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中編4
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改造大和撫子計画

教室に入ると、後ろの方が騒がしかった。

複数の生徒たちが、今は空であるはずの水槽にむらがっている。

「今日、学校くるとき男子が拾ったんだって」

のぞきにいくと、水のない、青いフタの水槽のなかで、軟体的な何かがうごめいている。

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手の平サイズの、まるで白いナマコのようだ。

しかし、ところどころには赤い斑点があり、なんとも不気味な姿をしている。

長い楕円の身をくねらせ、たまに異様に細くなったり、また戻ったりの伸縮を繰り返している。

移動はしないのでどちらが頭かもわからない。

とりあえず場をしずめたが、その日は「謎の生物」への興味で教室は浮つきっぱなしだった。

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一日の業務を終え、帰宅したのは午後九時をまわった頃。

アパートに頼子がきていて、食卓には、すでに開けられたビールの缶が散乱している。

「なにそれ? うええ」

彼女はテレビをみていたが、僕が抱えてきた水槽の中身を知ると、素直な反応を示した。

「生徒が拾ってきた。で、明日から連休だから『死なないように先生が見てて』ってお願いされた」

「なにそれ、そんな気持ち悪いもの……バカみたい。すみっこにやっといてよ」

酒臭い声でそういうと、ぷいとテレビのほうへ向きなおりスマホをいじりだす。

僕はそっとタメイキをつき、水槽を部屋の角へおくと、二人分の夕飯の支度にとりかかった。

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夕食後、片づけたい書類作業の前に、ネットでざっと「謎の生物」について調べてみた。

適当にあたりをつけサイトを閲覧し、写真を撮って画像検索もしてみたが、確信にいたるものは見つからなかった。

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翌朝、目をさますと頼子が、

「なんか頭痛いんだけど」

と言うので、酒の強い彼女にしてはめずらしいな、と二日酔いの薬を渡したが、治まる気配がない。

風邪薬も試したが、効き目が出ないでいると、彼女は片手を頭へやりながら、

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「ああもう、使えない……」

こちらを責めるように睨んだ。

それで、もう、僕はさすがに潮時だと思った。

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大学で知り合い、気弱な自分とはちがう気丈な性格に魅力を感じていた。

しかし、付き合うほどに彼女の人を見下す、トゲトゲしい態度ばかりが目立つようになり、関係はすでに惰性だけのものとなっている。

機会をみて別れ話を切り出そう――。

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ふと、部屋の隅へ目をやると、水槽が空になっていた。

「あっ」と思い、青い上蓋が少し浮いているのをみて、頼子にたずねたが、

「知るわけない」と一蹴される。

あんなものに部屋をうろつかれてはたまらず、さんざん探したが、見つからない。

殺虫剤でも焚こうかと考えていると、頼子が帰り支度を始めた。

一応、近場の休日診療所まで送ろうかと言ってみたが、

「は? とっくに治ってるけど?」

とそっけなく返し、出ていった。

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それから半年後、僕と頼子は結婚した。

いつの頃からか、何がきっかけかも不明だが、彼女にある変化がおきた。

どこにそのような一面が潜んでいたのだろう、と思うほど、キツい性格が和らぎ、やさしくなったのだ。

そして二人の関係も、自然と向かうべき方へ向かったというわけだ。

常に他者への気づかいを忘れない、愛情に満ちた素晴らしい妻を持ち、僕は幸せな夫となった。

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夫婦としての年月を重ねるなか、やがて娘もできた。

しかし、その幸せの象徴が、後には一番の悲しみを生むきっかけとなってしまった。

思春期を迎えた娘は、悪い仲間とつきあうようになり、夜遊びにまで行くようになったのだ。

その何度目かの補導で、近くの交番へ妻と共に迎えにいった帰り道でのこと。

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道路わきを歩く親子三人の方へ、酩酊したドライバーの車がつっこんできた。

僕はその瞬間、妻がとっさに娘をかばい、そのせいで自分がはねられたのを見た。

倒れた妻に、叫びながらかけよると、彼女の右耳からなにか白いものが出ている。

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それは、細長く、赤い斑点のある体をよじりながら、アスファルトの上にボトリと落ちた。

その瞬間、妻は眼を見開くと、

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「なに……体が動かないじゃない……ちょっと……早くなんとかしなさいよ……」

苦しげながらも、こちらを強く責め立てるような視線と口調――。

ふと、嫌な懐かしさをおぼえたが、結局これが妻の最期の言葉となった。

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母親が亡くなり、しばらくはおとなしかったが、それでも娘が変わることはなかった。

高校にも行かず、家に帰ること自体少なくなり、彼氏だという男に僕が殴られたときも、ただ罵倒しせせら笑っているだけだった。

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でも、いま娘は、僕の足元、居間の床へおとなしく横たわっている。

帰宅時に使うであろうグラスに睡眠薬を塗っておいたのだ。

安らかな寝息を立てている顔みつめ、少しほつれた髪を整えてやる。

そして、自室から円筒のプラスチック容器をもってくると、固いフタを開けて逆さに振った。

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容器からボトリと白いそれが落ち、弱々しくもゆっくり娘の頭へ近づいていく。

僕はその様子を静かに見守った――。

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ゴルゴム13さん
感想ありがとうございます!
これはなんだか、どこにいるかはわからないのですが、
どっかから逃げてきたものなのかな?とか思いながら書いてました。
そういうふうになることを望む人が作ったとかで。
自然発生かも知れませんが、とにかく他にもたくさんいそうな感じがします。
でもそれで、最近丸くなった?とか人から言われたら、なんか嫌だなーって思ってしまいますね・・・。

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鏡水花さん
はじめまして、感想ありがとうございます!
初投稿で色々不安だったのですが、楽しんでいただけて本当によかったです。

これを書いてるときはたまに、あれ?これってそんな悪いことじゃないのかな・・・
とか一瞬思いそうになることもあったのですが、いややられるほうはたまったもんじゃないな、
と、なんかちょっとグラついたりしました。
そういうところの怖さが出ていればいいなぁと思います。

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これ欲しいんですが、どこに行けば見つかりますかね…

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はじめまして!
鏡水花と申しますヽ(・∀・)ノ

とっても面白かったぁ(*≧艸≦)

モロ私好みの話♫

トゲトゲしく毒ばかり吐く友達に飲ませてやろうか…(ΦдΦ)…ww

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