どうか許してほしい。
全部私のせいだ。
泣いても彼女は許してくれないだろう
絶対に音を出してはいけない
このままじゃ死んでしまう
階段を跳ねるように登ったり降りたりする音が聞こえる。
あそんでいるのかな?
違うもてあそんでいるんだ
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私が子供の頃暮らしていた場所は点々と空き家があり、誰かが夜逃げ同然に逃げ出しては、別の誰かが夜逃げしてきたりするような一体誰が近所に住んでいるのかよくわからない街でした。
私はいつも通学途中の角を曲がった所にある空き家が気になっていました。
その家にだけは誰も引っ越してこないのです。
当然といえば当然でしょう、二階建てのその家は、玄関のガラスが割れ柱は腐り、なんといってもひどい匂いがするのです。
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その家は私が産まれるより前からあるそうなのですが、父も母もそこに誰がいたかは分からないそうです。
私は毎日中の様子を伺っていましたが、妙に頑丈そうな雨戸が私の視界をいつも遮りました。
他人の家ではあるのですが、当時の私には冒険の舞台のように映っていたのです。
私は友人の由美ちゃんを誘い、今度の土曜日に探検しようと試みました。探検なんて言っても所詮は子供、1人では怖いのです。
当然由美ちゃんは嫌がりました。由美ちゃんはあんな汚い所に行かないで普通に遊ぼうと私を諭そうとしましたが、私の決心は固く硬く堅く!
無理矢理由美ちゃんと夢の大冒険へ第一歩を踏み出しました。
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当日私達は深夜に待ち合わせ、こっそりと家を抜け出しあの家へ向かいました。
1階に入れそうな所はなかったのですが、二階の雨戸に少しの隙間を見つけました。
近くに積んである木材を登り雨戸を開け、熟練の泥棒のように私達は中へ侵入しました。
私達が侵入した部屋はどうやらかつて寝室だったようで、毛布が床に乱雑に敷いてあり押し入れにはカビ臭い布団がだ畳まれていました。
私は何か手掛かりはないか…と、探偵気分で悦に入っていました。うしろでは由美ちゃんが臭いよぉ臭いよぉと泣きそうな顔で鼻をつまんでいました。
手掛かりってなんの?
由美ちゃんに聞かれて私は言葉に困りましたが、全ての謎の手掛かりよ!と自信満々に言い放ち、笑顔を向けました。
由美ちゃんはそう…と呟き、冷たく私を見ていました
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隣はどうやら子供部屋のようです。さっきの寝室よりは些か小綺麗でしたが、やはりつきまとうカビの匂いは同じでした。
私達は近所の空き家へ侵入したということもあり、多少は足音や話し声に気を付けていたのですが、所詮小学生の探偵ごっこです。あちこち踏み散らかしたり、突然出てくる虫にキャッと大声を出してしまったり、緊張感は段々なくなっていました。
1階に降りようと階段を降り、階段の左にあるふすまを開けたとき、私達は全身が凍りつきました。
中年の男性と女性そして幼稚園くらいの女の子、その女の子を抱っこしている老女。
物音一つない廃墟に、家庭のようなものが存在していたのです。そして彼らは二階で騒いでいた私達にも、今ふすまを開けたという出来事にも全く無関心なままちゃぶ台を囲んでいるのです。
私達は逃げようにも体が動きませんでした。その時幼稚園児くらいの女の子がバンとちゃぶ台を叩きました。
その音で私は由美ちゃんより一瞬早く硬直が解け、由美ちゃんを引っ張って玄関に走りました。しかし、玄関はガラスが割れてはいるものの資材のような物が大量に積んであり、逃げられません。
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私達は引き返し、二階へ向かいました。
すると、ちゃぶ台にいた中年男性が目を見開いたままニヤニヤ笑い、階段に立ち塞がっていました。
男性は上はランニングシャツを着ていましたが、下は何も履いていませんでした。
私達をゆっくり眺めた後その男は
わかちゃん?
