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俺は同じ会社の経理部のK子と付き合っている。
いわゆる社内恋愛ってやつだ。
K子はまだ20代、明るくふんわりした雰囲気の美人で、わが社のアイドルだ。
社内の男性陣はもちろん、取引先の男性陣からも、絶大な人気を誇っている。
社外の人間が経理部の事務であるK子に用事などそうそうないのだが、わざわざ顔を見にくる程だ。
そんな彼女と、この俺が付き合っていることは社内の誰にもバラしていない。
このことがオープンになると、いろいろ面倒だからだ。
俺は全男性社員から容赦のない嫉妬を受けるだろうし、彼女も彼女でいたたまれない状態になることは想像に難くない。
それに、「内緒で彼女を独占している」という優越感も、俺にはたまらないものだった。
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俺はといえば、30代なかば、営業部の中堅社員というところだ。
一応、社内外の人間には問われれば「彼女はいる」と応えているが、相手は別の会社のOLということにしている。
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俺のいる営業部と、K子のいる経理部とはフロアが別だ。
営業部があるのは3F、K子のいる経理部をはじめ、総務部など管理部門があるのは4Fだ。
俺が経理部に用事がある時にK子と顔を合わせることはあるが、日中、俺たちにそれほどの接点はない。
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仕事帰りに会社から離れた場所で待ち合わせをして飯を食ったり、休日にお互いの部屋に行ったり、一緒に出かけたりとか、そんな付き合いだ。俺たちの内緒の付き合いは、今のところ誰にもバレそうな様子はない。
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普段のちょっとしたやりとりにはラインを使っている。
日中はお互い仕事が忙しいのでやらないが、仕事終わりに待ち合わせの場所を連絡したり、夜寝る前になんとなくやりとりをしたりする。
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K子「今日は疲れた~(+_+) 決算近いから経理も大変だよ~」
俺「お疲れ。営業もノルマの追い込みあってキツいけどな」
K子「そっちもお疲れ様~。でも、営業の人は外回りあるから外出できてうらやましいよー。経理はずーっと一日中社内だよ。息が詰まる~(;_;)」
俺「まあ、確かにずっと社内ってのは大変だよな」
K子「そうだよー。部長もYさんもピリピリしてるし、Sさんはあんな感じだし…。私、今日一日、仕事以外のこと一言も話してないよ。一言も!( ;∀;)」
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経理部は全員で4人。
K子のほかに、50代のモアイのような強面の部長と、姉後肌の30代のYさん。
それにSさんという、40代後半の女性だ。
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Sさんも経理部のベテランで仕事はできるのだが、暗くて口数が少なく、人付き合いが良くない。
見た目は明らかに痩せぎすで、なんというか、潤いというか油っ気というか、が足りていない。
骨と皮でパサパサした感じだ。
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経理関連の書類に不備があると、たとえそれがちょっとしたことでも、Sさんはすぐに内線をしてくる。
そして粘着質に問いただされるのだ。
俺などは何度もSさんから突っ込まれている。
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…俺の書類に不備が多いだけかもしれないが。
(K子にもたまに突っ込まれるから、事実そうなのかもしれないが…)
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正直、社内では嫌われている。
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俺「はいはいお疲れお疲れ。今度の休みはうまいもんおごってやるから」
K子「やった!(≧▽≦) 絶対だよ~?覚悟しろよ~?」
俺「はいはい…。お手柔らかに」
K子「わーい!大好き☆(´艸`*)」
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その日、俺は風邪気味で熱ぽっかったので、早々に仕事に片を付け定時に帰ることにした。
K子は決算も大詰めで、今日も終電近くになるだろう。
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俺は会社を出てから、一応K子のラインに、
「風邪気味だから早く帰って寝る、がんばれ~」とメッセージを送っておいた。
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しばらくして携帯のバイブが鳴った。K子からの返事が来ていた。
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K子「大丈夫?薬飲んで早く寝なね?こっちは今日も遅いよ~(´;ω;`)」
俺は「がんばれ~」と短く返してから、コンビニで弁当を、薬局で風邪薬を買って家に帰った。
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部屋着に着替えてから、テレビをぼんやり見ながら弁当を食べ、薬を飲んだ。
熱めの風呂に入って身体を温めてから、ふとんに潜り込む。
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枕もとで充電している携帯を見ると、22時だった。
普段は午前1時くらいに寝ることが多いから、だいぶ早い。
しかし薬のせいか、やがて眠気が襲ってきた。
俺はそれに逆らわず、目を閉じた。
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ブゥーン…
携帯のバイブが鳴った。
K子からラインが来ていた。
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K子「寝てた?具合どう?(´・ω・)」
携帯の画面を見ると、時間は0時を少し過ぎていた。
寝ている間に熱が上がったのかもしれない。びっしょりと寝汗をかいていた。
俺は布団に横になりながら、ラインに「熱が出てきた」と書き込んだ。
汗をかいた下着と寝巻を着替えようと思い、のっそりと起き上がる。
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またバイブが鳴る。
K子「何度くらい?苦しい?(>_<)」
少しふらつきながら、布団の上で着替えをする。
それから体温計を出してきて熱を測ってみる。37度9分だった。
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俺「7度9分。大丈夫だよ。そっちは終わった?お疲れ。風邪流行ってるみたいだから気をつけろよ。寝るよ」
そう送ってから再び布団に潜り込む。
眠気はすぐにやってきた。
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K子「熱高いじゃん!心配だよ~(;_;)」
shake
K子「汗かいてない?汗で濡れた寝巻着てちゃダメだよ~(/・ω・)/」
shake
K子「水分水分!水分とんなきゃダメだよ(/・ω・)/」
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…心配してくれるのはいいが、少々うざい。
K子はこういうところの空気を読むのは得意なはずだがーー。
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K子「これから部屋行ってあげようか?添い寝してあげるよ~?(≧▽≦)」
…酔ってるのか?
