子供に纏わりつかれた友人

中編6
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子供に纏わりつかれた友人

大学の頃の話。

当時、同じサークルで1学年上の先輩にBというのがいた。

適当な性格のためどこへ行っても人との付き合いが自然と浅く広くという感じになる俺にしては珍しく、割と親しくしていた。

趣味が同じだったんだ。

もうとっくにやめたが、その趣味というのが特殊で、それについて人に語ったり話を共有できる機会が本当に無く、当時はそれがつまらなくストレスだった。

周りに同じ事をしている人間が全くいないと思い込んでいたから、Bが自分と同じ趣味をやっていると知った時は本当に嬉しかった。

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趣味について話し相手が欲しかったのはBも同じだったんだろう。

俺以上に嬉しそうで、Bも俺も楽しくなってしまってついつい遅くまで話し込んだ。

そんなことから始まって、Bと俺は先輩後輩というより、完全に同級生の友人同士のように付き合うようになった。

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それから半年ほど経った頃だったか、Bが疲れたような顔をしていることが多くなった。

気になってどうしたのか何回か訊いても、話したくないのか答えてくれない。

その時俺は、あまりしつこく訊いてもよくないと思い、必要なら言える時にまた話してくれるだろうと、それを待つことにした。

大学やバイトでそこそこ忙しく、自分のことに集中したい思いもあった。

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そんな中、しばらくして、Bについて妙な噂を耳にするようになる。

ぽつぽつと囁かれるあやふやで噂ともつかないような短い話の要点を言えば、

Bが一人暮らしをしている大学近くのアパートで、近所の放置子らしき子供に纏わりつかれて参っているということのようだった。

その時には、気付けばBの姿を全く見なくなっていた。

最近大学に来ていないと聞いた。

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その日の内にどうしているのかBのアパートに様子を見に行きたかったが、言い訳をすれば忙しく、少し疲れてもいて、結局Bに会いに行ったのはその数日後の夕方だった。

一緒に食べようと思い側にある中華料理屋で炒飯と餃子を一つずつ買って、Bのアパートのインターホンを押したが、誰も出て来ず、物音もしない。

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出掛けているのかもしれなかったが、何だかそこで無性に不安が込み上げてきて落ち着かず、何度もインターホンを押して、外から声を掛けて名前を呼んでみたりもした。

寝ていて出ない可能性も考えたが、この際多少の迷惑を掛けても、Bが大丈夫か顔を見て確認しておきたかった。

少しの間そうしていても相変わらず部屋の中からは物音一つせず、Bが出て来る様子もない。

やっぱり留守か、とBのことが気になりながらも仕方がないので帰ろうと、身体の向きを変えたその時だった。

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shake

ドン!と大きな音と、足もとに少し響くくらいの振動を受け、衝撃に面食らって思わずその場に硬直して立ち尽くした。

少ししてショックを受けていたのが僅かにマシになり、混乱した頭で、俺がインターホンを何回も鳴らしたり部屋の中に向かって声を掛けたのを、

近くの住人がうるさがって床か壁でも力任せに殴ったのだろうという考えに辿り着いた。

音や衝撃を感じた距離からおそらく、Bの部屋のすぐ左隣に住む住人だろう。

俺はそろりそろりと、息を潜めて音を立てないように気を付けながら、しかし一刻も早くその場から逃れようと、できるだけ足早に階段の方へ向かった。

おっかない人がいるなと、何度かアパートの方を振り返りながら、小走りに俺はその場を立ち去った。

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それから、Bを大学で見かけた。

よかったと内心ほっとしながらも、何だかやつれたBの姿に素直に喜べず、Bが今まで見たことのないような硬い表情でいるので声を掛けそびれてしまって後悔した。

Bを知る共通の知り合いに、噂の件でストレスを抱えているにしてはBの姿は痩せ過ぎな気がする、事態をよく知らないが、そんなに酷いのか、それとは別に、身体にどこか悪いところがあるんじゃないのか、といった考えを話した。

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その時、その知り合いから聞いた話では、俺がBのアパートに行ってから数日後、

噂の放置子のような子供の纏わりつきをやめさせようと、Bとよくつるんでいる知り合い数人でBのアパートに行ったそうだ。

まず、そいつがどこの家の子供かつきとめようということになった。

周りを探し回ったり人に尋ねたり、交代で一日中Bの部屋やその周り、アパートを見張ったりした。

Bがそうしてくれと頼んだわけじゃなく、だから何だかばつが悪いのと、逆に迷惑にならないように、できるだけこっそり静かにやったらしい。

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当たり前だが、Bと親しくしていたのは俺だけではなく、Bの知り合い達もBのことを心配していたんだ。

それで、結果だが、そんな子供はBの住むアパートにいなかった。

周囲の家々にも、それらしき子供は見当たらなかったと。

そう言えば、そもそもBの住むアパートは単身者用のつくりだ。確認したところ、家族連れは住んでいなかったらしい。

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その子供がアパート外から来ていて見つけられなかったのかもしれないが、よく考えると一人暮らしの大学生が放置子に纏わり付かれるなんていうのも不思議な話だと。

Bのことを疑うわけではないが、確かに、と頷けた。

つまり、放置子は存在しておらず、最初からBが精神か身体かに何らかの不調を抱えていて、そういう話になったのかもしれない、ということだった。

愕然とした。

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Bはまれに大学に来てはいたが様子は元には戻らず、変に歳をとったような容姿になっていた。

最初は心配していた人達も噂のこともあり不気味に思うようになったのか、みんなBから離れていった。

酷なことを言うようだが、俺にも自分の生活がある。

俺もBを避けるようになった。

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ある日自分の部屋の掃除をしていて、Bの本を借りっぱなしだったことに気が付いた。

それは最初の方に書いた特殊な趣味に関する本で、そう簡単に手に入るものでもない。

やってしまったと思いながら、本を返すために俺は本当に最後だと思いBのアパートを訪れた。

インターホンを押す。Bの声で返事があり、空いているから勝手に入ってくれと言われた。

躊躇したが大切な本を借りっぱなしにしたことへの罪悪感が勝り、その場に置いてとっとと退散、というのはやめておいた。

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ドアを開ける。

中は想像と違って綺麗に片付けられていたが、あまりにも物が少ないように感じた。

生活感がほとんどない。

部屋の真ん中にある低い机の向こう側に、こちらの方を向いて、脚を崩した格好でBは座っていた。

本当に老けて、やつれていて、本当に病気ではないかと思ったが、Bが嬉しそうに笑うのが今やひきつれたように不気味な嫌な感じの表情になっていて、悪いが怖くて早く帰りたかった。

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机の上にBの本を荒っぽく置いて、じゃあ、と一言だけ言おうとした時、

shake

ゴトン!と大きな音がして、

ガラッとBの部屋の押し入れが空き、押し入れの上の段からボサボサの黒髪の後頭部がこちらの方に倒れ込むのが見えた。

顔は見えず、白い身体の2、3歳くらいの子供のマネキンのようだった。薄汚れて汚く見えた。

Bはひきつれたようににやにや笑っていて驚いた様子の一つもなく、俺は次の瞬間全力でドアの方へ外目掛けて走った。

外に出た瞬間、

shake

ドン!と、聞いたことのある音と振動が来て、心臓が止まるかと思ったが転がるように走り抜け階段を下り、アパートを離れた。

それからBの姿を見ていない。

あれ以来、押入れと、狭い和室のアパートがトラウマになった。

あれは一体何だったんだろう?

Concrete
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