1
アランという男が、うかない顔をして、朝早く森のなかへ入っていった。
重い足どりで木々の間をぬっていくと、やがて大きなカシの木が見えてくる。
「森の人よ、過ぎたるほどの恵みをどうか分けあたえさせてください」
そう言って持参したパンひと切れと、十粒の豆を根本へと置く。
先代より言いつかり、村の長となってから欠かしたことのない日課だった。
(ああしかし、今はこれぽっちの麦と豆をささげることすら困難なのだ……)
アランはため息をつくと、カシの木に背をあずけその場へ腰をおろした。
心配事のあまりこの数日ろくに眠れていなかった。
しばらく白髪交じりの頭をかかえていたが、ふと顔をあげると、目の前に女が立っていた。
立派な身なりをした美しい婦人で、後ろには従者もひとり控えている。
思わずぽかんとしていると、ふさいでいるわけを聞かれたので、
「王がいつものご猟場に飽きられたらしく、三日後この近くへ鹿追いにやってくるのです。
そこで合間の休息にはこの村をお使いになられるのですが、なにぶん貧しい村であり、
急いでもイモやそば粉のケーキ、やせ兎のあぶり肉などがせいぜいでしょう。
おもてなしできるような料理もなく困っている次第なのです……」
王は大変な食通で有名だった。
過去、別の村では幸いひと月前に報せをうけ、その際は町からの買入れも十分になされた。
ふるまわれた料理に満足した王からは、あとで多くのほうびをうけとったという。
昨今は不作続きで冬ごえもきびしく、アランはどうにか歓待を成功させ、
土地の者に安心して春をむかえさせてやりたかったが、適わぬだろうとなげいた。
「なるほど、しかし動かぬ石の下に流れる水もないでしょう。
今のあなたに望むものがあるなら、その腰をあげてついてきなさい」
そういって婦人が背をむけると、アランはあわてて立ち上がりそのあとを追った。
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2
森の奥のさらに奥へすすむと、ひらけた場所に大きな屋敷があった。
なかへ入ってひとつの部屋にまねかれると、そこに一台のテーブルがおかれている。
天板は鏡のようにピカピカと輝き、側面にはコウモリの翼と妙にふくらんだ尾を持つ、
不思議な獅子のような意匠がほどこされている。
「これは遠い国に棲まう、この世で最も大食らいのいきものです。
この彫り物の力により、ここへ出されたものはみな素晴らしいごちそうとなるのです」
婦人がいうと、いつの間に拾っていたのか、従者があのパンと豆を天板へおいた。
すると粗末なパンはたちまちかぐわしい香りを放ち、豆は黄金のように光ってみえはじめる。
アランは思わずのどをゴクリと鳴らすと、あっというまにそれらをたいらげてしまう。
例え王宮でいかなる料理をだされても、これほどの満足はえられぬだろうと思える味だった。
アランはひと息つくとハッとし、はしたない真似をしたと気づいて赤面した。
そしておそるおそる顔をあげると、そこはもといたカシの木の根元だった。
「……夢か。まったく、つまらぬ夢をみたものだ」
肩をおとし帰ろうとしたが、ふと見るとパンと豆が消えている。
そこで夢のとおり森の奥へいってみると、同じひらけたところに屋敷はなく、
あのテーブルだけがポツンとおかれていた。
それから三日の後、王と従者たちが村へやってきた。
アランの家へまねかれた王は、まずしい村に期待するところはなかったが、
森より運ばれたあのテーブルに料理が出されるや、目を輝かし、のどをゴクリと鳴らした。
「なんと、これほどまでによろこびに満ちた食事ははじめてだ!」
粗末な料理を次々口にいれ、勢い皿までかじらんとする王を、あわてておつきの者がとめた。
後日、たくさんのほうびが与えられ、アランはこれを村の十分な冬支度のために使い、
人々は笑顔で次の春をむかえることができた。
また王はその後も村をおとずれるようになり、もてなしの見返りで村は次第に豊かになる。
あの日夢にあらわれたのは、木々の精霊たちだったにちがいない……
と、アランは森への感謝をいっそう深めたのだった。
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3
それから長い長い年月が経ち、国で大きな戦争がおきた。
あちこちで激しい戦いがくり返され、かつてアランがいた村も、焼かれて住民は姿を消し、
ほとんどの家々と森林が灰と化した。
あるときひとりの将校とその一隊が、激戦からひいてこの地を訪れた。
村の様子見にさしむけた部下から、
「不思議なことに、飢えによる死者はここにはみられません」
との報告をうけ将校はおどろく。
かろうじて残っている家屋も今はそのすべてが野戦病院となっている。
その粗悪な施設や、人員不足は他の戦地と変わらず、治療はもちろん、
食糧すらもさぞ窮しているだろうと思っていたのだ。
しかし、村のだれにその理由をたずねても、
『われわれには神の助けがあるのです――』
と胸で十字を切るばかりで、はっきりした返答がないという。
将校が家屋のひとつに入ると、身を横たえた兵士たちで足の踏み場もないほどだった。
彼はここへ、負傷した部下たちをさらに運び入れていったが、
やがて空き場所のことで看護婦が難色をしめしはじめる。
見ればたしかに床はいっぱいで、いくつか持ちこまれたテーブルの上と、
またその下とで二人分の寝床を設けたりもしていたが、
「そこにひとつ空きがあるではないかっ!」と、今はなにも置かれていない、
翼をもつ獅子の彫られたテーブルの上を指した。
看護婦は顔色を変えたが、将校の厳しい表情に頷くと、その上に最後のひとりを寝かせる。
将校はそれを眺めやりながら、ふと昨日から何も口にしていないことを思い出し、
のどをゴクリと鳴らすのだった。
作者ラズ
よろしくお願いします。
昔話やおとぎ話が好きなのですが、たまに「これってこの後どうなったの?」
って思うことがあります。
場合によってはああなるんじゃないか、こうなるんじゃないかと考えるのですが、
それなら自分で創作して自分で例を書いてみようと試みたものです。