中編6
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ゴミ屋敷に棲むモノ 1/3

music:1

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「世の中にゃあな、たまに、気味の悪いことも起こるもんだ」

赤ら顔をした祖父が、久しぶりに里帰りをして晩酌に付き合っていた私に、こうつぶやいた。

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そして、彼が若い頃に遭遇した、ある出来事について語り始めた。

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wallpaper:33

昭和50年の暮れのことだ。

当時、刑事だった俺は所轄の刑事部屋にいた。

その日はえらい寒い日だったな。

窓の外には雪がちらついていた。

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午後10時頃、部屋の電話が鳴った。

埼玉のとある片田舎の街で、事件が起きたと電話の声は云うんだ。

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music:3

shake

足がな、片っぽ、落っこちていたと云うんだ。

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music:2

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報告を受けて聞いた話だ。

発見現場になった民家の近くを、近所に住むOLが家路を急いでいた。

住宅街の中の街灯の少ない道だ。

いつもなら真っ暗な道だろう。

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だが雪がちらつくその日、

夜空はぼんやりと薄明るく、家々の影が黒々とそびえていたそうだ。

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そしてOLは「その家」の前を通りかかった。

OLは「その家」の前は特に早く通り過ぎたいと、

急ぎ足で歩を進めていたそうだ。

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そうしたらな、視界の隅に映ったそうだ。

半開きになった玄関の、その隙間から。

――白い、

――白い、白い、白い、

shake

裸足の足が片っぽ、覗いていたそうだ。

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「ひ…っ」

OLは息を飲んだ。

最初、誰かが倒れている、と思ったんだそうだ。

それで視線を動かすと、

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足は、膝から上がなかったんだと。

雪がちらつく薄暗闇の中、

白い足が一本、

ごろり、と。

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sound:39

彼女は悲鳴を上げた。

近所の連中が何事だと飛び出してきた。

それで通報があったんだ。

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ガイシャはおそらく、

その家で一人暮らししている婆さんらしい、と聞いた。

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俺が現場に着いたのは、日付が変わろうとする頃だった。

それでも住宅街はざわついていたよ。

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近所の連中がわざわざ寝巻の上に上着を着こんで、その民家の周りを取り囲んでいた。

連中の目には不安と、好奇の光が灯っていたよ。

それはまあ、どこの現場でもよくあることだ。

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だが、ここは少し様子が違っていたな。

現場が、場所が、少々違っていたんだ。

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その事件の起こった民家、

近づくごとに饐(す)えた臭いがしたな。

家の輪郭がこんもりと、不自然に膨らんでいた。

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そこはな、

今じゃたまにテレビに取り上げられていたりもするだろう、

敷地いっぱいにモノがあふれた、

「ゴミ屋敷」ってやつだったんだ。

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「ご苦労様です」

家の前で現場警備をしていた若い警官が、姿勢を正して声をかけてくる。

「おう」

俺は短く応えて玄関の敷居をまたぐ。

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「ん…?」

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玄関の三和土(たたき)に靴があった。

女ものの靴、

サンダル、

ハイヒール、

スニーカー、

男もののビジネスシューズ、

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shake

sound:22

靴、靴、靴、

靴、靴、靴、靴、靴、

靴、靴、靴、靴、靴、靴、靴、靴、靴、

靴、靴、靴、靴、靴、靴、靴、靴、靴、靴、靴、

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ぎっしりと。

狭い三和土を埋め尽くす靴、靴、靴。

種類もサイズもバラバラな、

両足分きちんと揃っているかどうかも怪しい靴の群れ。

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刑事たちの靴ではない。

ガイシャの婆さんは一人暮らしと聞いていた。

それなのに、この靴の量。

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婆さんがどこからか拾ってきたんだろうか。

モノを捨てられない、婆さんの性質に寄るところなのか。

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玄関から家の奥へと通じる廊下も、モノであふれていた。

大量のゴミ袋、散乱した新聞、埃まみれの衣服、

壊れた扇風機、変色した雑誌類、

画面の割れたテレビ、

ゴミ、ゴミ、ゴミ…

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雑然と、無造作に置かれたモノたち。

それらに圧迫されて、ただでさえ狭い廊下はさらに狭くなり、まるで洞窟のようだ。

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廊下の奥は暗闇に沈んでいる。

電気が止まっているのか、電球が切れているのか。

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奥から同僚の刑事たちと鑑識たちの声がする。

懐中電灯の光がチラチラと動いている。

俺は天井までうずたかく積まれたモノ達を崩さないよう、身を屈めて慎重に進んだ。

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居間にあたる部屋に入ると同僚の刑事が部下の山崎に何事か話しかけていた。

