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俺が自分の寝ている間の音を録音しようと思いついたのは、最近、朝目覚めた時に身体が重いということが続いていたからだった。
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先日、大学の頃の先輩と旅行に行った時、男同士一緒の部屋で寝たのだが、三十代半ばのその先輩のイビキのすさまじいこと。
先輩は腹だけでなく、アゴの下にもたっぷりと肉の付いた肥満体系なわけだが、やはりそのような身体になると、寝ている時にそれだけイビキをかくのだな、と俺は恐怖を覚えた。
イビキだけでなく、途中何度か呼吸も止まっていたからな。睡眠時無呼吸症候群というやつだ。
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かく言う俺も三十代に入り、学生時代には細かった身体にもだいぶ肉が付いてきていた。
目覚めた時に身体が重いのは、自覚がないだけで自分も睡眠時にイビキや無呼吸に陥っているからかもしれないと思ったのだ。
アパートに一人暮らしで恋人もいない俺には、残念ながら夜中の行動を確認してくれる相手はいない。
そこで、長時間録音のできる小型のボイスレコーダーを買ってきて、寝る前に枕元にセットしておいた。
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………
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………
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朝、目覚めると相変わらず身体は重かった。
枕元のボイスレコーダーは録音を継続中だった。
停止して、トラックを巻き戻し、再生してみる。
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(サーー…………………………)
レコーダーからは時折かすかな物音(寝返りや食器がずれる音、アパートの前の道を車が通過する音など)が聞こえるだけで、俺が派手なイビキをかいているような形跡はなかった。
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しばらく聞いて、やれやれと安心した俺は再生を止めようとレコーダーに手を伸ばした。
その時、
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(ブツブツ……これ、録ってる?……録ってる……?……フフ………録ってるの?……ねえ……録ってる?……)
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甲高い、囁くような声が流れてきた。
――誰の声だ?
俺の声ではない。俺は寝ているし、第一こんなに甲高い声はしていない。
声が止んだかと思うと、
(ズッ……ズッ………ズッ………ズッ………ズッ………)
足を引きずって歩くような音が聞こえてきた。
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(ぐっ……ぐえええ……くっ……あああ………)
これは俺の声だ。うなされるような声。
そしてまた、
(ズッ……ズッ………ズッ………ズッ………ズッ………)
(ブツブツ……これ、録ってる?……録ってる……?……フフ………録ってるの?……ねえ……録ってる?……)
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俺は氷水を背中にぶっかけられたような心持ちで、その音を聞いていた。
音は断続的に、夜中から明け方の録音時間まで続いていた。
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………
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………
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………
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俺は恐怖にかられた。
と、同時に何が起こっているのかを知りたくなった。
俺は安いビデオカメラを買ってきて、ベッドの前に固定し、就寝前に録画スイッチを押した。
部屋を完全に暗くして寝るのは怖かったので、部屋の電気は薄暗い状態にし、枕元のスタンドは点けっぱなしして寝た。
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………
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………
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翌朝、やはり身体は重かった。
設置していたビデオカメラを見ると、録音を継続中だった。
停止して、再生してみる。
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(サーー…………………………)
画面には、寝ている俺。たまに寝返りを打ったりしている。
異常はない。
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早送りをしてみる。
異常はない。
早送り。
異常なし。
早送り。
異常なし。
早送り。
録画内の時間が深夜3時を指す。
そこで、
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俺はむくりと起き上がり、早送りのまま、カメラの目の前までやってきた。
俺は驚いて早送りを解除する。
ビデオから声がする。
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(ブツブツ……これ、録ってる?……録ってる……?……フフ………録ってるの?……ねえ……録ってる?……)
薄目を開けたまま、口元に笑みを浮かべたまま、俺が、俺の声じゃないような甲高い声で、
(ねえ、これ、録ってる?………録ってるの?……ねえ……録ってる?……)
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俺はカメラの前から遠ざかると、ベッドの横を行ったり来たりし出した。
うつむいたまま。
そしてまたカメラの近づいてくると、しゃがみこみ、
(ブツブツ……これ、録ってる?……録ってる……?……フフ………録ってるの?……ねえ……録ってる?……)
口元に笑みを浮かべたまま、甲高い声で、俺が。
俺が。
俺が。
俺が。
明け方まで。
作者綿貫一
こんな噺を。