《桜の樹の下には、死体が埋まっている》
何て話を、御存じだろうか。これは、僕と友人の薄塩が小学5年生の時の事である。
その日、僕等は近所の池に釣りに来ていた。いつも溜まっていた神社が、夏休みを1週間過ぎた位から中学生共に占領されてしまったからだ。薄塩が叫んだ。
「まだ7月なのに何だこの暑さは!!」
・・・何言ってるんだこいつ。
「もう7月だから暑いんだろ。」
「あ、そうか!」
あ、今、(゜ロ゜)みたいな表情を浮かべた。・・・え?まさかさっきの本気だったのか?
「お前・・・大丈夫か。」
「へ?いや、うん。・・・何が?」
僕は応えず、もう一度池に釣糸を垂らした。
・・・・・・・・・。
釣りを始めてからもう二時間が経過した。だがバケツの中には小魚一匹いない。釣糸を引き揚げても、10分以上前に付け替えたエサが付いているだけだった。
「・・・。今が春だったら、いいのにな。」
「え?暑くないから?」
「お前はそればっかりか。」
ふぅ。と溜め息を吐いた。
「この池、春は桜が見事なんだ。」
「桜・・・。」
薄塩が、キョロキョロと池の周りを見た。桜の木を探しているらしい。
「あの木と、あの木。あと、あそこと、あっち。あと、ほら、あそこに有るだろう。」
薄塩は、少し驚いた様だった。
「よく判るな。」
「別に。小さい頃からよく来てるからな。位置を覚えているだけだ。」
「ふーん。」
「春になるとな。あの5本の桜が一斉に開いて、この池に桜の花が映って、凄く綺麗なんだ。」
「この池、濁ってるもんな。確かに綺麗に映りそうだ。」
「しかも此処の桜、木によって花の色が全く違うんだ。」
「桜なんて、どれもピンクだろ?」
僕は心の中でニヤッと笑った。こいつ、此処の桜、見たことがないんだ。
「全然違う。ほら、あそこのとあの右端の奴。あれは普通に薄桃色な花をつけるんだけど。あのあっちのと右端。あと真ん中にあるのは、物凄い赤い花を付けるんだ。」
「赤い花・・・。」
薄塩が、2、3回瞬きをした。
「なあ、コンソメ。こんな話、知ってる?」
薄塩が、ゆっくりと語りだした。
コンソメ、コンソメってさ、沢山本読んでるだろ?だったらさ《桜の樹の下には》って本、読んだことある?あ、無い?ま、そうか。じゃあいいや。あのさ、・・・
薄塩が、囁く様に言った。
「この池、人が死んでるんだ。桜の木が植えられてから。3人。」
「え・・・?」
「もう、大分前の事だけど。あと、3人のうち二体はまだ見つかってない。」
「い、いきなり何を・・・。」
「桜の花が赤いのは、下に死体が埋まっているから・・・。なんて、よくある話だろ?」
「で、でも、死体は二体しかないだろ!1人は発見されたんだから!計算が合わな・・・。」
そこで僕はハッとした。あの一際赤い真ん中の桜の下。昔、ぼくは埋めたのだ。死体を。
僕は小さい頃、《ピヨ太》という名の小鳥を飼っていた。なんという種類だったのか今となっては分からないが、幾つか言葉を覚えていて、黄色い色をしていた。ピヨ太は僕が物心つく前からいて、僕はよくピヨ太に頭に登られていた。よくなついた、可愛い小鳥だった。僕が頭に登られて、
「ピヨ太、ダメ!降りて!お馬鹿!」
と言うと、ピヨ太は、まるで僕の言葉が分かっているように
「ピヨチャン、イーイコ!!」
と鳴いたものだった。
そしてある日、ピヨ太が死んだ。確か小学1年生の冬だった。僕は悲しくて悲しくて、クリスマスプレゼントは要らないから、ピヨ太を生き返らせてほしいと駄々を捏ねたのだ。そうすると母は、ハンカチに包んだピヨ太を持ち、僕の手を引き、この池の真正面から見て中央にあるあの木の下に連れていった。そして母は言った。
「此処に埋めれば、ピヨちゃんは桜の花になって、ずーっと生きていけるんだよ。」
と。そして僕は、穴を掘って、僕の手でピヨ太を埋葬したのだった。その次の年、その桜の木は今までに無い位赤く咲き誇り、僕は何だか嬉しくなったのだ。
「そうか・・・ピヨ太。」
僕は段々と目頭が熱くなるのを感じた。ピヨ太、お前は本当に桜に生まれ変わって、毎年大輪の花を咲かせているんだね。
「え?どしたの?もしかして俺のせい?えーと、えーと、ごめん!そんなつもりじゃ・・・。」