と呟きました。私達は意味が分からずその場で固まっていると、男はまるで子供のような口調で
わかちゃんおふろはいろ!わかちゃんあらって
と由美ちゃんの手を掴み、階段の後ろの部屋へ引っ張っていってしまいました。
私は追いかけましたが、後ろから何かで頭を殴られ転倒してしまいました。
誰かに凄い力で仰向けにされ、ぼんやりと上を見るとちゃぶ台の前にいた中年の女性でした。
女は何かをグチャグチャと咀嚼していました。私は丁度赤ちゃんに授乳するような姿勢にされ
ねー?ねー?モグモグはいモグモグ
と言いながら女が自分の手に吐き出した肉のような物を無理矢理口に入れられました。
私の身体は全身でソレを拒否し、嘔吐しました。
すると女は私を無言で見つめ、床に叩きつけました。女の去り際に見えたのですが、女はさっきの幼稚園児くらいの女の子の髪を掴み引きずっていました。
女の子は泣きもせず両方の黒目が上を向いていました。
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私はやっと立てるようになり、由美ちゃんのいる風呂のドアを開けました。
男は全裸で服を着たままの由美ちゃんと、真っ黒いドロドロのへばりついたお湯の張っていない浴槽に入っていました。
由美ちゃんは何故か動きませんでした。
男は私を見るとサッと立ち上がり
わかちゃんだぁ わかちゃんおかえり
ほら ほら わかちゃんのだよ
と言って手招きしてきました。私は銭湯などで男性の体を見た事はありますが、凶悪な欲望を抱いて変化した男性のカラダを初めて見ました。
だらんとしていたそれは私を指差すかのようにカタチを変えてニコニコと浴槽から這い出てきました。
私は由美ちゃんを置いて2階へ走りました
全てが怖かったのです。
自分から誘った癖に。
友達を見捨てるなんて
最低だよ私、死んじゃえ
様々な言葉で自分を責めながら2階へ走り、窓から出ようと試みました。
しかし外に積んであった木材が一部崩れ、窓から逃げられないのです。
私は子供部屋のベッドと壁の隙間に隠れました
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男は歌いながら追いかけて来ます。ゆっくりと
踊りながら
どうか許してほしい。
全部私のせいだ。
泣いても由美ちゃんは許してくれないだろう
絶対に音を出してはいけない
このままじゃ死んでしまう
階段を跳ねるように登ったり降りたりする音が聞こえる。
あそんでいるのかな?
違う、私をもてあそんでいるんだ
新しいわかちゃんを
しばらく時がたち、2人分の足音が2階へ上がってきました。私は緊張に包まれました。
1人が部屋に入ってきて、ベッドに乱暴に何かを置くと部屋から出ていきました。
そっと覗くとそれはさっきの幼稚園児でした。
黒目は上を向き、この子は強く何かをかじる癖があるのか、口をパクパクさせながらクチャクチャ指をかじっていました。
もう残り数本の指を
私はゆっくり部屋から出ました。今なら2人は寝室
お婆ちゃんなら逃げ切れるだろうと判断したからです。もちろん由美ちゃんも連れて
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寝室からはバタバタと音がしており、ハーッハーッと獣のような息遣いが聞こえました。
何してるかわからないけれど、今なら行ける!
私はゆっくり1階に降りお風呂場へ行くと、ドアが開いていて由美ちゃんが浴槽にあの時のままの姿でいました。
私は由美ちゃんに近づき小さく声をかけましたが反応がありません。
肩を掴んで揺さぶろうとした時、ぐるんと由美ちゃんの頭がこちらを向きました。
由美ちゃんは口を開けたままで、人形の様に浴槽の中へ崩れ落ちて行きました。その顔は、前歯が折られ鼻がちぎれかけていました。
あちこちに噛みちぎられた跡があり、頭部は骨がないかのように妙にぐにゃぐにゃしていました。
私は由美ちゃんを揺さぶり続けましたが、反応はありませんでした。
お風呂の窓を叩き割り、悲鳴をあげながら私は家に帰りました。ボロボロの私を見て両親はすぐ病院へ連れて行ってくれました。
由美ちゃんの話やあの家の話を何度両親にしても、いいからゆっくり休めと聞いてもらえませんでした
それどころか深夜出歩いた私を両親も警察も誰も叱らないのです。気まずそうにするだけで
あの家の話をした途端に
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私は2~3日入院する事になりました。その時は気づきませんでしたがあちこち傷だらけだったみたいです。
私は近くで遊んでいて川原近くの階段から落ちた事になっていました。由美ちゃんの話は誰もしませんでした。それどころか由美ちゃんの一家は夜逃げしたかのように行方不明になったそうです。
珍しい事ではありません。
誰も気にもとめないでしょう。
この病院の看護師は母の同級生らしく、見舞いに来た母と長いおしゃべりを楽しんでいます
…でもねお母さん。私は本当に探偵ごっこしてたんだよ。由美ちゃんと一緒に
「本当にこの子は心配ばっかり」
「あんたもこのくらいの年の頃は男の子と喧嘩したりしてたじゃない」
…ごっこだけど、一つだけ手掛かりを掴んだんだよ。あの日がウソじゃない手掛かり
「私の娘を口実に仕事サボってんでしょ??」
「あ、、バレた??」
「仕事戻んなよ〜怒られるよ?」
…どうしてみんなが隠すのかもわからない
何一つわからないけど…
「じゃあそろそろ仕事もどるわ〜」
「また後でナースステーションに顔出すわよ」
「では、お仕事してきます。またね〜和香子」
…あの人知ってるんでしょ?
作者ゆな