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これは、私が小学生の頃体験した話です。
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夏休みに入り浮かれている私と妹を連れ、母が向かったのは祖父母の家でした。
長期休暇中に出された宿題は祖父母の家で終わらせる、というのがわが家の決まりごとで、今回も長期休暇開始早々にそのルールが決行されたのです。
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「よく来たねえ」
「仏壇にお菓子あるぞ、食え」
久しぶりに見る孫に、向日葵のような笑顔を向けてくる祖父母の表情が眩しくて、毎度の如く「帰りたい」とは言えずに、母の背中を見送りながら小学五年生の夏休みが始まりました。
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祖父母の家に来て二日目。
その日は宿題をやった後に妹と公園に行き、貸切状態だった公園で全ての遊具を遊び尽くし体力勝負の持久走をやってみたりして、帰る頃にはもうへとへとでした。
夕飯を食べお風呂に入る頃には眠気がピークで、祖父母に寝ると伝え、同じく欠伸の止まらない妹とふたりで二階の寝室に向かいました。
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祖父母の家は二階建ての一軒屋で、祖父母たちは一階、私と妹は二階で寝ています。
少しくねった階段の先には少しの廊下と左右に部屋がひとつずつあり、右側の部屋が寝室になっています。
寝室にはシングルベッドがひとつ置いてあるのですが、ふたりで寝ると寝返りの際ベッドから落ちてしまうことがある為、ベッドの横のスペースに布団を敷いて、ひとりずつ寝るようにしていました。
その日は妹がジャンケンに勝ちベッド、私は負けたので布団で寝ることになり少し悔しかったのですが、布団に横になった途端そんなことどうでもよくなり、吸い込まれるように眠ってしまいました。
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ズッ… ズッ…
夜中、足音が聞こえ目が覚めました。
いつも祖父は夜中にトイレに行くので、それだろうと思い寝なおそうと思ったのですが、一向に水を流す音が聞こえません。それどころかトイレの戸を開けた音もせず、ただ暗闇の中、動いては止まり、動いては止まり、を繰り返す足音だけが響いていました。
お爺ちゃん、どうかしたのかな、と思っていると
ギシ…
階段の軋む音が聞こえました。
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ここで少し、寒気がしたのを覚えています。
祖父はいつもトイレに行くために起きて、トイレを済ませて一階の寝室に戻ります。
いつものルートを辿らないというだけで、二階に向かってくるそれが異質なものに感じました。
ギシ… ギシ…
階段を一段一段上がってくる音が聞こえます。間違いなくそれは近づいてきています。
寝室で妹と夜中まで話し込んでしまった時は祖父が二階まできて怒られたことはありますが、今は勿論妹は寝ているし、私も一言も言葉は発していません。
もしかしたら孫がちゃんと寝ているか確かめに来たのかもしれない、きっとそうだと思い、目を瞑りました。
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ペタ…
階段を登り終え、すぐそこまできた足音を聞いて声を上げそうになりました。
裸足で歩いているような音だったからです。
祖父母は、家では必ずスリッパを履きます。靴下で歩くくらいのことはあっても、裸足で家の中をうろつくことはありません。
この足音は祖父のものではないのではないか、という見えない不安が頭を支配していきます。
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ペタ… ペタ…
足音は、私たちのいる寝室の前で止まりました。
祖父母が、ちゃんと寝ているかどうかを確かめに来たのなら、すっと寝室の戸を開け、中を確認して、一階へ戻っていく、はずです。
しかし、戸はいつまで経っても開きません。
足音の主がすぐそこいる気配はありますが戸は一向に開かず、またペタ…ペタ…と足音だけが聞こえ始めました。
そんなに広くない廊下を、ぐるぐる、ぐると回り、また寝室の前で足音は止まりました。
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今、この戸を開けたらどうなるんだろう。
そんな衝動にも駆られました。
しかし、もし誰もいなかったら、もし知らないひとが立っていたら、というたらればが頭にいくつも浮かび思考に体が追いつかず、全く動けません。
その後もペタペタは寝室の前をうろうろしたり止まったりを繰り返していたと思います。
寝てはいけない、寝てはいけないと思いながらも暗闇の中意識が保てず、すうっと感覚が遠のいていき、気付くと朝になっていました。
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あの足音がなんだったのか、今もわからないままです。
ただ、あれは祖父母のうちの誰かではなかったような気がします。
足音はどこの灯りもつけず一定のリズムを刻み歩いていましたが、祖父母が真っ暗闇の中でそんなことが出来るとは思えません。
それに、あの素足は少し、水に濡れていたような気がするのです。
作者moshimo
相手が見えない足音は、こわいです。