俺が声をかけると、うつむいていた山崎が顔を上げた。

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「あ、ああ…、安井さん…」

「おう、どうした山崎。テメエふるえてるじゃねぇか」

若手の山崎はガタイはでかいし強面(こわもて)だ。

だが、どうにも芯が細いところがある。

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「あ、あああ…俺、俺、ここ…ダメです…」

懐中電灯の光を向けられた山崎は青い顔している。歯の根が合っていない。

「安井さん、ちょっとこっちへ」

光田という長身の刑事が俺を呼んだ。

山崎から少し離れたところに二人で移動する。

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「山崎の奴はすっかりビビちまってますんで、俺から報告します。

ガイシャはこの家の住人で大庭(おおば)タエ、70歳。

22時に近所に住むOLが帰宅中、この家の玄関口でガイシャの『右足』を発見。OLの悲鳴を聞きつけ近所の住人が通報しました。」

光田は部屋の埃に少し咳き込んだ。

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「安井さん、この婆さん足だけじゃない、もっとバラされてました。

通報を受けて我々と鑑識が現場に到着。

家の奥に声をかけてみましたが応答がないため、このゴミ屋敷に上がり込んで奥の風呂場で『左腕』を発見しました。

で、この居間で山崎が婆さんの『頭部』を発見したんです」

山崎の奴、それでビビってんのか?

傷んだホトケさんを見るのなんか初めてってわけでもないだろうに…

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shake

「安井さん‼」

背後から山崎が大声で叫んだ。

俺と光田はギクリとして振り返る。

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「俺、俺、先に家に入った光田さんが、風呂場で腕が出た、バラバラだ、他の部屋にもあるかもしれんぞ、って言うんで、この居間を懐中電灯で照らしながら見渡したんです。

ゴミだらけで歩き回るなんてできなかったんで、

ここ、この居間の入り口に立って部屋ん中を、こう照らして、

床、棚、部屋の真ん中にコタツ、

コタツの上に食いかけの飯、部屋の隅にゴミ袋、テレビ、ガラスの割れた窓、

もう一度コタツ…、」

shake

sound:22

「そうしたら、コ、コタツの上に婆さんの、あ、頭が…あって…、俺、さっきコタツの上見たんです、懐中電灯の光だけど確かにコタツの上はちゃんと見たんです、食べかけ飯があって、それ以外何もなかった。でも、もう一度見たときには、婆さんの頭があったんです。さっきまでなかったのに。こっち見てた、じっと見てた。俺、目が合ったんです。目開いてたんです。なんで、俺、おれ――」

山崎が俺の肩を掴んでガクガクと揺さぶりながら、訴えるように叫ぶ。

指が肩に食い込んで痛みが走った。

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ガツ―

俺は山崎の頬に拳をくれてやった。

山崎はその場にひっくり返って、きょとんとした顔で俺を見上げた。

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「おう、落ち着いたか?お前、一度外出てこい。こんな辛気臭いところにいるからいけねえんだ。早く行け!」

は、はい、と転がるように山崎が部屋を出ていく。大きな身体がゴミ山にぶつかって雪崩を起こした。

俺はふう、とため息をついた。

――最初はなかった頭がねえ。天井から降ってでもきたのか。

真っ暗な部屋のどこからか、ミシミシと何かが軋(きし)む音がした。

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どうやらこのゴミ屋敷には電気が来ていない。

深夜の現場捜査は困難だろう。

本格的な捜査は翌日からということになった。

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>鏡水花様
コメントありがとうございます。
全3話予定です。
あと2回、お付き合いくださいませ。

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>マガツヒ様
コメントありがとうございます。最近寒いですもんねw
続きは少々お待ちください。

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