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中編6
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私は道になりたい

music:4

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私には、道路の側溝に嵌(は)まって、道行く女性のスカートの中を下から眺めて興奮するという性的嗜好がある。

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今日も今日とて、午前3時頃に部屋を出る。

私がいつも潜んでいるスポットは住宅街の一角にある道路の側溝。

この道は近くにある女子高や女子大の通学経路になっており、午前7~8時頃になると多くの女性が利用する。

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まだ夜も明けきらぬうちに行動を開始するのは、もちろん側溝に潜むところを見られないようにするためだ。

午前1時、2時では深夜に帰宅する人間に見とがめられる恐れがある。

また午前4時くらいになると早起きの老人が散歩を始めたり、家の前の掃除を始めたりと、こちらも何かと恐ろしい。

よって、その間の時間帯である、午前3時がベストなのだ。

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今は7月。いい時期だ。

女性たちも薄着だし、側溝に長時間潜むにしても冬場よりつらくない。

真冬は本当に大変なのだ。側溝の、コンクリートの壁に接している部分から、身体がどんどん冷えてくる。

カイロを握りしめて耐えるのだが、本当に苦行なのだ。

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ただ、夏場は夏場で苦労することも多い。

虫が多くなる。特に蚊だ。

こちらは身動きが取れないのだから、蚊が寄ってきても好きなだけ血を吸わせるしかない。

まさに出血大サービスだ。

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また近年、夏場の大きな問題はゲリラ豪雨というやつだ。

この急に降りだす大雨は予想がしづらく、なおかつ生死に関わる。

繰り返すがこちらは側溝に仰向けに嵌っているのだ。

雨が降れば大量の雨水が側溝を流れてくる。真上(空)からも降ってくる。

水責めだ。

しかし昼間に急に側溝から身を起こすことはできない。見つかってしまう。

そこで、耐え忍ぶか、辺りの気配を注意深く探って退避するタイミングを伺うか、二択を迫られる。

まったくもって苦行なのだ。

私はまさに、命を削って、この側溝に潜んでいるといっても過言ではない。

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しかし止められない。

「なぜ貴方は命の危険を冒してまで側溝に潜むのですか」と人に問われたことはないが、

仮に問われたとするなら、「自分が一番輝ける場所だから」と応えるだろうか。

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もちろん、女性の下着を覗くことも目的だが、それだけが目的ならわざわざ側溝には潜まない。

窮屈なあの空間に身体を押し込み、みっしりと詰まった時のあの安定感、いや一体感か。

暗い側溝の中で私という存在は人の形を捨て、側溝と、道と一体となる。

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道行く女性たちは誰も地面の下に横たわる私の存在に気付かない。

それはそうなのだ。なぜなら私は「道」なのだから。

道を踏んで歩くのは当たり前。故に誰も気付かない。

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人が職業や趣味、生き方などについて問われて、

「私にはこの職業が一番合っている。この仕事をしている時が一番自分が輝いている」とか

「この趣味をしている時が、一番自分らしくいられる」とか応えるのをネットやテレビや本などで見聞きする。

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私の場合もそれと全く同じなのだ。

「道」になって女性の下着を見ているとき、自分は一番自分らしくいられるのだ。

そんなわけで、今日も私は側溝に潜む。

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私のお気に入りのスポットは住宅街の一角の、幅の狭い道だ。

道幅が狭いため集団で登下校する生徒たちにすれば横に並んで歩けず不便だろうが、

大通りへの近道になっているため往来者数は多い。

その側溝に潜むのだ。

道幅が狭いので、自然、私が潜む側溝の上を通過する確率が上がるというわけだ。

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いつもの場所に到着すると、辺りに人気がないのを確認してから側溝のふたを外し、身体を側溝に押し込む。

そして元通りにふたを戻す。側溝の中から重いふたを戻す作業を行うのは難しいが、私にとっては慣れたものだ。

作業が終わると私の姿は完全に側溝の中に消える。

私の視界はふたとふたとの間に空いた穴、縦2センチ横10センチの穴から見える世界のみである。

今は星のない暗い夜空が映っている。

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後は待つだけである。

4時間近く待つことになるが、気分が昂り眠気は一切なかった。

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空が白んでくる。この時期だと午前4時半頃か、薄い雲が空を覆っている。

