状況が状況だ。モノ取りの線は考えにくい。
金目のもの目当てにあんなゴミ屋敷にわざわざ侵入、婆さんを殺害した上バラバラにするなんていうことは、普通であれば考えにくい。
そう、ゴミ屋敷なのだ。
近隣の住人からは迷惑がられていたことだろう。
悪臭、不衛生、虫、火事の危険性――
デメリットばかりだ。
現場は光田と鑑識連中にまかせ、俺と山崎は近隣の住人の聞き取りに回ることにした。
そして俺は、大庭の婆さんの悪評を嫌と云うほど聞かされることになった。
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「ええ、はい、大庭さんですか?正直迷惑してました。
街を徘徊しては、ゴミ捨て場から粗大ゴミやら生ゴミやらを持って帰ってきてあの家に溜め込むもんだから…。
臭いはすごいし、虫も出るし…。この近所ではお洗濯は外に干せませんもの。
ええ、ひどい時には動物の死体を拾ってきたこともあるんですよ――」
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「ああ、あの婆さんかい?気味が悪かったな。ボサボサの白髪頭でさ。
腰がえらい曲がっててね、いつもうつむいてて、うん、あれじゃ地面しか見えてなかったんじゃねえか?
着てる服は丈も肩幅も全く合っていないダボダボのトレンチコートでさ。
そのコート引きづりながら、ヨチヨチとおかしな足取りで歩いてたんだよ。
冬場はもちろん、夏場でもその格好だったんだぜ。薄っ気味悪かったよ――」
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「大庭タエさんは、若い頃はとても綺麗な方だったんですよ――」
タエの家の裏手に当たる家に住む、70歳手前の佐々木という老人は、温和な口調でそう語った。
和室の応接間に俺と山崎を通すと、茶を勧めた。
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「大庭さんは40年ほど前、新婚の時に旦那さんと一緒にあの家に越してきたんですよ。
私はそれよりも前からこの家に住んでいましてね。以来、家族ぐるみでご近所付き合いをさせていただいていました。
その後、私の方は早くに家内を亡くしてしまいましたがね…。
ええ、大庭さんご夫妻はとても仲睦まじいご夫婦でした。よくお二人で出かけられていましたよ」
遠い目をして老人が語る。
窓の外はすっかり日が落ちている。
わずかに開いたふすまの向こう、明かりのついてない隣の部屋に、古い仏壇が見えた。
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「ただ、こちらに越してきてから5年ほど過ぎた頃のこと、旦那さんがね、急に失踪されたんですよ。
外に女をつくって他所に行ってしまったんではないか、とね。そんな噂が流れました。
本当のところはどうだかわかりませんが、タエさんは大層取り乱していました」
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「それからタエさんはだんだん家に閉じこもるようになっていきました。
私もなにかと世話を焼こうとしたんだが、タエさん、口もきいてくれんでねえ。
さらに何年かするうちに、街を徘徊するようになった。
身なりも顔つきもすっかり変わってしまって、ご近所からも疎(うと)まれて…」
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「以来何十年、家はゴミ屋敷、うちの庭にも大庭さんちのゴミが塀越しにあふれて来てまして…いや、」
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――パキッ
不意の物音に、佐々木老人が窓に目をやる。
位置的にはゴミ屋敷に面している方角だ。
老人の表情は雲っている。
――いや、青ざめている?
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――パキッ、ガタッ
――パキキ、ギッ、ギッ、ギッ、
――ミシッ、ガタンッ
家鳴り、だろうか。
大量のゴミが崩れて、連鎖的に崩落が起こっているのかもしれない。
しかし俺には、今は無のはずのゴミ屋敷の中を、何かが這い回っているかのような、そんな音に聞こえた。
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しばらくして隣家の音はやんだ。
カチン、ブゥーン―…
代わりに、佐々木家の居間の電灯が小さく振動する音がした。
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俺たちは佐々木老人宅を辞去し、飯を食ってから所轄に戻った。
刑事部屋では光田が俺たちを待っていた。
「安井さん、現場から新たに腕と足がでました。
ただ――」
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music:3
「――腕が2本、足が3本です」
作者綿貫一