「こんばんはー」
吸い込んだ煙を吐き出す。せっかくの一服を邪魔するのは誰だ?
「はーい」
出てみると、20代くらいの髪の長い女が立っていた。しかもかなりの美人だ。
「今日から新しく隣に住みます、中野 さえ と申します」
中野と名乗った女は深々と頭を下げた。
隣には元々、中野という老夫婦が住んでいたから恐らく彼女はその孫だろう。
「ああ、そうでしたか。青木 蒼太です」
「これ、つまらないものですが…」
そう言って綺麗に包装された箱を差し出した。
「ご丁寧にどうも」
「これからよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
隣に自分と同い年くらいのこんな綺麗な人が住むなんて、一人暮らしが楽しくなりそうだ。
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数日後
「あ、青木さん!」
中野さんと部屋から出るタイミングが同じだった。女性との関わりがほとんどない俺にとっては、こんな些細なことが嬉しいのである。
「こんにちは」
「こんにちは。私達今、息ぴったりでしたよね?」
「ええ、そうですね」
2人で笑いあった。
今思うと、身内以外の女性とこうやって話したのはいつぶりだろうか。
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1週間後
俺と中野さんは仲良くなっていた。
「ふふ、それ本当ですか?」
「ほんとほんと、俺が実家で飼ってた犬、後ろ足だけで立てたんだから」
他愛もない会話が、暇な時間を埋めてくれていた。
「そういえば青木さんのご両親は何をなさっているんですか?」
「え?花屋だよ」
「お花屋さんですか?!憧れるなぁ」
「あんなの儲かんないだけだって。それなのに俺のために新築しちゃうし…中野さんのところは?」
「銀行員と専業主婦です」
「へー。銀行員かぁ。あ、よく中野さんちの前で見かける人達だよね?」
時々、仲の良さそうな夫婦を見送る中野さん一家を見かける。
「あ、はい。そんなに頻繁に来なくていいって言ってるんですけどね」
「いやぁ、親元離れたばかりだから心配なんだよ。それに、離れて暮らしてるから会いたくなるんだろうし」
「でも、もう二十歳なんだしそろそろ子離れしてほしいですよ」
「来なけりゃ来ないで寂しいもんだよ?俺の親なんか年に3回くらいしか来ないんだから。まあ俺もそんくらいしか実家帰らないんだけどね」
この日は夕方までお喋りを楽しんだ。
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1ヶ月後
「お花、ここに飾っとくわね」
母が玄関の両サイドに花を飾る
「いいよ、別に花なんて」
「あんた、うまくやってんの?」
「ああ、ご近所さんとも仲良くやってるよ。そんっちは?」
「それに、たまには帰って来るのよ?」
おいおい、俺の質問は無視かよ。
「お願い!父さんも待ってるんだから」
母は俺の目の前で手を合わせて懇願する。
「わかった、わかったから!そんな頼み方されたら帰らないわけにはいかないだろ」
「じゃあ、あんたの好物のおはぎ作って待ってるわね…」
そう言って母は帰って行った。
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「母さんのおはぎか…ひさびさ食いたいな…」
俺は煙を吸いながら呟いた。
「蒼太さんでも甘いもの食べるんですね」
「うわぁ!」
いつの間にか隣に綺麗な女性が立っていた。
「さ、さえさん…いつからいたんですか?」
俺達は下の名前で呼び合うようになっていた。
「いつからでしょう?それより、意外です。蒼太さんって、煙吸ってればご飯いらないってかんじの人だと思ってました。」
「はは、確かに三度の飯よりは好きかな?」
「だめですよー、お母さん大事にしないと」
「ごめんなさい」
さえさんが俺の隣に座った。
「じゃあ、いつ帰るんですか?」
「今夜かなぁ。初めてできた彼女を紹介したいしね」
「…その後は私の両親にも、きちんと挨拶してくださいね?」
こんなことなら、もっと早く出会いたかったな。
作者千月
意味がわかると怖い話風にしてみました。
でも簡単すぎたかもしれません。所々にヒントがたくさんありますから。