犬を散歩させている人が何人か通過した。午前6時前といったところか。

そしてしばらくして、通学、通勤の人々が増えてきた。

午前7時頃だ。

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複数の足音が聞こえる。そして話し声。

それはだんだん大きくなり、側溝の中を反響して自分の耳に聞こえてくる。

そして、視界のすぐ近くを靴の裏が横切り、一瞬、ほんの一瞬、スカートとその内側のふともも、下着が視界に映った。

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正直、スカートで影になり、明瞭に下着が見えるわけではない。

しかし私自身が道になり、彼女たちが気づかず私の上を通過する。その一瞬、私は彼女たちを下から自由に覗きこむ。その行為に興奮は高まっていた。

ハアハアという自分自身の荒い息遣いが、嫌に大きく耳に響く。

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女生徒、

OL、

スーツの男性、

女生徒のグループ、

OL、

小学生のグループ、

女生徒。

足音である程度、どんな人物が通過するか事前に予想できるようになっていた。

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体感時間で2時間ほど経って、人通りが途切れた。

通勤、通学の人々のラッシュ時間が終わったのだ。

私は自分の中の興奮を沈める。

人通りの少ない時間帯のうちに、タイミングを見計らって側溝から脱出しなくてはいけない。

冷静にならなくてはいけないのだ。

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耳を澄ませる。

――コツ、コツ、

遠くから足音が聞こえた。

ひとり。

この足音の感じだと女性だ。

――コツ、コツ、コツ、コツ、

近づいてくる。私は息をひそめる。

――コツ、

止まった。私の、ちょうど真上で。

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スマホか何かを操作するのに立ち止まったものかもしれない。

ちょうどいい。私はふたに顔をピッタリとつけて穴から覗きこむ。

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女性だ。

ひざ下までの黒いスカートを履いていて、そこから2本のなまめかしい脚が見えている。

――もぞり

スカートの中、脚の付け根に影が見えた。

右のふとももに何かがある。

いや――いる。

ふとももにしがみついている。

大きさは――赤ん坊くらい。

いや、

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music:3

――うばあ

それは、赤ん坊だった。

ぬらぬらと身体の表面を血で湿らせた、目も開かぬ赤子だった。

そしてそれは、側溝に横たわる私めがけて――ずるり、と堕ちてきた。

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「うあああああああああああああああああああああああああああ」

「え、やあああああああああああああああああああああああああ」

ふたつの悲鳴が辺りに響き渡った。

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music:1

「で、アンタは側溝に嵌ったまま6時間もじっとしてて、道行く女性のスカートの中を覗いてたってのかい?」

ここは警察の取り調べ室。

山崎と名乗った大柄で強面の老刑事は、ハアとため息をつきながら、あきれたように私の方を見つめた。

「長時間ご苦労なこった。で、午前9時半頃、女性の通行人がアンタの真上に来たときに急に大声を出して側溝の中で暴れた、と。あの女性も災難だな。相当驚いたみたいだぜ。そりゃ、足元から急に声がすれば誰でも驚くか…」

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「刑事さん、あの、あの女性のふともも、ふとももに赤ちゃんは――」

刑事はまあまあ、と私をなだめて言った。

「赤ん坊なんかいねえよ。それはアンタの見間違いだ。誰が赤ん坊をふとももにしがみ付かせたまま出歩くかい。だっこちゃんか?歩きにくくてたまらんぜ」

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――そう、なのだろう。あれは私の見間違え。いや、しかしあれほどはっきり見えたのに。

血でぬらぬらと湿った皮膚、皺くちゃの泣き顔、――うばあ

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「ただな、あの女性、赤ん坊の話をしたら何か思い当たるところがあったのかもしれねえな、ああ、って言って寂しげな顔してたぜ」

そして老刑事は窓の方を見たまま云った。

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「世の中には、たまに気味の悪いことも起こるもんだ。なあ、兄ちゃん」

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実話を絡めた怖い話ですね。
毎回楽しませていただいております。
いろんな意味で、素晴らしく怖い話でした。

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