「違う。違うんだ。」
僕は、ピヨ太のことを説明した。そうすると薄塩は何故か渋い顔をしたのだった。
「・・・どうした?」
「・・・別に・・・何でもない。」
「嘘つくな。絶対に何でもなくないだろ?」
薄塩は、渋い顔のまま、言った。
「コンソメ、嘘で固めたハッピーエンドなんて、ハッピーエンドとは言えないよな。」
「・・・?・・・ああ。」
意を決した様に、薄塩が口を開いた。
「コンソメの飼っていたピヨ太君は、桜に生まれ変わってなんかいない。」
「え?」
あのさ、俺、生まれ変わりとかそういうのは専門外何だけど、一度生を終えたモノが生きているモノに取り憑くのは、干渉したりするのより何倍も力がいるんだ。何でかって言うと《生きてる》っていうのはそれだけでかなりのパワーを持っているんだ。普通だったら、精神を乗っ取るなんて相手によっぽどの恨みがあるか、相手がよっぽど精神的、体力的に弱ってるかじゃなきゃ、できやしないんだ。
「じゃあ、何で色が・・・。」
「・・・。これは前に、本で読んだことなんだけど・・・。魂って、濃い赤色をしてるんだって。」
吐き気がする。認めたくない。僕は・・・僕は。
「じゃあ、あの桜は・・・。ピヨ太の魂を吸い上げて・・・。」
「・・・・・・うん。」
次の瞬間、僕は走り出していた。あの木の元へ。ピヨ太を埋めた、あの木の元へ。
「ちょ!おい!コンソメ!コンソメってば!」
埋めたのは、もう4年も前だ。手遅れかもしれない。きっともうピヨ太は影も形もないだろう。でも、もし、魂はまだ残っていたら?今もまだ、大空に羽ばたくことも出来ずに苦しみ続けているとしたら?だったら、だったら!
「ピヨ太は、とってもいい子だから!」
「はあ?!・・・しゃあねーな!」
桜の木は、下から見上げると益々大きく見えた。僕は、落ちていた棒で、ピヨ太を埋めた辺りをほじくり返した。棒が折れた。別の棒を拾う。また折れた。らちが明かない。手で地面を掘る。掘った土は、バッグに・・・
「おい。これ。」
ニュッと突き出された手には、バケツが握られていた。薄塩の手だった。
「連れて帰ってやるんだろ?」
「・・・ありがとう。」
薄塩もしゃがみこみ、一緒に土を掘った。
指に絡まる様な違和感。
「これ・・・。」
すっかり汚れきっているけれど・・・この新幹線のキャラクターは・・・。
「ピヨ太を包んだハンカチ・・・。」
涙が溢れた。薄塩が、背中を叩いてくれた。
薄塩が忘れずに釣具を持って来てくれていたので、僕等はそのまま帰った。バケツは、土とハンカチでいっぱいになってしまった。
「なんも釣れてなくて良かったよなー。」
「・・・だな。」
薄塩が笑った。僕も、ぎこちなかったかもしれないけど、笑うことが出来た。
じつは後日談が2つある。ひとつ目は、持ち帰った土とハンカチなのだが、庭に放るのもなんだから、プランターに入れて置いたのだが、その次の年、一株のタンポポが咲いた。綺麗なレモンイエローが嬉しくて、陽当たりのいい所で世話をしていたら、いつのまにやらフワフワとした綿毛になっていた。風で舞い上がった綿毛が頭に着いた。昔みたいな
「ピヨチャン、イーイコ!」
が、聞こえた気がした。多分勘違いだろうけど。
ふたつ目である。ピヨ太が埋まっていた桜は、そな次の年から、少し色が薄くなった。だが、まだ普通の木と比べるとまだまだ赤い。・・・もし、魂の色が本当に赤色なのだとしたら、あの赤は、ピヨ太だけの物では無いのかもしれない。
例え体は引き揚げられても、《どこかの誰かさん》の魂は、いまだ冷たい水の中、桜の根に囚われているのかも知らない。
貪婪な蛸のような根に抱きかかえられ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根に、全てを吸い尽くされるまで。
作者紺野
どうも。文章力皆無王、紺野です。
三作目です。
さすがにどこかの誰かさんまでどうにかする気にはなりませんでした。
ヘタレですみません。
勿論まだまだ続きます。
お付き合いして下さっている皆様、よかったらこれからも宜しくお願い申し上げます。
※追記
タンポポは今年も花を咲かせました。