さんの口許が緩んでいる。
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「救えなくとも、優しく在りたい。傲慢な話だね。でも、君もきっとそうなんだろう?」
ずい、と風呂桶が此方に突き出される。僕は黙って、桶を受け取った。
手に持てるだけの金平糖を握り締め、思い切り蒔く。烏瓜さんが小さな声で言う。
「大丈夫。君ならきっとそうなれるよ。だから、今年も優しく在ろうとしなさい。」
僕は、また桶の中に手を入れ、色とりどりの雨達を掴み出した。池に投げ入れる度に、水音が鳴る。
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其れは、昔、彼女達が望んでいた、雨の音に少し似ていた。
作者紺野
前回はぶったぎってしまい申し訳御座いませんでした。
センター終わったーー!!
アイムフリー!!