俺たちのすぐ傍に潜む怪異。
普段生活している上で、突然それと出会ったとしても普通の人は気が付かない。
見間違いか、気の所為だと流してしまう事が殆どだろう。
今回の事も、俺1人だったらまず気付く事がなかったであろう些細な異変だった。
ふとした違和感、視界の隅に写った影、それらを注意深く観察していると貴方も気付くかも知れない。
彼らのメッセージを。
…
これは、まだヤンチャばかりしていた十代の頃の話だ。
その日、ケンタと二人で繁華街に繰り出し、散々飲んで歌ってナンパして、最終電車に揺られながら最寄り駅に到着した。
俺の地元は田舎だったので駅も古く、今では珍しい単線だった。
電車を降りたのは俺たち2人以外に、40代と思しき女性が1人だった。
俺は少し前から便意を催していたので、ケンタをホームに残してトイレに入った。
ギイ
サビが回った入り口のドアを開けて、一つしかない和式の個室に入る。
ズボンとパンツを下ろし、さあ座ろうかと思った時、目の前の小窓の外から「ガシャーーン!!」という耳を塞ぎたくなる程の物凄い音が2回した。
窓から下を覗きこんだら、そこには背の高い竹藪と遥か下を流れる川が見えるだけだった。
小窓を閉めて、気を取り直し用を足す。
スッキリしてお尻を拭き拭きしていると、不意に「コンコン」とドアをノックされた。
この駅のトイレは男女兼用なので、さっき一緒に降りた女性かな?と思いつつ、コンコンと返事を返した。
「………」
反応がないので尻を拭き、ズボンを上げて立ち上がる。すると、なぜかさっき閉めた筈の小窓がまた開いていた。
ザワザワとしなる竹藪から、生温い風が吹き込んでくる。個室を出たら、トイレには誰もいなかった。
ホームで待っていたケンタと改札を潜り、暗い夜道を歩いていると、ケンタが「くくくっ」と笑いながらハイライトに火をつけた。
「おいロビン、さっきトイレに誰か入って来なかったか?」
「んっ?ああ」
「何か変じゃなかったか?」
「んっ?別に」
「ふぁっ?」
ケンタは「信じられない!」という表情で俺の顔を見つめた。
「な、なんだよ?」
「なんだよって、ロビンの後にトイレに入ってったの、アレって人間じゃねぇんだけどなw」
「はっ?何言ってんだよ?アレはさっき一緒に降りた女だろ?」
「ちげーよ、あの女はすぐに駅から出てったよ」
背中にブツブツと鳥肌が浮き上がってきた。
そう言えばドアが開く時の錆びついた音も、誰かがトイレに入ってきた足音も聞いていない。立ち去る足音も…
何故、あの時に気づかなかったのだろう?
「なんだよ、やっと気付いたんかよ?おっせーなw」
「ど、どんな奴が入ってきたんだ?」
「知りたいの?聞かねー方がいいかもよw」
ガシャーーン!
ガシャーーン!
その時、駅の方からまたトイレの中で聞いたあの喧しい音が響いた。
見ると、改札口の向こう側に、異様に背の高い黒づくめの女がこっちを見ていた。
「あ、あいつか?」
ケンタはニヤニヤしながら頷いた。
「アイツ、頭から足元までずぶ濡れでな。片足引きづってさ、顔じゅう掻きむしりながら歩いてたよ。なんでか分かんねーけどあのトイレに執着してるみたいだな」
そう言えば、ケンタは昔から絶対にあのトイレには入らない。
「実は俺、アイツ見るのこれで5回目なんだ… トイレの裏手って川になってんだろ?毎回、あそこから這い上がって来てんだよなアイツw」
「マジかよ…」
駅の方を見ると、もう女の姿は無かった。
そんな大切な事はもっと早く言ってくれよ…
「あのさ、ケンタ」
あの「ガシャーーン!」という音は何だったのか?という俺の問いにケンタは首を傾げた。
「…音?」
【了】
作者ロビンⓂ︎
ベタな話ですが、これも実話です。
些細な事ほど怖いもの。
現在は改装されて綺麗なトイレに生まれ変わっているようですが、入るのは怖いです…ひ…