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あるところに1人の男がいた。
身長170センチ、体重65キロ、顔、成績、体力どれをとってもごく普通な大学生。
彼も他の学生たちのようにアルバイトをしていた。
ショッピングモールの前で子どもに風船を配る、ただそれだけだ。
この日は家族連れが多く、夕方には殆ど風船は残っていなかった。
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閉店間際、緑川雛が1歳にも満たない息子、緑川櫂をベビーカーに乗せて来店した。
「いらっしゃいませー、良かったらこれどうぞ?」
男は適当に選んだ赤い風船を緑川雛に差し出した。
「あ、ありがとうございます。よかったね~カイくん、ふうせんもらったよ~」
緑川櫂はキャッキャと手を叩いて笑った。
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燃えるような夕空、そこに溶け込むことなく映える赤に、緑川櫂の瞳は輝いた。
子どもは母親の乳房から温もりを感じる。そのため、大抵の子どもは丸い形を好む。
緑川櫂は、丸い風船に着色された赤色を好み、欲するようになった。
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それから数年、緑川櫂は小学生になっていた。
この日は緑川雛にゲーム機を買ってもらえることになっていたため、あのショッピングモールを訪れた。
男はすでにここのアルバイトを辞め、一般企業に就職していた。
「それで、どれがいいの?」
「これ!」
彼は言わずもがな、赤いゲーム機を指差した。
「カイくんは本当に赤が好きね」
「うん!ねぇおかあさん、カセットもかって!これだけじゃゲームできないよ?」
「今度お父さんに買ってもらいなさい?」
「や~だ~!きょうほしい~!」
緑川雛は緑川櫂を強引に引っ張っていく。
「なあ雛、その…なんだ、今日の服とても似合っているぞ?最近少し綺麗になったんじゃないか?…それで、一つ頼みがあるんだが…」
「お父さんの真似しても、だーめ。」
緑川雛は、膨れる緑川櫂を引きずったまま会計を済ませて帰っていった。
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数分後、青月咲が娘の青月麗美を連れてショッピングモールを訪れた。
「あの、すみません。このゲーム機の赤はありませんか?」
青月咲は店員を呼び止めた。
「申し訳ございません、赤は先ほど最後の一つが売れてしまいまして…明日ならご用意できますが…」
店員は、青月咲の恵まれた胸部に若干の下心を抱きつつ、へこへこ頭を下げた。
「ですって麗美。明日また来る?」
「うん」
青月麗美は緑川櫂とは違い、聞き分けが良かった。
「どうもすみません、ありがとうございました。」
店員は、ゲームコーナーを後にする青月咲の形の良い臀部に若干の下心を抱きつつ、へこへこ頭を下げた。
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shake
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青月咲と青月麗美は死んだ。居眠り運転のトラックが歩道に突っ込んで来たのだ。
運転手はエアバッグが作動して一命を取り留めたが、青月親子は前輪に巻き込まれ即死だった。
青月麗美が赤いゲーム機を手に入れていれば…
緑川櫂が赤を好きにならなければ…
男が赤い風船を手渡さなければ…
[男が殺した人数・2人]
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青月蒼馬は同時に妻子を失った喪失感から、危険ドラッグに手を染めるようになった。
「はい、今週の分」
「…お代だ」
売人の三相良輝は奪うように茶封筒を受け取り、中身を勘定する。
「そんで兄さん、もっとすげぇ薬あるんだけどさ、興味ない?」
そう聞いて青月蒼馬は生唾を飲み込んだ。
「もっと…すごい?」
「悪いこともぜーんぶ、忘れられる薬がさ、あるんだよ」
「わかった!今金を、金を持ってくるから!」
震える手で青月咲の保険金を握りしめる。
青月蒼馬は何度も心の中で妻に詫びを入れ、三相良輝に金を渡した。
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三相良輝が帰った後、青月蒼馬はさっそく服用してみることにした。
ほんの少し吸ってみる。
すると、青月蒼馬を頭痛とめまいが襲い、幻覚を映し出した。
「咲…麗美か?」
一瞬愛する妻子の姿を見た彼は、再び家族と再会するためにさらに薬を吸った。
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数日後、彼は泡を吹いて死んでいるところを両親に発見された。
危険ドラッグは、一度の服用で命を落とすものも多数存在する。
[男が殺した人数・3人]
彼の部屋から見つかった違法薬物に、前科のある三相良輝の指紋が付着していたため、瞬く間に三相良輝が所属していた暴力団団員たちは逮捕されていった。
三相良輝が捕まったことで愛人、天草鈴は経済的負担を解消すべく妊娠していた子どもをおろした。
[男が殺した人数・4人]
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暴力団解散後、警察から逃れるために国外逃亡した中多空は、かねてより暴力団と繋がっていた国際テロ組織に入った。
中多空は頭のキレる人間であったため、すぐにテロ組織の上位に上り詰めた。
策士中多空がが計画した作戦は、ことごとく成功し、組織側の死者を0に抑えた。
[男が殺した人数・204人]
それが、最悪の事態を産んだのだ。
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乗客500名を乗せた航空機がハイジャックされ、太平洋に墜落、日本人含め486名が死亡した。
[男が殺した人数・690人]
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これが国際問題へと発展。
組織に触発された他のテロ組織を吸収した過激派組織に対して、多国籍軍が銃撃戦や爆撃を繰り返している。
まさに、戦地は地上の修羅道と化した。
[男が殺した人数・8999人]
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そんなことも日本にいるこの男にとっては遠い海の向こうの話。
不景気なのは政治家のせいだと、ろくに政治も知らずに悪態をつく。
男は齢40になっていた。
会社をクビになり、またアルバイトで首の皮を繋ぐ生活に逆戻り。
今日もタバコを堂々と吸いながら交差点を歩き、バイト先へと向かう。
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「あ…か…」
shake
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「赤…赤い色が見たいんだ…」
男を刺した通り魔はそう呟いた。
[男が殺した人数・9000人]
作者千月
人の善意が悪意に変わる、今あなたがしようとしていることは、本当に良いことですか?