決算の仕事がひと段落して、経理部の人たちで飲みにでも行ってるのかもしれない。
楽しむのは結構だが、体調が悪い時に付き合わされるのは勘弁してほしい。
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「寝るから。おやすみ」短くそう返した。
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K子「ごめん、うるさかったね。(>_<)でも心配で。お休み」
わかってくれたならいい。
shake
K子「早く元気になってね。」
shake
K子「普段なかなか経理部来てくれないから、顔見れなくてさびしいんだよ(;_;)」
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K子「もっと上のフロア来てよー( ;∀;)」
shake
K子「すねちゃうよー( `ー´)ノ」
…。
しばらく画面を見ていたが、目で追うの億劫になってきた。
それよりも眠い。目を閉じた。
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ブゥーン…
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深い森の中、汗だらけの俺が逃げ回っている。後ろを振り返ると黒い煙のようなもの。
蚊だ。あれは蚊の大群だ。俺を追ってきている。俺の血を吸おうと追いかけてくる。
追いつかれたら大変だ。
逃げなくては逃げなくては逃げなくては
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ブゥーン…
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ブゥーン…
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ブゥーン…
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ブゥーン…
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ブゥーン…
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ブゥーン…
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夢を見ていた気がする。
窓の外がぼんやり明るくなっている。明け方らしい。
寝巻は汗でぐっしょりだった。
枕もとの携帯のライトがチカチカと点滅している。
操作してラインの画面を見る。
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未読のメッセージ
未読のメッセージ未読のメッセージ
未読のメッセージ未読のメッセージ未読のメッセージ未読のメッセージ
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未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読未読
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熱は下がっていた。身体のだるさもない。
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始業時刻よりも早めに会社に着くと、カバンを机に置いて4Fに上がる。
経理部を覗くとK子はまだ来ていなかった。
モアイ部長の姿はなかったが、席にはカバンが置かれている。もう出社はしているようだ。
K子の隣の席のSさんがパソコンを立ち上げているところだった。
俺は「おはようございます」と声をかけた。
Sさんはびくり、と身体を震わせると、ぎこちない仕草でぺこりと頭を下げた。
俺は3Fへ降りた。
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日中は仕事が忙しく、経理部には寄れなかった。
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夕方、俺は仕事に早めに片をつけていた。
定時を少し過ぎた頃、K子が3Fに顔を見せた。
キョロキョロと誰かを探すような素振りをしていただが、「まあいいか」みたいな顔をしてエレベーターホールの方へ歩いていく。
それを見た俺は、
「病み上がりなんで、お先しまーす」
営業部のメンツにそう声をかけて、会社を出た。
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会社から駅に向かう途中、K子が待っていた。
やっぱり。
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「風邪よくなー」「おい、お前昨日のあれはー」
ふたりして話し出そうとして声がかぶった。
一拍空いてからK子が口を開いた。
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「昨日は連絡できなくてごめんね。昨日夕方から携帯が見当たらなくなっちゃって」
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――え?
さっきまで頭にあったK子への文句は、すべてクエスチョンマークに置き換わった。
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「え?だってお前、昨日の夜ずっとライン送ってきてたじゃんか」
「え?なにそれ?携帯なかったんだから送れるわけないよ」
「え?」
「え?」
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K子の話を聞くと、昨日の夕方、俺が会社を出るときに送ったラインに返事を返したあと、気づいたら携帯が見当らなくなっていたそうだ。
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「休憩室行ったり、トイレ行ったりしたときには携帯持って行ってたけど、それ以外はデスクのパソコンで充電してたんだけど…」
「で、見つかったのか?というか、会社の電話から自分の携帯に電話かけて、着信音とかバイブの音で探せばよかったじゃん」
「その探し方はしました。でも電源が入ってない、って。ずっと充電してたのに電源切れるなんておかしいって思ったんだけど…。で、今日の朝、私のデスクの下の床に落っこちてた。充電は切れてたけど…」
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「でも、昨日の夜、お前めちゃくちゃライン送ってきてたぞ?」
「うそ。え、ほんと?」
K子は自分の携帯のラインを立ち上げて確認する。
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「…昨日、私が定時に送ったメッセージ以外、履歴ないよ?」
「はあ?」
俺はK子の携帯のラインの履歴を確認する。
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K子「大丈夫?薬飲んで早く寝なね?こっちは今日も遅いよ~(´;ω;`)」
俺「がんばれ~」
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確かに履歴がない。K子からのメッセージも、俺からの返信も。
でも、
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「でも、俺のラインには履歴残ってるって。ほら」
俺は自分の携帯をK子に見せる。
「え―? え?え?なにこれ?うわ、すごい数、うわうわなにこれ」
K子の顔が青ざめる。
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「…ラインの履歴って、消せるよな、たしか」
「え?うん、たしか。え?」
「昨日、夜、会社誰がいた?経理部って遅かったんだろ?」
「うん、経理部が一番遅かった。でもYさんは少しだけ早く帰った。最後は部長と私とSさん…」
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K子が震えている。
そうだよな。
怖いよな。
厭だよな。
途中まで完全に騙されていたマヌケな自分が言うのもなんだが…、結構な役者だなSさん。
あ、でもSさんとは限らないか、最悪、あのモアイ部長―、いやいやいや。
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明日も、会社だ。
作者綿貫一
はじめまして。
初投稿です。
よろしくお願いします。