彼女と喧嘩別れした日の帰り道、携帯電話が地面に落ちているのを見付けた。今時珍しい二つ折りのガラパゴスケータイ。色は青で、落とされてからかなり時間が経過しているのだろう、塗装が所々剥げていた。
手に取って開いて見ると、ちゃんと起動する。待ち受けはペットらしき犬の写真。
落とし物なら、交番に届けるのが筋だろう。
けれど、住んでいるアパートはもう目の前。更に言うなら、交番はアパートから真逆の方向で、今は真冬。不貞腐れて飲んだくれていた所為で時刻はそろそろ十二時を回る。
・・・・・・明日で良いか。
俺は拾った携帯電話を上着のポケットに入れ、アパートへの道を歩き始めた。
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上着をハンガーに掛け、敷きっぱなしの布団に寝転がる。居酒屋を出てから一時間は経っている筈だが、まだ頭がふわふわとしている。飲み過ぎた。
この分じゃ明日は二日酔いだろう。まあいいか。どうせデートの予定も取り消しだ。一日ゴロゴロしていよう・・・。
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ピロリロリン♪
無音だった部屋に響き渡る電子音。彼女からか。
さっきは悪かったという謝罪か。復縁しようと言われたらどうしよう。本当ならすぐにでもyesと答えたいところだが、其れはあんまりにも格好が付かない。少し焦らしてみるのも良いだろう。いや、やっぱり直ぐに返事をした方が感じが良いかな。
勢いを付けて跳ね起き、スマホを確認する。新着メッセージ0件。
何だよ。違うのかよ。大きな溜め息を吐く。
いや、そもそもあいつ、連絡は基本lineでメールとか使わなかったもんな。
壁の上着を見遣る。ポケットには、さっき拾った携帯電話が入っている。
此れか。
ポケットに手を差し込み探る。携帯電話を取り出すと、ライトの部分が薄青く光っていた。
何となく開いて見ると、メールの題名が表示されていた。
《大好きなコウ君へ》
どうやら彼女からのメールらしい。そうか。こいつコウ君っていうのか。羨ましい奴め。
羨望と切なさの入り交じった感情で胸がヒタヒタになる。そうか。こいつには大好きと言ってくれる彼女が居るんだな。
ポチ
メールを開く。後から文句を言われるかも知れないが、持ち主を探すために読んだと言えば大丈夫だろうと思った。
差出人は・・・佐原ミユ。
様々な絵文字で飾られた文章。
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大好きなコウ君へ(赤いハートマーク)
元気ですか?
最近大学に来てないみたいで心配です(眉をハの字にしたウサギの絵文字)
ずっとお家に居たらダメだよ~(しょぼんとしているウサギの絵文字)
コウ君は変わってしまったって他の人は言うけど、私は相変わらずコウ君のことが大好きです(頬を染め、ハートを出しているウサギの絵文字)
ご飯もちゃんと食べてないと聞きました。
前に風邪引いた時、私の作ったお粥、美味しい美味しいって食べてくれたよね。覚えてますか?
良かったら作りに行こうか?
いつでも頼ってね(少し勇ましい顔で笑うウサギの絵文字)
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ちくしょう。読んだら何だか無性にイライラしてきた。もういい。凄い返信してやる。嫌われてしまえ。孤独の苦しみを味わえ。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。
返信ボタンを押し、出てきた白い画面にありったけの罵詈雑言を書き込もう・・・とした。けれど、出来なかった。こういう所だ。こんな小心者だから、俺は・・・。
ポチポチと文字を打つ。
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ーーーーーー
ありがとう。
風邪を引いたみたいです。
来てくれると嬉しい。
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・・・・・・これぐらいの悪戯なら、許して貰えるだろう。
送信ボタンを押す。
文脈から察するに、この携帯の持ち主は引きこもりらしい。道端に放置されてから時間が経っているらしかったし、落とした後に引きこもりになったのかも知れない。そして、羨ましいことにそいつには、そうなっても支えてくれる彼女が居るのだ。
・・・俺の彼女も、昔は俺を支えてくれていた。
我が儘も言ったし無理もさせたけど、ずっと俺の傍に居てくれた。
「ごめんなさい。もう、無理なの。」
今日だって、もっと色々言いたいことがあったのだろう。思い切り俺を罵りたかっただろう。
其れなのに俺は・・・・・・。
急に彼女が恋しくなった。
布団の横に放り出しているスマホを見遣る。
・・・・・・謝って、みるか。
今まで録に好きだとも言ってやれなかった。此れからは、大切にしよう。なんだか今なら、出来る気がした。
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ピロリン♪
lineの着信音。間違い無い。今度は俺のスマホからだ。
急いで画面を確認する。
映し出された《Miyu》という名前。彼女ではなった。そもそも、登録した相手ですらない。
Miyu・・・みゆ。みゆ。何かが気に掛かってメッセージを開いた。
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こんばんは(^-^)/
返信してくれてありがとう(*´ω`*)
今日から君が私のコウ君だね(*/ω\*)
お粥作ってきたよ(^o^)
早 く ド ア を 開 け て 。
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ピンポーン、とチャイムが鳴った。
作者紺野
此の物語はフィクションです。実在の人物・団体・その他諸々とは一切関係ありません。
昔話のアレンジです。元々は電話じゃなくて手紙の話でした。
女子から来るのメールがどんな感じか、経験不足なのでよく分からんとです( -'д-)
この間受験が終了したかと思ったらもう期末試験。ハードです。三年生。